黒いドレスの令嬢3
次の日はダイズが匿ってくれていた教会を訪ね、ガトルーシャヘイブラロ神の彫像を調べた。
「ここはもう……好きにしていただいて構いません。きっと祖父も文句はないでしょう。私たちは協力者を募りに行ってきます。お戻りになるときにカギは店の者へお渡しください」
「ありがとう」
献身的に尽くしてくれる夫婦には感謝しかない。さっそく彫像に近づくと、以前は感じられなかった違和感を感じることができた。これがヴィクタの言っていた感覚だ。
なるほど、ぞわぞわする。
「足元に空洞があるな」
コツコツと拳で軽くたたきながらヴィクタが音を聞いていた。足元の台座にどうやらなにか空間があるようだ。
「申し訳ないが足元を壊してみよう。フィー、危ないから下がりなさい。念のためにシールドを張ろう」
ヴィクタはシールドを張ると台座を見つけてきたハンマーで叩き割った。
パリンッ
と音がすると中からドロリとした黒いものが出てきた。
「きゃっ……」
それは、まだ動いている。
「なんだ、これは……魔獣を何匹か合成して毒の効果を高めているのかもしれない。音を出さないように生かして入れていたのか……」
冷静にヴィクタが中から出てくるものに対処する。覚悟はしていたが、やはり仕組まれていたのだと思うと胸が痛んだ。
「ここから毒素を放出していたのですね」
ボッ……
少し観察してからヴィクタは黒いドロドロを火で包んだ。魔獣は悶えるように縮むと動かなくなった。こんなおぞましいものまで作るなんて、王家は生命をもてあそんでいる。とても嫌な気分だ。
「忘れ去られたような古い教会の彫像ですらいまだ魔獣を閉じ込めているのですから、市街地にはたくさん閉じ込められているのでしょうね」
「そうだな。これと同じものなら、火に弱いようだ」
「……焼き払いましょう」
「え」
「燃やしてしまいましょう、ヴィクタ」
笑いながら言えたのに、涙が零れた。ヴィクタはクシャっと頭を撫でてくれた。
「フィーにしては大胆なことを言う」
「目撃されるように行動します。復讐に狂って教会に火をつけるなんて、悪女らしいでしょう?」
「たしかにそうだな。では数か所同時にボヤを起こしていこう。毒が無くなるまで完全に焼かないといけない」
灰になった黒いドロドロを静かに見つめてヴィクタは言った。
「なにか説得力のあることが必要ですね。ちょうどホリーを打とうとしたモイロ子爵が通う教会があります。彼は私を『大悪女』だと言いまわっていたそうですから」
「では、他にも大げさに吹聴した者のいる教会から始めよう」
復讐に戻ってきたと思い込ませる。
本当の目的がバレないように派手に動くんだ。
かつて大聖女だった私を思い出せばいい、あの女が大悪女だったのだと。
私はもう……。
誰になじられようが気にならない。
***
「くそう! ラオット商会め……塩を手に入れたと聞いているのに、私にはしらを切りやがって……」
悪態をつく男が視線の先にいる。モイロ子爵は簡単に見つかった。
こちらには都合が良かったが、夜道を一人で歩くなんて、不用心な男だ。新しいステッキをがんがんと打ち付けながら歩いている。街灯の明かりがあるところまできた時、私は彼の前に立った。
「ごきげんよう、モイロ子爵」
「ん? あ、お前はっ!」
ステッキを燃やしたことを思い出したのか彼は私の姿を見て憤慨してブルブルとステッキを掴んでいた。
「『大聖女様』と昔は慕ってくださったのに、冷たいものですね。今じゃ『大悪女』ですか?」
「え?」
今日は顔を隠すベールはしていない。そこでようやく光に照らされた私の顔を見たようだった。にっこりと笑うとモイロ子爵は後ずさった。
「あなたのお気に入りの聖女はセーラだったかしら」
「まさか……大聖女は、死んだはずで」
「さて、亡霊なのでしょうか。首は繋がってみえるかしら」
「は……」
首を見せると子爵はガタガタと震え出した。実は面白がってアニーが一度切れてくっついたようなメイクをしているのだ。
「あなたは知っていたはずよね? 信託は神殿長が下ろしているって。私を『大悪女』と触れまわったのはアーノルド王子に強要されたのかしら」
「そ、その通りです。私は言われたとおりに……」
「あんなに楽しそうに私をこきおろしていたのに?」
「ひいいっ。ゆ、許して……許してくれっ」
「そんなあなたにプレゼントを用意したわ」
「プ……プレゼント?」
「教会に隠し財産を置いておくなんて……神様も驚きだわね」
「へ……」
「アハハ。綺麗な火花をみせてあげる」
私がパチン、と指を鳴らすと後方に見える教会から火の手が見える。モイロ子爵が贔屓にしている教会である。魔獣だけ燃やそうかと思ったが、探ってみると彼はここに財産を隠していたようだ。炎は派手に見えるが被害がそこで収まるようにヴィクタが炎を調節してくれている。
「わあああああっ」
教会の方に走り出したモイロ子爵は勢い余って転ぶ。婿養子であるモイロ子爵は未だに妻の家族には頭が上がらない。囲っている愛人のためにもお金は必要だったのだろう。
この男がアーノルドに融通した武器が戦に流通しているので、この際資金源も絶ってしまうことにしたのだ。ヴィクタが不明の金はもらっておこうと笑っていた。
燃える教会の前でモイロ子爵が絶望しながら膝をついてそれを眺めていた。遠くでも消防団の鐘の鳴る音がした。あと三か所同時に魔獣を燃やしているので、もう少ししたらこちらでも消火が始まるだろう。
ヒラヒラと黒い灰が上から落ちてくる。
きっと私の黒い衣装には素敵な演出に見えるのだろうな、と震える子爵を見下ろした。




