待ち人きたる
本日より一話ずつ朝六時の投稿になります。
よろしくお願いいたします。
「サリー、あの……」
朝にやってきたサリーに声をかけると、私がなにを言い出すのかわかっていたのかすぐに返答がきた。
「王宮で事件が起きたとは聞いておりません」
「そ、そうですか」
事件が起きていないと聞いてホッとする気持ちと、だったらどうしてという気持ちで私の頭はいっぱいになってしまう。
「フィーネ様、また眠れないのですか? 目の下に少しクマが」
「あ、いえ……」
サリーが私の顔を覗き込んで心配してくれる。
『夜な夜な訪ねてくるエルフがこなくなって』なんて相談ができるはずもなく、曖昧に笑った。
「最近は明るい顔になったと夫と話していたんですが……また発作も起こされてしまって」
「ほ、発作は時々起こるから仕方ないのです。……サリーは誰かを思って眠れなかったことなんてありますか?」
「え……ま、まさかフィーネ様」
なにか勘違いしたらしいサリーの表情が一気に暗くなってしまった。ハッとして私は誤解を解いた。
「あの、違いますよ。私がアーノルド王子のことを思って胸を痛めていると思っていませんか?」
「違うのですか? ご婚約までされていたのに……」
「婚約は決められていたことですし、それもあっさりお払い箱です。私は小さい頃からアーノルド王子は苦手だったのです」
「そうだったのですか。……うん? すると他に想い人がおられたのですか?」
「お、想い人?」
そんなふうに聞かれてすぐに思い浮かんだ顔はヴィクタだった。
真っ赤になる私を見てサリーが微笑ましそうにしていた。
「フィーネ様だって十八歳のお嬢様ですものね。憧れの人がいておかしくありません」
その言葉にさらに恥ずかしい思いになる。
想い人か。
エルフが想い人なんて恐れ多い。美しく、気高きエルフ。
そう言えばヴィクタのことは何も知らない。もしかしたらエルフの国に家族がいるのかもしれない。美しいエルフの妻と可愛い子供。百二十歳なんだもの、いて当たり前だ。
「戻ってくるなんて思って恥ずかしい」
まだ心臓の釘が残っているから……。
勝手に指輪を取り戻せばヴィクタが戻ってくると思っていた。けれど、賢いエルフのことだ、国に戻ることができれば釘を取り除く方法が別にあってもおかしくない。
ヴィクタは私を利用し、私もまたヴィクタを利用しようとしただけ。
枕を手繰り寄せてギュッと抱きしめる。
もう一度一目見たかったと思うのは贅沢なのだろうか。
「でも無事を祈るのは勝手ですよね……」
この想いはなんだろう。
でもヴィクタのことが心配なのは間違いなかった。
ガタン……。
昼過ぎに音がして私は息をひそめた。
読んでいた本をテーブルに置いて、ドアの外を窺った。
ダイズとサリーが訪れる時は必ずノッカーを三回鳴らしてくれる。
だから、訪問者はあの二人ではないということだ。
――まさか、見つかった?
ゆっくりとソファから下りて靴を履く。音がしたのは西側の掃き出し窓のある部屋だ。
いざとなったら隠れる地下室も確保してもらっていたのでいつでもそちらに逃げ込む覚悟でそっと部屋を覗いた。
なにかが窓の外で動いていた。
「ヴィクタ!」
それがヴィクタだとわかると私は急いで駆け寄って窓を開けた。ふらふらしたヴィクタは私を確認するとどさりと私に体を預けた。
「……と、ヴィクタ、どうしたの?」
「すまないが少し休ませてくれ」
そのまま部屋にあったソファに座らせると、彼の肩に矢が刺さっているのが分かった。
「血が……」
「抜くな。血が吹き出す。先に薬を塗ってくれ」
「すぐに治癒します」
「ダメだ」
「え?」
「とにかく力は使うな。薬を塗ってくれたら矢を抜くから。薬はポケットを探ってくれ」
言われた通りにヴィクタのポケットを探って出てきた薬を矢の周りに塗った。
私が塗り終えたのを確認するとヴィクタは自分で矢を抜いた。
「ぐっ」
それでもボタリと血が床に落ちた。ヴィクタは止血していた腕の付け根の紐をぎゅっとしめ直した。
カラン、と矢が足元に落ちる。見覚えのあるマークはロッド国の紋章だ。
「アーノルド王子のところへ行っていたのですね」
「ほら」
ニッと笑ってヴィクタが私にヒスイのような色の指輪を見せてきた。
「取り返せたのですね!」
思わず声を上げてしまった私にヴィクタは微笑みを深くした。
「包帯を巻くのを手伝ってくれ」
「治癒すればすぐ傷も塞げます」
「それは、ダメだ」
アーノルドならすぐに治癒するように言う傷なのにヴィクタは私に治癒させない。
なんだかそれが悲しくなってきてしまう。
アタフタしながらヴィクタの包帯を巻くとやっと一息つくことができた。
ヴィクタが目の前にいることが、奇跡のように感じてしまう。
「泣くな、お前はすぐ泣くのだから。このくらいの傷、私ならすぐに治る」
指摘されて涙が出ていることに気づいた。どうりで視界が揺れているわけだ。
なにかヴィクタに言いたかったが、言葉が嗚咽に変わってしまって上手く出なかった。
「うっ……うう」
「私がこなくて心配したか?」
図星を指されて感情がこみ上げてくる。よしよしと頭を撫でられてさらに涙腺が崩壊してしまった。さんざん泣いてしまって、怪我をしているヴィクタを介抱するどころか自分が慰めてもらった。
けれどヴィクタはそんな私に嫌な顔一つしなかった。
「あまりにお前がお人好しだから教えてやる」
ようやく私が落ち着いたころ、ヴィクタは私の涙を指でぬぐいながら言い聞かせるように言った。
「いいか。私の推測だが、ロッド国の聖女が使う聖なる力とは自分の生命力を他人に分け与える力だと思う。お前が治癒に使っている力は溢れ出るものではなく、命だと思う」
「……命?」
「そもそも他人を治癒する力などロッド国の聖女だけだ。明らかに魔力とは違うし、フィーネがその力を使うのを目の当たりにしたが命を削っているとしか思えない。名簿を見てみたが聖女で三十歳を超えて生きている者はいなかった」
「短命は……聖なる力を持つ者の運命だと」
神殿長に言われた言葉を思い出す。当然のこととして受け入れていた現実。
特に歴代の大聖女は短命だ。だから私の余命が一年と聞いた時もそれほどショックではなかったのだ。
「この地域で生まれる子供にはきっと他人に生命力を渡しやすい体質の者が多いのだろう。神を信じるお前たちには受け入れられない話かもしれんな」
「待って下さい、では私は幼い頃からアーノルドに自分の命を分け与えていたのですか?」
「治癒力を使ったならそうなのだろう」
「葉で切った指ですら私に治癒させていたのですよ⁉ ありえないです」
「フィーネ、私は今回調べて引っかかることがある。どうして聖女は神殿をでない? あの戦争狂いの王族なら戦地に聖女を連れて行く方が効率がいいに決まっている」
「それは、他国に治癒ができる者が流出しては大変だからと……」
「他に人族を抱える国はたくさんある。でも、治癒ができる聖女がいる国はロッドだけだ」
「いったいどういうことなのですか?」
「フィーネ、私とレリア国に……エルフの国に行かないか? その力にはなにかからくりがある」
「私が……エルフの国に?」
聖女の短命の運命も。
アーノルドに自分の命を与えてしまっていたことも。
そこになにか仕組みがあるのかもしれないと言うヴィクタ……。
けれど何よりも、エルフの国に行けばヴィクタの側にいられるのではないか、だなんて思う私がいた。




