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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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過保護な彼

 アテナは私の血液を調べると言って一度エルフの国に戻った。レリア国に入ってしまえばエルフの国へはすぐに行けるらしい。早く体調を万全にしてヴィクタの釘を抜かないと。思っていたより一日は早く終わってしまう。私には時間がない。

 お風呂に入れてもらって夕食後に薬湯を飲んで、ウトウトしているとヴィクタが部屋に戻ってきた。ソファにいる私を見ると当たり前のように頭を撫でてきた。

「先に休んでいてよかったのだぞ」

 そんなふうに言われてもヴィクタの顔が見たかったのだから仕方がない。

「待っていたかったんです」

「ベッドに運んでやろう」

 運んでほしかったわけではないので、私はヴィクタに抵抗するように突っぱねた。

「ちゃんと一人で行けます」

「私が運んだ方が早い。フィーネはもう少し甘えなさい」

 ヴィクタの言葉に私は考えていたことを言ってみる。

「では、背中をさすってもいいですか?」

 その言葉にヴィクタはキョトンとした。

「あ、やっぱり、なしです」

 急に変なことを言い出した私をヴィクタは持ち上げてベッドに寝かせた。

「一緒に寝て背中を擦らせてやろう」

 ニヤニヤしながらヴィクタも隣に寝転んだ。

「ヴィクタの本名はヴィクタール=ドムなのですか?」

「ああ。ヴィクタは愛称だ。両親しかそう呼んでいない。ドムはレリア国で爵位がいる時に使う名だ。ちなみにエルフは全てドムで公爵位をもらっている」

 両親だけが呼んでいる愛称とはちょっと特別感があってにやけてしまう。そんな顔を見られないように私はヴィクタに背中を向いてもらった。

「エルフの国に行くのが楽しみです」

「アテナの子がちょうどフィーネと同じくらいだから、きっと仲良くできるだろう」

「そうですか」

 ヴィクタの背中に触れて、ゆっくりと擦る。

 どうしよう、幸せ過ぎて涙が出てきてしまう。

 大好きです、ヴィクタ。

 こんな気持ちを私にプレゼントしてくれて、ありがとうございます。

 束の間の感情を楽しんで、私は覚悟を決めていた。


「さすがにドム公爵と大聖女様の姿を確認しないと納得できないと言われました。入国は許可がでましたのでご安心を。ただ、謁見の日程が合わなくて四日後になります」

「わかった。ではそれまでここに置いてくれ」

 朝食の席でエンカルド伯爵がそう連絡してくれた。レリアに入国するのは三日後で、レリア国の王との謁見は四日後ということになった。

「必要なものはいつでもおっしゃってください。さすがに外出はダメですよ」

「追われている身で危険なことはしないさ」

「……まあ、お嬢様とのデートなら庭園の薔薇が綺麗に咲いておりますよ」

 ゲホッ……。

 そんなことを言われて咳き込んでしまった。なのにヴィクタは笑って『ではそうしよう』なんて簡単に答えていた。

 今日もメイドたちが私を綺麗に着飾ってくれた。

 私はヴィクタの手を取って薔薇の綺麗な庭園を歩いた。素敵な庭園で、素敵な人と歩いている。心臓の音がドキドキしてヴィクタに聞こえてしまわないか不安になる。

「フィーネ? 心配か? 大丈夫だ。アテナが今お前の血も分析して調べてくれている。聖女の力のことがわかればきっと体も思うように回復する」

「……ヴィクタが作ってくださる薬湯でずいぶんよくなりました」

 体調が不安なのではない。

 この浮かれた気持ちが不安にさせるのだ。


 ――他者を幸せにすることを愛と知り。人に尽くし、愛を与えよ。

 そうやって教えに従って生きてきたから個人的な気持ちが溢れてしまうのが怖い。

「いい香りですね」

「フィーネが気に入ったものを部屋に持ちかえろう」

「いいえ……ここに咲いているから美しいのです」

 もう、形あるものはいらない。記憶にしっかり残そう。

 この香りも。

 美しい庭園も。

 優しくて美しく……。温かいこの人を覚えていたい。

「風が冷たくなったから屋敷に入ろうか」

「はい」

 屋敷に戻るとアテナがきていた。さっそく私の血で色々わかったらしい。

「魔力の反応を調べたんだけどね」

「魔力……ですか。私が持つのは治癒力で魔力は持っていないのですが……。」

「フィーネが治癒力を使うとき、どこから力を出すイメージ?」

「心臓ですね」

「うん。魔力を持つ者が使う力の源も心臓にあってそれをコアと呼ぶの」

「コア……」

「持っているコアによって使える魔力も違う。だからヴィクタの魔力を封じるために心臓の脇に釘を打たれているの」

「聖女もそのコアを持っているってことですか?」

「そう。でも、通常魔力で使える火、水、風、雷属性に反応しなかった。コアは存在しているけど……そうね、いうなれば無属性なのよ」

「無属性……」

「ヴィクタール、あなたある程度は予想していたんじゃないの?」

「属性のことか? それは考えていなかったが、聖女がコアを使えるのは限られた場所だと予想している」

「え?」

「聖女は一生神殿から出られない。そして、あんなに戦狂いのロッド国の王族が聖女を国外に出したことはない」

「それは聖女が敵に捕らわれてはいけないと……」

「試せばいい話だわ。フィーネ、少しだけ治癒力を使ってみて」

「……はい」

 アテナに言われていつものように治癒力を使おうと集中する。

 しかし、その力が湧き出ることがない……。

「嘘……これでは……」

 ヴィクタの釘を抜くことができない。その事実に頭の中が真っ白になる。

 もう一度、と体の中の感覚に集中する。が、結果は同じだった。

「ダイズのところでは治癒力は使えました……」

 あまりの驚きに声が震える。

 だったらどうして私はヴィクタについてきたの?

「大丈夫だ。フィーネをロッド国から離せば力が使えないと予想していた。聖女たちが奉仕活動を行っていた場所を覚えているか?」

 ロッド国の地図を出されて、私は治癒が行われたことのある施設を指さした。

「やはりな。いずれも神ガトルーシャヘイブラロの像が置かれている教会がある。お前を匿っていたダイズの家も教会だ」

「いや……でも、ヴィクタ……」

 質問に答えながらも治癒力が使えない自分が信じられなくて落ち着けない。

「釘はエルフの国に帰れば何とか抜いてもらえる」

「だって、ヴィクタが!」

 取り乱した私の肩をヴィクタがなだめるように擦った。

 だったらどうしてヴィクタは私をエルフの国に連れて行こうとしたの?

 なんの役にも立てないなら、どうして⁉

 私は……ヴィクタになにもしてあげられないの?

「ゆっくり、息をしろ、フィーネ、落ち着くんだ」

 目の奥が熱くて、胸が苦しい。

「いいか。聖女が力を使うにはなにか条件があるんだ。それがわかればフィーネはどこでも力が使えるだろう」

「……はい」

「その方法はアテナが探してくれる」

「でも……時間が」

「フィーネ、もっと自分の命に執着しろ。一日でも長く、生きようと願うんだ」

「そんな……わかりません」

「……まだ、難しいか。私はお前の寿命も長らえ、心臓の釘も抜くつもりだ。どちらかの犠牲で済ますつもりはないし、両方諦めはしない。」

「両方?」

「そうだ。私を信じなさい。信じることは得意だろ?」

「……実はあまり信心深くなかったのだと思ってます」

 落ち着いてきて減らず口を叩くと、ヴィクタが私の頭をクシャリと撫でた。

 はっと周りを見回すと、アテナとエンカルド伯爵が私たちの様子を見ていた。

「ヴィクタールが言っているとおりよ。それに私は優秀なの。もう大体は聖女の力がどうやって使えるのか見当がついてるわ」

「本当……ですか?」

「嘘はつかないわ。……あなたの血に反応するもう一つの大きな力があったの。魔獣の毒よ」

「毒?」

「ヴィクタの予想を照らし合わせたら、ガトルーシャヘイブラロの像になにか仕込んであるのかも知れないわね」

「……祈りを捧げていたガトルーシャヘイブラロ神の像に?」

「なにをどう仕込んでいるかはわからないけれどね。とにかく無属性のコアを持つ人は、魔獣の毒に反応して自分のコアを外に開放してしまうのよ」

「治癒しているのではないのですか?」

「なんていうかな。閉まっていた箱をこじ開けられると中から生命力が流れ出してしまう感じね。箱が開いている間は生命力を他の人に与えることができるんじゃないかしら」

「聖女同士は治癒できないのです」

「それは、どちらも箱が開いている状態だからでしょうね」

「……聖なる力を増殖させるためにご神体に触れる儀式があるんです」

「それは、どんなものなの?」

「聖女は十歳になったら神殿にあるご神体に触れて祈る儀式をします。それをすると苦しくて数日寝込むのですが、聖なる力が強くなるのです」

「……じゃあ、一度多量に摂取させてコアがいつでも開くようにしてから、なにかを使ってコアを強制的に開く場所を作っていたのかもしれないわね」

「どんな魔獣の毒なんだ?」

 そこで黙って聞いていたヴィクタが尋ねた。

「詳しくはもっと調べてみないとわからないけれど、毒を持った魔獣なら、蛇とか蜘蛛かしら」

「では、フィーネがそれに触れるとコアが開く可能性があるのか」

「ええ」

「……外出は禁止だな」

 ヴィクタの過保護ぶりにアテナが動きを止めていた。

 どうやら毒が手に入れば私のコアは開放できて力が使えるようで安心した。

 あんなに苦しんで使っていた力なのに、使えないと知るとこんなに焦るものだと思わなかった。




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