黒いドレスの令嬢2
そうして私がいなくなった後のことをダイズから聞いた。
「大聖女様がエルフ様と消えた後、しばらくして大聖女様が亡くなって、首をレリア国に送ったと発表がありました。けれどもレリア国が提示した『エルフ』を引き渡すことはできなかったようで、塩の取引が止められました」
ダイズは言いながらチラリとヴィクタを見た。
きっと二年前に私の隣でヴィクタを見た時にはわかっていたのだろう。そのまま話を続けてくれた。
「知らせを聞いた時は私どもも大聖女様が捕まったのかと思いましたが、しかし……その、エルフ様を引き渡せなかったのなら、ご無事であると信じて祈っておりました。ちゃんと国から出ることができたのですね」
「はい。ご心配をおかけしました」
「私が聖女様たちと連絡を取ったのは大聖女様が無事に私の家について、療養していると連絡したのが最後で……まだその頃は聖女様たちのお顔も教会でお見掛けすることもあったのですが、半年ほど経ってからは全く見られなくなりました。高位貴族の方だけは神殿も出入りが出来たようですが、私たち平民は会えておりません」
「そうですか……では高位貴族の方なら何か知っているかもしれませんね」
「それならノムストル侯爵とお話をなさってはどうですか? 一年前に貴族院の議員から下りられましたが、何か知っているかもしれません」
「ノムストル侯爵……立派な方だったのに、どうして議員を下りられたのかしら」
たしか、奥様が胸の病だった人だ。アーノルドが治癒をわざと見送らせて意地悪をしていたのを私がこっそりと治癒したことがある。
思わずそう声に出してして言うと、ゆっくりとダイズは笑った。
「あの方は大聖女様が『大悪女』ではないと主張したのです。きっとレリア国の申し出にも難色を示していたので、そのまま退任なさったのでしょう」
アーノルドがよく彼のことを愚痴っていたので覚えている。毎回戦いに出ようとするアーノルドを唯一説き伏せていた人物だった。
「あの……大聖女フィーネ様を慕う者は今でもたくさんいます。あの時、ひどく落ち込まれるお姿に嫌なお話はしないでおこうと黙っていましたが、ちゃんと『大悪女』ではないと声を上げる者もいたのです」
我慢できないとサリーが口をはさんだ。私の心に小さな温もりがともる。
「ノムストル侯爵以外にも協力者が必要でしたら、すぐに人を集めます。あなたはそれだけのことをしてきているのです」
大通りで『大悪女なんかじゃない!』と言い切ったホリーの姿が浮かんだ。
私がいなくなっても、ずっと、私のことを信じてくれる人たちがいたのだ。大聖女を務めてきたことは決して無駄ではなかった。
「ありがたいな」
下を向いて声が出せなくなった私にヴィクタがそっと手を重ねてそう言ってくれた。
「ご協力をお願いしたいです」
そうしてようやくダイズに震える声でお願いした。
小さな声だっただろうに、ダイズは力強く頷いてくれた。
私たちはロッドの最高級の宿の最上階を貸し切ってそこを拠点にすることにした。
潜入したのはヴィクタと私、そしてテイラー、ガット、ヨナサン、そして紅一点のアニーの四人。彼らはレリア国トップクラスの諜報部員だ。
手始めにダイズの商会に岩塩を少量卸すと数日ですぐに貴族の間にも噂が立った。
クアント国からきた謎の貴族のご令嬢は塩鉱山を保有している。レリア国からの圧力も気にしないほどの大金持ちで、ラオット商会に目をつけてこっそりロッド国で一儲けしようとしている、と。
「貴族たちが面白いように『ブラックローズは誰だ』と騒いでいるようだ。はあ。褒めたくはないがワイルの思惑通りだ。しかも、もう大聖女フィーネに似ていると気づいた者もいるらしい」
「そうなのですか。あの頃の私は棒きれみたいでしたのに」
「瞳は綺麗なままだからな。覚えている者もいて当然だ」
「ヴィクタ……本気で……言っているのですね」
「今は百億倍美しくなったがな」
「うう……」
ヴィクタが私を褒めるのが恥ずかしくてしょうがない。お世辞という考えがないところが恐ろしい。エルフの男は本気なのだ。
エルフの国で夫婦は互いを天井知らずに誉めると知ったが、私は慣れそうにない。
「なんだ、疑っているのか?」
「いいえ」
「さあ、おいで。謎の女に扮してまとめていた髪型をほぐしてやろう」
「少し釣り目になるように横を上げているだけです。悪い女になるんですからね」
「ふふふ。私には可愛らしい悪女だな。さあ、フィーの肌と髪のケアをするのは私の仕事だ」
ヴィクタが優しく髪に指を通すのに目を細める。
「これから私がすることをガトルーシャヘイブラロ神は許してくれるでしょうか」
ふと不安になって言葉が零れる。ヴィクタはすぐに答えてくれた。
「ガトルーシャヘイブラロ神とエルフの森の神の仲が悪くなければ大丈夫だろう」
「へ?」
ニヤニヤ笑うヴィクタに思わず吹き出してしまう。そうだ、私たちは森の神に認められた夫婦でもあるのだ。
「聖女を助けることが悪いことなら、きっと神はフィーに何かを告げてくるだろう。それにダメだって言われたって…聖女を救うことはやめないだろう?」
ポカンとする私の額にちゅっとヴィクタがキスを落とした。誰になにを言われても、私は姉妹たちを救うことをやめないだろう。
私よりもヴィクタの方が理解していることに気づくと顔が熱くなった。




