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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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聖女の住む国は(ヴィクタール視点)1

「すごい治癒能力だ」

 釘を抜いても以前のようには動かないだろうと諦めていた右肘、左膝が今は嘘のように動いた。

 目の前には憎んで当然だった少女がいる。しかし今は穏やかにその姿を見ることができた。黒髪に青白い顔……痩せているせいで浮き出て見える大きな目は常に優しさに満ち溢れているように見える。

 大聖女フィーネ……大悪党のように聞いていた人物は実際に会うと神殿に残した聖女たちの無事を祈る痩せた十代の少女だった。

 私を捕まえるために釘を四本も打ち込んだ忌々しいあの王子の婚約者だ、どんな毒婦でも驚きはしないと思っていた。


 アーノルド王子。私の体の自由を奪い、大切なエルフの指輪を奪った男。

 心臓横に打たれた釘が私を締め付け、苦しめるたびに怒りに震える。


 その日、突然レリア国にロッド国が攻めてきたと報告を受けた。しかしレリア国内に住んでいるからといって、エルフが常に戦闘に参加することはない。もともとエルフは平和主義で、自分たちの生活が脅かされるようなことにならない限りはエルフの国を出て自ら戦うことはない。それはレリア国も十分に承知していることなので普通ならこんな連絡もすぐに伝達されることはなかった。

 しかし、今回に限ってロッド国は常に国境を守っていたエルフの防御魔法を破りまわっていたのだ。通常、どこかから一部防御魔法を破って侵入することはあるが、国境を守る防御魔法を破りまわることは初めてだった。

「戦闘には参加しなくていいから防御魔法の修正をしてほしいと要請されている」

「わかった。では私が行ってこよう」

 王に言われて志願する。私が一番魔法に長けているのだから適役だと思った。

「叔父さん、俺も行きたい!」

 すると可愛がっている甥っ子のカテナがそんなことを言い出した。

「遊びじゃないんだ。お前は待っていなさい」

「俺だって一人前のエルフだよ! 邪魔しないから、ね?」

 言い出したら聞かないカテナにため息をついたのはその母親で私の姉でもあるアテナだった。

「はあ……言い出したら聞かないんだから。ヴィクタール、申し訳ないけれど、連れて行ってくれる? その、社会勉強ってことで」

 戦闘ならすぐに断るが、あくまでも防御魔法の修復だ。今後覚えていてもいいことだった。

「……仕方ないな。カテナ、私の指示に従うんだぞ」

「わかってるよ!」

 私はカテナと共に修復をするためにエルフの国を出た。しかし、これがあの男の罠だったのだ。

 攻めにきたロッド国の兵士たちは一か所でレリア国への侵入を試みたが、まごまごするばかりで動きは遅く、今になって思えば時間を稼ぐ動きをしていただけだとわかる。

 あくまでも攻めていた兵士たちは囮で、レリア国軍の注意をそちらに向け、防御魔法の修正に来たエルフを捕まえるのがヤツの目的だったのだ。

「叔父さん、こっちは俺がやってみるよ」

「カテナ、ダメだ、一人で行動するんじゃない!」

 それは一瞬の出来事だった。きっとカテナが一人で行動するのをずっと待ち構えていたのだろう、ボン、と黒い煙が湧いたと思えば、視界が真っ黒になった。

「カテナ!」

「わああああっ」

 煙の合間からカテナが誰かに網をかけられたのが見えた。男が四人、カテナを捕らえようとしている。私は素早く移動して、カテナを掴むその四人を攻撃した。

「もう一人のエルフは熟練だ、早く青い髪の子供だけ連れて行くんだ!」

 くそ、簡単な修復だからと、強請るカテナを連れてくるべきではなかった。私は素早く魔法を展開してカテナを取り返そうと動いた。

「俺が引き留めている間に連れていけ!」

 そう言って前に出てきたのはアーノルド王子。そうはさせまいと、王子の攻撃を避けながら残りの三人に攻撃を仕掛ける。

「ぐううっ」

 男たちの戦闘能力は高くない。しかし、その戦い方には異常性があった。

「ぐはあああっ」

 男たちはわざと攻撃を受ける場所を決めている戦い方をした。まるで、そこなら構わない、といったふうだ。そうか、これがロッド国の戦い方なのか、とその時悟った。

 こいつらは自分の体が傷つけられても、すぐに後で聖女が治癒することを前提に戦っているのだ。だから、自ら自分の体で傷つけていい場所をあらかじめ想定しているのだ。

 そしてそれが戦いに顕著に表れているのがまさに、この王子だった。

「カテナ! こいつらの狙いはエルフだ。お前はこのことをアテナたちに報告してくれ、早く! 行くんだ!」

 やっとの思いで逃したカテナが涙目で俺を見ながら頷いた。

「くそっ! 逃がすな!」

 カテナが移動の魔法を詠唱するまで王子の動きを封じなければ、そう思って王子の腕を短剣で刺した。至近距離になった私に、王子はニタリ、と嫌な笑い顔を向けた。

「お前の方が本当はいいって思ってたんだ。あっちは逃がしてやるよ」

 王子はそう言いながら、ブスリ、と自らより深く腕に短剣を刺してきた。自分から、なにを、と私が思う間もなく、膝に痛みが走った。

「ぐはああっ」

 見ると私の膝に王子が魔法を施された釘を打ち込んでいる。間合いを詰めて、動きを封じる気だったのだと、気づいた時は遅すぎた。

「痛いよなぁ。俺だって痛いのだからおあいこかな? でも、俺は国に戻ったらすぐに治してもらえるからさぁ……」

 すぐさま右肘にももう一本釘が打たれる。体をひねって王子から距離を取ろうとしたが、カテナを押さえていた残りの三人がこちらにきて私の体を抑え込んだ。

「服をはだけさせろ、心臓横に打って、魔法を使えなくしてやる」

 拘束魔法を遮ろうとしても三人が交互に魔法をかけてきて動けない。

「ぐうっ」

 私は最後に出来ることを考えて王子の胸に呪いの種を植え付ける。しかし、発芽すると同時に、その手はすでに私の胸にくぎを打ってきていた。

「があああああっ」

「くははっ……ようやくエルフが手に入った。欲しかったんだぁ……ん、ぐ、ぐうう」

 私の呪いが王子の心臓を締め付ける。しかし、私も心臓横に二本の釘を打たれて、魔法も使えなくなってしまった。

「……ハア、ハア……最後まで抵抗しやがって。でもな、俺の勝ちだ。お前はこれから這いつくばって俺の下僕として生きるんだ」

 ぐるぐる巻きにされて、私は荷馬車に乗せられた。その時に身に着けていたネックレスと指輪を没収された。


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