クアント国
「はあ……この方が本物の大聖女フィーネ様なのですか」
「そうだ。とりあえず休ませてやってくれ」
「あのっ」
「なんでしょう」
「先ほど大聖女の首がレリア国に届けられたと……」
今会ったばかりの人だけれど、気になって尋ねてみる。私の首はここについているのだ。
「私のところへは今朝そのように伝達されました。けれど、あなたが本物なら、あちらは偽物なのでしょうね。死んでから首だけ送ったのなら、今の時期腐敗していて顔の判別はできないでしょう。そもそも大聖女様のお顔はあまり知られていません」
「フィーネは濡れ衣を着せられて宮殿から逃げたんだ。神託を下ろすのは神殿長しかできないことだったらしい」
「ロッド国は大聖女に悪事を押し付けて事なきを得ようと? しかしそんな浅知恵でレリア国が騙されると思っているとは」
「アテナが激怒するのが目に見える」
「まあまあ、お疲れでしょう。とりあえずお部屋を用意いたしましょう。お話は後で詳しくお聞きします」
「レリア国に入る手配もしてほしい」
「わかっておりますよ」
エンカルド伯爵は色々と心得ているようですぐに部屋を用意してくれた。
「ご一緒でよろしいのですか?」
「色々ともの知らずだからな。私が一緒にいた方がいい」
豪華な客室を与えられ、目を白黒させてしまう。
ヴィクタが一緒にいてくれるようでほっとした。
彼はいつものように私に食事の世話をして、薬湯を飲ませて、そして仮眠をとらせた。
目を覚ますとベッド脇で本を読んでいた顔を上げて
「体調はどうだ?」
と聞いてきた。
「大丈夫ですよ。ヴィクタこそ休めているのですか?」
「私はお前に心配されるほどやわではない。では私ではできない世話をしてもらうか」
ヴィクタは私の様子を確認してからそんなことを言った。
私が首をかしげているとヴィクタはベルを鳴らして人を呼んだ。
五人ほどのメイドがやってきて驚いてしまう。
「この娘にドレスを着せてやってくれ。ただし体が弱いので丁寧にな。それと、私語は一切禁止だ」
ヴィクタが私をじっと見つめる。どうやら私もおしゃべりは禁止のようだ。
わかったと頷くと満足したように笑って『では、後で来る』と言って部屋を出て行ってしまった。
ヴィクタが出て行って一気に心細くなってしまったが、顔を見合わせたメイドたちに私はドレスを着せてもらった。
私の体の細さにメイドたちが苦戦をしていたけれど、それでもこんなにひらひらしていて可愛いドレスを着るのは初めてだった。ピンク色でレースが細かくて美しい。
ヴィクタは私にたくさんの初めてをくれる。
そうして髪を梳いてもらって、簡単にお化粧まで施された。鏡に映った私はここ数年で一番に綺麗にしてもらっていた。
「終わりました。お疲れさまです、お嬢様」
「ありがとうございます」
お礼を言うと皆にっこり笑ってくれた。
それからメイドたちが退出しようとドアを開けると入れ替わるようにヴィクタが部屋に入ってきた。
「おお、可愛くなったな」
当たり前のように褒められて頬が熱い。誰に褒められるより一番嬉しいなんてヴィクタは知らないだろう。こんな私を褒めるのは彼しかいないだろうけれど。
ヴィクタは私の手を取って部屋の外へと誘導した。
「どこへ行くのですか?」
「紹介したい人がいる」
そうして連れられてきた部屋にはエンカルド伯爵とヴィクタと揃いの銀髪をした美女が立っていた。
ドアが閉まるのを確認してから、ヴィクタが紹介してくれた。
「そこにいるのは私の姉のアテナだ。急いで国からきてくれた」
「フィーネです。あの……ロッド国で大聖女をしておりました」
美女はちらりと私を見て、ヴィクタに話しかけた。
「どういう経緯であなたが大聖女と戻ってきているのよ。しかも、無事ならもっと早く知らせてくれたらよかったでしょう! どんなにみんなで心配したか!」
「すまない。魔力を封じられていて無理だった」
「え?」
ヴィクタは服を緩めて胸の釘をアテナに見せた。
それを見たアテナは怒りをあらわに私を睨みつけた。
「どういうことなの! よくもヴィクタールにこんなひどいことをしたわね!」
掴みかかってきそうなアテナの前に出て、それを止めたのはヴィクタだった。
「フィーネが刺したわけでもないのに、怒りをぶつけないでくれ」
「だって、この釘はロッド国のあの頭のおかしい王子が作らせたものでしょう⁉ この娘はアイツの婚約者だったんだから!」
「釘はあと二本さされていたんだ。肘と、膝に。それはフィーネが取り除いてくれた」
「なっ……」
「フィーネは王子の婚約者だったが、治癒をさせるために利用されていただけだ。レリアを攻める神託を下ろしたのは神殿長で、それも都合が悪いと大聖女に罪を擦り付けた」
「……本当なの?」
「ロッド国で色々調べたから間違いない」
「なら、その子は悪くないって言うの?」
アテナが私を指さしてそう言った。
「アテナはロッド国の聖女の治癒力について興味を持っていただろう?」
「まあ、そうだけど」
「フィーネの命は持って一年。それも今この二本の釘を抜けば即死かもしれない」
「えっ」
「私と会った時はもっと痩せて体もボロボロだった。きっと聖女は治癒することで命を削っている。アテナ、フィーネの余命を伸ばす方法を見つけてくれ」
「はあ、もう。ヴィクタールはフィーネを死なせたくないのね」
「そうだ」
はっきり言ったヴィクタに、そう思ってくれているだろうとは予想していたけれど胸が熱くなった。
「確かにヴィクタールの胸の釘は質が悪いから聖女の力で抜く方がいいわね。わかったわ。聖女の力を私に研究させて」
ヴィクタの釘を抜くためについてきたのだから、すぐに私は頷いた。
「明日にでもすぐ移動してレリア国に入り、国に帰りましょう」
「エンカルドにフィーネの入国の手続きを頼んだ」
「どのくらいかかるの?」
「ロッド国の大聖女を囲うとなるとレリア国の重鎮に説明が要ります。二、三日ください」
エンカルド伯爵の返答を聞いてアテナが考える仕草をしている。とても美人で、そして賢そうだ。ヴィクタは『姉』だと言っていたが、二人はまるで双子のようだった。
「フィーネ、こっちにいらっしゃい。とりあえずあなたの血液を採取して調べるわ」
「はい」
「アテナ、フィーネは体が弱い。できるだけ負担が少ないようにしてくれ」
「……まるで父親のようね」
確信を得ているような言葉に少しショックだ。
ヴィクタの態度は確かに私を『幼子』のように扱っていると言ってもよかった。
でも、それでいい。嫌われていないし、寧ろ大事にされている。淡い恋心を持つのは私のほうだけで十分なのだ。
アテナに座るよう言われて椅子に座るとテーブルの上に腕を出した。
「ちょっ……枝みたいじゃない」
服のボリュームで少しは誤魔化せていた腕はやはりどう見ても細かったようだ。血管も細かったようでアテナが苦戦して、ようやく私の血液を採取できた。申し訳なさで縮こまった私をヴィクタが抱き上げた。
「ヴィクタ? 歩けます」
「血を抜いたんだ、ふらついたらどうする」
そんな私たちをアテナとエンカルド伯爵が見ていて恥ずかしい。
思わず両手で顔を覆った。
「フィーネはこのまま部屋で休ませる。細かいことは私に聞いてくれ」
私は部屋に戻され、ソファに座らされた。テーブルの上にはたくさんの綺麗なお菓子がならんでいた。
「少しでもたくさん食べなさい。退屈なら本をもらってきてやろう」
「はい」
大人しくお菓子に手を伸ばした私をみてヴィクタは満足したようで、また部屋を出て行った。
ヴィクタはきっといいお父さんになるに違いない。
彼の隣に立つ人は幸せなんだろうなと思った。




