エルフの伴侶1
恋人とか。
伴侶とか。
夫婦とか……。
そんな大それた夢はみていない。
ただ、好きでいさせてくれたら、幸せだったから。
私の命を大事に思ってくれて嬉しかったから、命を粗末に扱ったんじゃない。三人で死んでしまうのはよくないと思っただけ。フワフワと考えて、目を開けると緑色が広がっていた。
「……?」
女の子たちにのぞき込まれて、思わず声を出そうとして……出なかった。
仕方なくゆっくりと目だけ動かした。
ここは、どこだっけ。
「目が開いた!」
「目が開いた!」
力を入れようとしたが私は指一本動かせる状態じゃなかった。
しばらくするとけたたましくドアを開ける音がして、ヴィクタが現れた。
そう、ヴィクタだ。
彼を見て、私は意識を失う瞬間のことを思い出した。
レリアの国境にトラップが仕掛けられていて……サソリの魔獣の大群が襲ってきた。
……私はヴィクタのくぎを抜くことができたのかな。
「フィーネ……」
そう言ってくるヴィクタは泣きそうな顔をしている。なにか言おうと口を動かそうとしても動かない。
そんな私の頬をヴィクタは優しく撫でた。
「ヴィクタール! フィーネが目覚めたって?」
そうして次にアテナがやってきた。隣には青い髪の綺麗な子がいた。彼も耳が少し尖っているからエルフだろう。
ヴィクタの体は大丈夫だったのだろうか。聞きたくても聞けないし、もどかしい。
「意識はあるのかしら」
「どうかな……フィーネ、聞こえているか?」
問いかけられて、どこに力を入れても動きそうもなかった。そんな様子を見てヴィクタは質問を変えた。
「フィーネ、聞こえているなら瞬きができるか?」
そう言われて私は目を一度閉じた。
意思の疎通ができてのぞき込む顔が明るくなった。
それからはヴィクタにつきっきりで看病された。いや、私が目を覚ますまでずっと面倒をみてくれていたようだ。
私はいつでもヴィクタに世話になってばかりだ。どうやらここはエルフの国で私は半年ほど眠っていたらしい。上を向いて目を開けているだけだが、楽しみにしていたエルフの国にこれたというのは嬉しかった。
献身的なヴィクタを見ると少しでも元気になりたいが、体はボロボロだとわかっていた。
指の先一つももう動かせない。きっともう回復することはないだろう。
脱脂綿に含ませた薬湯をゆっくりと飲ませるヴィクタを見て申し訳ないと思った。
それからもヴィクタは甲斐甲斐しく看病をしてくれたが、自分の命の火はもう消えるとわかっていた。
せめてヴィクタに感謝が言えるように声が出せたらよかったのに。
その日は部屋に大人のエルフがたくさん入ってきた。いよいよ私の最期に挨拶にきてくれたのだろうか。不思議に思っているとヴィクタが話しかけてきた。
「あの時フィーネが釘を抜かなければ、私はアテナと一緒にアーノルドに捕まっていた。ためらいなく私とアテナを……そしてエルフの未来を守ってくれた」
やはり、あの後アーノルドがきたのか。ヴィクタを助けることができて良かった。釘も無事に抜けたようで安心した。
しかし、続く言葉は理解が追いつかなかった。
「私はフィーネを伴侶にしようと思う。了承してくれるか?」
伴侶? ヴィクタが言い出したことに驚いた。
「伴侶ではわからないか? 妻に、夫婦になってほしい。いいか?」
いいか、と言われても困る。どうしてもうすぐ居なくなる私にこんなことを……。
考えているうちに瞬きをしてしまう。
「ありがとう、フィーネ。では司祭、お願いします」
え、待って。と瞬きを繰り返しても誰も気づいていないようだった。
「ここに、ヴィクタールとフィーネの婚姻の儀式を始める」
エルフのお爺さんがそう言って何やら呪文を唱え始める。
もう、私は見ていることしかできなかった。
「私、ヴィクタールはフィーネに愛を捧げ、生涯を誓う。魂を分かち合い、互いを想い合い、大切にする」
ヴィクタがそう宣言して本当の結婚式みたいだと思った。
これは死んでいく私の夢なのかもしれない。
だったら私もヴィクタに愛を捧げ、生涯を誓う。
そう思ったら、ざわめきが起きて頭上に光の輪が現れた。
「やはり……間違いなかった」
ヴィクタのつぶやきが聞こえた。
キラキラと光の輪は大きくなり、クルクルと回った。そして、しばらくすると今度は小さくなって消えた。
「動けるか? フィーネ」
「……え」
唇が動いて、声が出た。力が入らなかった体が嘘みたいに動いた。
ヴィクタは驚いている私の体をそっと起こすと、更に驚いたことにちゅっと口づけをした。
「おめでとう! ヴィクタール!」
「おめでとう! フィーネ!」
ベッドの周りにいた人たちが拍手をする。
私は……訳が分からなかった。
新婦は病み上がりでまだ療養が必要だからと、お祝いの言葉を一通り述べたエルフたちが部屋を出て行った。
私はまだ事態がつかめなくて目をパチパチとしていた。そんな私を優しくベッドに戻すとヴィクタが説明を始めた。
「エルフが伴侶を迎えると、その愛を祝福の輪が現れて見極めてくれるんだ」
「愛?」
「本当にお互いのことを思っていないなら、祝福の輪は現れない。そして、フィーネの指にはめられたのはエルフに認められた指輪だ」
言いながらヴィクタが私の手を引き出すと私の指には、ヴィクタと同じヒスイ色の指輪がはまっていた。あのアーノルドからヴィクタが取り返した指輪とおそろいだ。
「フィーネと私は互いの伴侶として認められた」
「……は、はははは伴侶っ!? ど、どうして、そんなこと……」
「どうしてって。フィーネが私に命を差し出したから、私も差し出しただけだ」
「差し出す……って?」
「エルフは自分たちの寿命を足して半分にして分け合うことができるんだ」
「……」
その言葉に私は頭が真っ白になった。
この人は……。
なんてことをしたのだろう!
「ヴィクタの寿命を私に半分も渡してしまったってことなのですか?」
「お前も渡したのだからおあいこだろう」
「私の命は僅かだったでしょう……見合ってません……」
「納得しろ。私は後悔していない。お前が心臓の釘を抜かなければ死よりも恐ろしい屈辱を味わうことになっていた」
「あなたって人は……」
「結婚は賭けだった。私だけがフィーネを愛していても祝福の輪は現れないから」
「あの、ちょっと、待ってください。ヴィクタが私を?」
「年甲斐もなく浮かれている。愛している、フィーネ。私の運命。思えば初めて会った時から惹かれていたのかもしれない」
「私で……いいのですか」
「お前がいい。フィーネはどうだ? 私の独りよがりだとは言わせないが」
「あ、愛してます。ヴィクタ。大好きです」
一生告げることはないと思っていた言葉がするりと口から出て、涙が溢れてきてしまった。
「泣くな、生命力は分けられてもまだ体は万全じゃない」
「では泣かさないでください」
ヴィクタは優しく目元を指ではらうともう一度口づけをしてくれた。




