聖女の住む国は(ヴィクタール視点)4
神殿の開放日らしく、なにかしら治癒してほしい貴族が列をなしているのが見える。
中を覗くと、そこには中央に金色の髪の美しい聖女が神に祈りを捧げていた。
ふっくらと美しい肢体。艶のある髪。フィーネとは大違いだ。漏れ聞く声で、それがフィーネの次の大聖女なのだとわかった。
あれがアーノルド王子の婚約者ジェシカか。
神殿に入ると肌に感じる不快感が酷い。特にガトルーシャヘイブラロ神の大きな彫像からそれは強烈に感じた。どこかで、似たものを感じたことがあるのだが、記憶は結びつかなかった。
そういえばフィーネのいる教会にある彫像にも不快感はあった。
神の彫像に祈りを捧げる聖女たち。一通り祈り終わると、治癒が始まるのか並んでいた貴族たちが順番に中に入ってきた。
一番目の男の腕の中には小さな娘が抱かれていた。
「大聖女様、私の娘の肺の病をお取り除きください」
それを見てジェシカが立ち上がると一人の聖女を手招いた。
「申し訳ございませんが、私はアーノルド様しか治癒できません。代わりにライラが治癒いたします」
そうジェシカが告げると貴族は不満そうに声を上げた。
「大聖女様なら一度で病を治癒すると聞いています。現に今までそうされていたではないですか」
「……聞こえませんでしたか? ご不満ならライラも下がらせますよ」
ジェシカがそう突っぱねると男は黙り、抱えていた少女を台の上に下ろした。ライラと呼ばれた聖女が治癒を施し始めた。なるほど、その力はフィーネとは比べ物にならないほど微々たる力である。そして、治癒を終えたライラはフィーネと同じように辛そうにしていた。
やはり、治癒は代償を伴うのだ。
「今日はこれで終わりです。お帰りください」
「え、でも、娘の呼吸はまだ……」
「お帰りくださいませ」
強く言われて男はしぶしぶ娘を連れて戻って行った。その姿が見えなくなるとジェシカはライラに強く当たった。
「もう少し、まともな治癒力が使えないの? どうして私が不満をぶつけられないといけないのよ!」
当たり散らす彼女に他の聖女がムッとしているのがわかる。ライラを気づかっていた聖女がジェシカに声を上げた。
「あなたが治癒力を誰かに使ったことがある⁉ 笑わせないで、すぐに疲れてまともに治癒力が使えないのに! 王太子様に守ってもらってばかりでなんの役にも立ってないじゃない!」
言い返せないのかジェシカは皆をひと睨みして神殿から出て行った。次々くる貴族たちには他の聖女が対応して治癒を施していた。
ジェシカは王太子専用で、他では治癒力をまともに使わないのか。
興味が出てき私は神殿の中を探ってみた。神殿長は王族との会食の日だったようで留守をしていた。顔を見てみたいと思っていたので少し残念だが、調べ物をするには好都合だった。
神殿を見渡す場所に神殿長の部屋があった。残念ながら特殊なカギがかかっていたので、隣の書庫を探ってみる。簡単な聖女の歴史や聖力の見分け方などがのった本が置いてある。
どうやら神殿長は整理整頓は苦手らしく、真新しい書類は上に乱雑に積み上げられていた。その下にあるのは歴代聖女の記録だった。
「え?」
思わず声を上げてしまう。聖力を持った赤子を集め、十歳で儀式を行う。そうして能力の高い順に名簿を作っていたようだ。興味深いのはその没年齢……。聖女は皆短命で三十歳を待たずに亡くなっている。しかも、その能力が高い聖女ほど短命だったのだ。
そもそも、治癒力とはなにか。どうして治癒を行った聖女は体が疲れるのか。
私はその下にある名簿も掘り出して中を見る。このデータを見る限りでは、聖女は皆短命であり、大聖女と呼ばれる者は二十代前半で皆亡くなっていた。
つまり、これは治癒能力を使えば使うほど、短命になる、ということだ。この仮説が正しいなら、聖女は自分の生命力を引き換えに治癒能力を使っていると言えるだろう。
いや、使っているのだ。そうでなくては納得できない。
しかし、治癒が使えるのにどうして聖女を戦場に連れて行くという発想はなかったのだろうか。フィーネの扱いを考えても戦場で待機させておいた方が心置きなく戦えるはず。
今日娘を連れてきた貴族を思い浮かべる。重症の娘を彼はわざわざ神殿に連れてきていた。そういえば町でも神殿か教会に行って聖女様に治癒してもらうのが普通だった。聖女がいるところに行くのが自然だと考えていたが、逆なら? 神殿と教会に足を踏み入れた時の違和感……。そこでしか治癒能力が使えないのだとしたら?
可能性はある。
フィーネが身を投げて亡くなっても嘆かない上層部。フィーネがもう先が長くないことを知っていたから惜しくもなかったのだ。巷で悪評が流れようが気にしていないのは、どうせ亡くなるならその罪を擦り付けたかったのだろう。もしくは積極的に悪評を流したのかもしれない。
アーノルド王子……。
命を削ると知っていながらフィーネに今まで治癒させていたのだとしたら、最低な男だとしか思えない。今までさんざんフィーネを利用してきて、最後は婚約破棄して見栄えのいい聖女を妻にする。気に入りの聖女には治癒力は使わせない……なんとも下劣な男だ。
私は不快な思いを抱えて神殿を離れた。イライラしながら城壁を登る。珍しく感情を高ぶらせた私は失態を犯して、壁を下りる際に壁を守る兵士に矢を打たれてしまった。
幸いなことに兵士は私を魔獣と見間違えたようで追ってくることはなかった。
私は負傷した体でフィーネの所へ向かった。それがどういうことなのか自分でもわからなかったが、足を向けたのは……
きっと無意識のうちに一番信頼できる人間だと、認めていたからだと思う。




