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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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エルフのあなた

「おはようございます、フィーネ様。今日は顔色がすぐれませんね。すぐに薬湯をお持ちします」

 サリーが朝やってきて私の体を起こしてくれた。

 昨晩久しぶりに力を使って倒れて、そのまま眠ってしまったようだ。

「あれ……」

「ご自分で着替えられたのですか? 咳き込んで汚されてしまったようですね。夜中でもベルを鳴らしてくだされば駆けつけますから次からは気をつかわず私を呼んでください」

「はい……」

 着替えた覚えはなかった。

 これは、あのエルフが着替えさせたのだろう……。

 ちょっとまって、いくらガリガリでも素肌を見られたとか、今更ながら恥ずかしすぎる。

 まあ……でもあんなに美しい人からすれば、私の胸など取るに足らないものだろう。

 そういえば、と襟首から覗けば心臓の上の黒い棘のある芽が消えていた。

 呪いが解かれている。

 あのエルフが解いてくれたのか。

 私が釘を抜いたから?

「あら、これはなんでしょう?」

 サリーの声のする方を見ると昨日私が抜いた釘が窓のところに置かれていた。

 その下には十一と数字が書かれている。

「危ないから捨ててくれますか?」

「ええ。どうしてこんなものがあるのかしら」

 抜いてしまった釘は無効化されて、ただの尖った鉄クズだ。サリーは不思議そうにしていたが処分してくれた。


 それからエルフは夜の十一時に現れるようになった。



「ゆっくり飲め」

 エルフは名をヴィクタと名乗り、私に毎日薬湯を持ってやってきた。

 初めは驚いたし、見たことのない薬湯もヘドロのような色で苦い。

 しかしこれを口にすることがこのエルフの信頼を得る第一歩だとも思い、飲むことにした。

 この薬湯、さすがエルフ直伝というもので苦さを乗り切ると体が軽くなる。

 薬湯を飲み始めてから私は見違えるように体調がよくなってきた。

「ヴィクタはこれを食べてください」

 代わりといってはなんだけれど、私はヴィクタに食べ物を用意するようになった。

 エルフは菜食主義だと聞いていたのでサリーに果物を強請った。

 警戒していた彼だが、根気よく接していると手の加えていない果物は口にするようになっていた。

「私が薬湯を飲ますのはお前の体調を整えて胸の釘を抜かせるためなのだぞ」

「はい。だから苦いのを我慢して毎日飲んでいるのです」

 私の返答に呆れたような顔をしてヴィクタは果物を齧った。

「……悔しくないのか? アーノルドはジェシカとかいう聖女と婚約したらしいぞ」

 そうして彼は時々こうして世間話を持ってきてくれる。

 どうやらロッド国内で私は大々的に悪女だと流布されているようで、どこへ行っても悪評ばかりだそうだ。

 ダイズとサリーは私の耳に話が入らないように気を付けているようだが、こうやってヴィクタが私に伝えにきてくれていた。

「アーノルドとの婚約は勝手に決まっていたことです。それにここだけの話、私はあの人が大っ嫌いだったので婚約破棄できて嬉しいです。ジェシカにお礼を言わないと」

「街でアーノルドは英雄のように語られて、美男子だと大人気だったぞ」

「性格は自分勝手で暴力的……最悪でしたから。それに確かに顔は整っていましたが、ヴィクタを見慣れてしまうと……」

「なんだ?」

「い、いえ、なんでもありません。それより、早くヴィクタの胸の釘を抜かせてくれませんか?」

「なんだ、私の裸をみたいのか?」

「なっ……」

「冗談だ。おい、今さら赤くなるな、こっちまで恥ずかしくなるだろう」

 ヴィクタが変なことを言うので焦ってしまう。彼はきっと自分がどんなに美しいかわかっていないのだ。

 時々親しみのあるそぶりをみせる彼に、ちょっとドキドキしてしまう。

「エルフは同族意識が高いと聞きましたが、それは家族を大切にするようなものですか?」

「まあ、そうなるだろうな。ああ、ロッド国の聖女は赤子のうちから親から離されて育つのだったな」

「そうなのです。ですから親の愛情はよくわかりません。でも、聖女たちは同志で、家族でしたから姉妹愛はわかりますよ。……現に私をこうやって逃してくれました」

 強引だったものの、私を思ってこの家を用意してくれた彼女たちに今は感謝していた。あれから安全だと判断した私はヴィクタには私がここに居るわけを簡単に説明していた。

「そうか」

「あの、本当に神殿の聖女たちに処罰が下ったとか、聞こえてないのですよね?」

「王宮と神殿のことは調べているから心配するな。聖女たちは普通に生活している」

「よかった」

「処罰が下っていたらどうするつもりなんだ」

「その時は名乗り出て大人しく首を差し出します」

「はあ。自分の命を粗末に扱うな。お前の姉妹たちはお前を守るために逃がしたのだろう」

「あの、粗末に扱うつもりはないのですが、そもそも私の余命は一年なのです」

 私がそう言うと窓に座っていたヴィクタが驚いて立ち上がった。


「……ちょっとまて。お前、知っていたのか?」

 せっせと薬湯を持ってくるヴィクタはきっと知っていると思っていたが、私がそれに気づいているとは思っていなかったようだ。

「はい。ですからヴィクタの心臓の釘も早めに抜かせてください」

「今これを抜けばお前の命はなくなる。しかも今の体の状態では一本分にしかならんだろう」

「そう……なのですね。頑張って薬湯を飲みます」

「……どうしてそこまでする」

「え?」

「お前にとって私など大した存在ではないだろう? アーノルドのように婚約者だったわけでもない」

「そもそもアーノルドは嫌いでしたし……私にも打算があってあなたの釘を抜きたいんです」

「打算?」

「あなたが無事にレリア国に帰れた時、聖女たちは戦争には関わっていなかったと伝えて欲しいのです」

「そういうことか」

「お願いできますか?」

「いいだろう。その考え方は悪くない。……お前の考え方は自己犠牲が強いが、エルフには共感できる」

 そう言ってヴィクタは少し笑った。

 彼が笑うところを初めて見て、私は心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。





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