我らはブラック団
一度目の教会のボヤ騒ぎから着々と教会にあるガトルーシャヘイブラロ神の像を焼いた。
足元だけ焼くとこちらの意図がバレてしまうので、そこは誤魔化すように燃やしてもらった。罰当たりと思われるのも話題になる。聖女ならできそうもないことだからだ。
すでに『大聖女の亡霊が出た』と街で噂になっており、今のところ物事は上手く進んでいた。
けれど、すべての元凶である神殿への立ち入りができない。神殿は今、高位貴族でさえ立ち入りが禁止されている。
毎年恒例の神殿主催の慈善パーティに潜り込むことができれば侵入できるかもしれないのだが、それには招待状が必須だった。
「なんとか招待状を手に入れたいですね。毒を燃やせなくても聖女たちの様子をみないと安心できません」
私がロッド国を離れる前は定期的に各教会も回っていたのに、今聖女は神殿から一歩もでないのだ。中で何が行われているか全くわからなかった。
テイラーたちが調べてくれて、ゴミ出しや食事の煙、洗濯物は確認されている。生活しているのはたしかなのだが……。
「ノムストル侯爵に会えばわかるだろう。きっとフィーの力になってくれる」
そうして私はダイズを通して集めてもらった人々と話し合う機会をもらった。
ダイズは製糸工場の裏手の部屋にみんなを集めてくれた。
そこには十五名ほどの協力者がいた。今回は貴族に限って集めてくれたようだ。
私が生きていたことは伏せられていたようで、みんな私を見て目を見開いていた。
「だ、大聖女様……なのですか?」
「今は『ブラックローズ』とお呼びください。大聖女という肩書は捨てましたから。訳あってもう治癒の力はありません」
「ずっと、心を痛めていました。あなたが戦争を止めるようアーノルド様に何度も進言していたことは知っていましたから。それに神託など下ろしていないのは明白だったのに」
「あの……まずは私からお話をさせてください」
私の周りに集まってくる人々をまずは落ち着かせたい。その行動からもみんな私を慕ってくれているのはわかった。あまり話したこともないのに、ちゃんと私のことを信じてくれていたのはとてもありがたかった。
聖女のコアの仕組みは悪用されてはいけないので詳しくは話さなかったが、生命力を分け与える行為で、そのせいで聖女が短命であることは伝えた。
「では、ブラックローズ様は聖女様たちを救うために戻っていらしたのですね」
「ここに集まった者はみな、聖女様たちに助けられた者たちです。まさか、命を分けて頂いていたなんて知らずに……。どんなことをしても償います」
「私を含め、聖女たちも誰かを助ける行為に後悔はないでしょう。けれどこのまま戦の道具として利用されるわけにはいきません。もう治癒の力は失くしてしまおうと考えています。どうか、聖女たちを救うためにお力を貸してください」
「しかし、その、聖女様を助けると王族は黙っていないでしょう。王たちは神の声だと偽って、戦い、領地を広げることしか考えていません」
「そこはレリア国にお任せします。少しの間ロッド国は荒れるでしょうが、王族が投降すれば無駄に国民の血が流れることもないでしょう。神の見守る穏やかな本来のロッド国を取り戻すのです」
「私たちは聖女様たちを逃がすことに集中すれば良いということですか?」
「はい。もちろん、その時は聖女と共に一時的にレリア国の傘下で身の安全を確保することを提案いたします」
思っていたよりも王族のやり方にみんな不満を持っていたようだ。特に昔のロッド国を知るものは、こんな国ではなかったと嘆いているくらいだった。
聖女たちを救うことに前向きで協力的。とてもありがたい。しかし、やはり今現在の聖女の様子は誰もわからないということだった。
「慈善パーティの招待状はわたしが用意いたしましょう」
ノムストル侯爵がそう約束してくれた。隣のご婦人は私の顔を見て涙をこぼした。
「私の命を繋いでくださったことが聖女様の命を削っていただなんて……」
「先ほども言いましたが、後悔はしておりません。それに、治癒の力を手放したのでもう短命でもありませんから」
気にしなくていいと背中を摩ると隣の青年が頭を下げた。
「母を救ってくださってずっと感謝しておりました。アーノルド王子は母を見捨てようとしたのに、大聖女様がすすんで治癒してくださったと聞いています。父は貴族院を引退しておりますがまだ貴族間では力もあります。私は風と火の魔法は使えますし、フットワークには自信があります。なんなりとお申し付けください」
それから教会を焼いたことも告白した。王家が陰謀のために神の足元に恐ろしい魔獣の合成物を閉じ込めていたと知ってみんな驚いていた。
「神の彫像を焼くのです。私がその罪を負います」
そう言ったのだが、何人か火の魔法が使える者はそれを燃やすのに協力を買って出てくれた。
「足元にそんなものを入れている方が神への冒涜です」
そんなふうに解釈してくれてとても力強く感じた。それに私が手を出すより像自体は上手く避難させてもらえそうだった。
「聖女様を逃がすのは北の壁からがいいんじゃないか?」
どんどんと話も具体的に進むと聖女の逃亡ルートも考えてくれる。以前宮殿の警備にかかわった貴族が進んで情報を提供してくれた。宮殿の北は崖になっていて警備も手薄になっているらしい。
「そりゃあ、あの崖から下りるとは考えないだろうが……警備は手薄だが、その分逃げにくいじゃないか」
「長いロープを用意してはどうだ?」
「数十メートルのロープを下りられるのか? 聖女様たちの中にはまだ赤子もいるんだぞ」
「なにかうまい乗り物があれば……」
「私は風の魔法が得意なので、なにかパラシュートのようなもので下ろすのはどうでしょうか」
その時、ノムストル侯爵の息子ミュンセが名乗り出てくれた。
「だったら気球を貸してもらえるように手配しよう」
それに答えたのはヴィクタだった。そうか。エルフの気球なら崖の下に隠しておくのも可能だろう。
そうして着々と聖女を逃がす計画は進められた。
一日でたくさんの打ち合わせをして、私たちは解散した。
会の最後には『我々はブラック団と名をつけよう』と盛り上がっていたくらいだった。
正直、こんなにも協力的で、スムーズに事が進むとは思っていなかった。
「なんだか、上手くいきすぎて怖いくらいです」
そう言うとヴィクタが笑っていた。
「私はフィーの人望が厚くて誇らしかった。やはり私の伴侶は素晴らしい」
腰に回った手が私を引き寄せる。私が堂々としていられるのはすべてヴィクタの存在があるからだ。
「ヴィクタが私に一番力をくれます」
そう返すと照れたのか、ヴィクタの耳がうっすらと赤くなっていた。
「……作戦通りにパーティに潜入できればいいのですが」
「いよいよ王太子と対面することになるな」
「神殿長やアーノルドは私に気づくでしょうか」
「ネタバラシはもう少し先だ。上手くしらばっくれて混乱させてやろう」
「ふふ、これまでの恨みを込めて完璧な悪女を披露してみせます」
顎を上げてヴィクタに宣言すると、ぷはっと彼は噴き出して笑った。
拳を握る。
きっと、大大丈夫。
私は一人ではないのだから。




