エルフの伴侶2
ヴィクタの寿命を半分ももらってしまってからは、私の体の回復は嘘みたいに早くなった。そんな私を人一倍喜んだ彼は、あげてしまった寿命になんの未練もないようだった。
「エルフは仲間意識が強いと聞いていましたが、異種族の私との結婚に反対されている人はいなかったのですか?」
ヴィクタに聞いても誤魔化されそうなので、大量に食料を持って部屋にきたアテナに聞いてみた。するとアテナは口に手を当てて大笑いした。
「エルフは寿命を分け合って、互いに生涯一人だけの伴侶を大事にするのよ。だから、本当に相手のことを想い合う気持ちがない者たちのところには光の輪は現れないの」
「え?」
「あなたとヴィクタールは森の神に祝福されたってこと。だから誰も不満はないのよ。エルフ同士でも祝福を受けない場合だってあるんだから」
その話を聞いて赤面する私をみてアテナがまた爆笑していた。
「フィー、お前の好きな果物だぞ……と、きていたのか」
そこにヴィクタが部屋にもどってきた。なにやら大きなかごにたくさん果物を入れて……。ヴィクタは私のことを『フィー』という愛称で呼ぶようになっていた。
「なによ。邪魔だって言いたいの? デレデレしちゃって、らしくないわね」
「はあ。自分が新婚だった時は忘れてしまったのか? アテナだってあの時は見ていられないくらいデレデレしていたぞ。ああ、でもそれはセージルの前では今でもそうか」
「う、うるさいわね! 帰るわよ! フィーネ、またね」
「ええ。ありがとうございます。また」
セージルとはアテナの夫だ。エルフはみんな夫婦仲がいいようだ。
と、いうか……。もうベッドの脇に座ってヴィクタが果物を剥き始めている。
「フィーはもっと太らないと。ほら」
「は、はい……」
太れ、太れって……みんな食料を運んでくる。
当然のようにヴィクタが私の口に小さく切った果物を押し入れる。『フィー』と甘い声で呼ばれるたびに落ち着かない。なんというか、ヴィクタの態度が甘すぎて恥ずかしい。
「どうした? すっぱかったか?」
「いえ……甘くておいしいです」
「もう一つ食べるか?」
「ええと、正直お腹いっぱいで」
「では、口づけするか?」
「へっ」
「しなくていいのか?」
「し、してください…」
そんな甘い態度が嬉しすぎて私はどうにかなりそうだ。
それからエルフの国でヴィクタと夫婦として暮らした。
ベッドから出られるようになってから国を一望すると、緑美しい場所だった。エルフの国は森の奥の高い位置に作られた土地で美しい湖が中心にあった。そんなところはロッド国と似ている。
「あれはなんですか?」
「ああ、あれは気球だ」
「気球……」
湖の向こうにふわふわを浮かんでいる乗り物があった。大きな袋のようなものが膨らんでそれを引っ張るように繋がれた籠にエルフの子供が乗っている。
「エルフが風と火の魔法を習うときにその調節の練習に気球に乗るんだ。下から熱風を送って上の袋を膨らませて空中に浮かせているんだ」
「へえ……」
「エルフが使える魔法は火と風が多いからな。私も両方使うし、フィーが乗りたいならいつでも乗せてやるぞ」
「本当ですか? 嬉しいです」
あそこにヴィクタと二人きりで……そんなふうに考えた自分が恥ずかしくなった。
「空中デートだな」
すると隣で平然と言うヴィクタに瞬時に顔が熱くなった。
エルフの生活は森とともにある。
なかでも木と魔法で作られた家は不思議な作りである。丸太のまま組まれた壁からはツタが生え、家も呼吸をしているようだ。人工的に作られた屋敷とは違って温もりがあって心地いい。
私たちは小さな家を一軒貰って暮らしていた。
エルフの国では独身の時は集合住居、結婚すると一軒家。子どもが増えるともう少し大きな家、子どもが出て行くと小さな家、と住処をみんなで回し使っている。気に入った個人の持ち物はあるが個人の財産という意識はあまりない。
そしてよそ者には厳しいが、一度身内に引き入れた者にはとことん優しかった。 普段は争いのない平和な国で、みんなのんびりとしていた。
ロッド国での暮らしを思い出す。
戦いばかりして体を痛めつけて、他人の領土を奪うことしか考えない人たち。せっせと傷を治す聖女。もうあの生活には絶対に戻りたくなかった。
体調がよくなると心に余裕ができる。ちょっとしたことですぐに諦めたり、投げやりだった気持ちになることも無くなった。
なにより
「フィーの髪はまるで夜の湖面のようにキラキラとしてるな」
とヴィクタが逐一私のことを褒めてくれる。恥ずかしくて仕方がないのだが、彼にしてみれば思ったことを口に出しているだけらしい。
エルフの国で大切にしてもらっている私は肌も髪も以前では想像できないくらい艶がある。私の肌と髪のケアをするのはヴィクタの仕事になってしまったようで、これ以上ないくらいに大切にされているのがわかる。
最近は軽い運動を子供たちに交じってするようになった。体力がついたら、護身も兼ねて体術の訓練をするようだ。
エルフの子供がこれまた可愛くて、みんな私にまとわりついてくる。右を見ても左を見てもエルフは美形ぞろい……
といっても私の夫ほど美しい人はいないけれど。
昼間は子供たちと走り回ったり、国の仕事を手伝ったりして、夜はヴィクタとくっついて眠った。
みんながヴィクタの奥さんと呼ぶので、恥ずかしいやら嬉しいやら。そうして心身ともに回復して私はずいぶん健康になった。
「ゆっくり乗るんだぞ」
それから、ヴィクタは私を気球に乗せてくれた。
近くで見ると思ったよりも袋の部分が大きい。人がのる籠の部分は乗るときに不安定でヴィクタが補助をしてくれた。
「さあ、熱風を送るぞ」
ヴィクタが火を出現させて気球の袋を膨らませた。特殊な布でできたそれはエルフの伝統的な織物で丈夫なのだそうだ。風を中に送り込むとすぐに袋は大きくなった。
「浮きました……」
袋が大きく膨らむと、籠が揺れて宙に浮いた。それからはぐんぐんと上昇してエルフの国が小さくなっていく。
「わあ……」
かなり遠くまでエルフの国が続いている。レリア国の中にあるので小さいと思っていたが、なかなかの広さだ。
遠く、遠くまで続く緑豊かな土地。動植物も小さく見える。
こんなに世界は広くて、輝いていたのか。
ここでの食事は命を分け与えてもらうと言う考え。私たちはすべて誰かに生かされているのだ。
ああ、あの時、私はすべてを諦めていた。
けれど、姉妹たちに逃がしてもらい、そして、ヴィクタに出会った。
これが運命と言うなら、私のすべきことがあるのだと思う。
「楽しいか?」
私を優しく見つめるヴィクタ。
ここで私がただ平穏に暮らしたいと言えば、彼はそれでいいと言ってくれるだろう。
でも……。
「ヴィクタ……ロッド国は、聖女たちはどうなったのでしょうか」
私がそれを口にするとヴィクタから笑みが消えた。
私のことを気づかって、エルフのみんなはロッド国のことは話さないし、私も聞かなかった。
けれどいつまでもこのままではいられない。
私が神殿を離れて約一年が経っていた。




