第53話 民営化
二年前にサンドウ王国は、魔物の大侵攻を受けて滅亡寸前まで追い詰められる。
王都だけではなく領地の殆どが壊滅したか大きな損害を受けてしまい、まともに政務が行える状態ではなかった。
そこで国内全ての管理運営を女王である私が直接行うことで、首の皮一枚繋げて復興事業を進めることに成功する。
ゴリ押しの極みではあるが、事務仕事は得意なのだ。
けれどリアル時間で二年も多忙を極め、仮想空間に籠もりっきりだった。
だがおかげで処理能力が上がり、復興もほぼ終わって情勢も落ち着き余裕ができた。
今ではこうして現実に帰って来れたし、結果だけ見れば良かったと言える。
現在の私は町娘に変装して、暖かい日差しを浴びながら王都をのんびりと散策していた。
「しかし改めて見ると、あっちもこっちも国営企業ばかりですね」
私は興味津々な表情で、あちこちを観察している。
そしていつもの護衛と世話係も同行しているが、彼らも地味目な服装に着替えていた。
ちなみに国営企業ばかりなのは、王都だけでなくサンドウ王国のコッポラ領以外が壊滅的な被害を受けたため、一から作り直したほうが早かったからだ。
辛うじて残っていた建築物も本人が希望しなければ新しく建て直すし、長期的に見ればそっちのほうがお得だと判断した。
なので中世ファンタジーだった王都は、前世の日本の風景に近い。
ウルズ大森林の奥地にある魔都のように、きっちり区画整備もされて道幅も広く取られている。
各所の関所や町村の通行料金も完全無料化したおかげで、交通の便も良好だ。
今も十トン飛行トラックやバスが、頻繁に行き来している。
街道や河川も大規模な工事を行い、どんどん快適で便利になっていた。
ちなみにこの世界には、四次元ポケットも転移魔法も存在しない。
物流が破壊されることも不法入国や危険物を持ち込まれ放題ということもなく、私の管理運営でも十分にやっていけるのは幸いだ。
他の中世ファンタジーと比べるとちょっと不便だが、現政権の転覆を企む者たちの動きを把握しやすく、対処も容易になるに越したことはない。
「それと仮設住宅も多いですね」
家や土地を失った人々を受け入れるために、大型旅館が多く立ち並んでいる特徴的な街並みだ。
その辺りは魔都と同じで、集団生活のほうが管理しやすいので自然とそうなった。
「それでも二年前と比べれば、断然マシですね」
魔物の大軍に蹂躙されたばかりの頃は、瓦礫や廃墟や大型旅館ばかりだった。
王城は原型を保っていたが、城壁も今後の統治では不要だと判断して撤去して結界に移行した。
崩れかけの石壁を直すより、国境沿いと同じ術式の大規模結界を張ったほうが管理が楽なのだ。
しかし、仮想空間で頑張る私の苦労は国民にはわからない。
まあ感謝されたくてやっているわけでも、積極的にアピールする気もないので別に良い。
取りあえず二年かけて復興どころかV字回復し、安心安全なノゾミ女王国を築き上げたので、とにかく良しなのだった。
だがまあそれはそれとして現在は王都はすっかり立ち直り、旅館以外にも多数の施設が立ち並んでいる。
それに時刻が昼頃になると、大通りは何処も大変賑わっていて活気に溢れていた。
統治している女王が規格外な上にゴーレムと仲良しだからか、人間とエルフと獣人の垣根は完全にぶっ壊れていた。
同じ釜の飯を食ったり、共に危機を乗り越えて復興に尽力したのも大きかったかも知れない。
それにノゾミ女王国の全てが国営企業、もしくは加盟店で私がトップだ。
能力を正しく評価して給料を支払い、犯罪行為は見逃さずにしっかり取り締まっている。
だが今の自分は、完全に外行きモードだ。
ウキウキ気分でのんびりと歩きながら周りを見回して、行き交う人々や店や建物を観察していた。
すると宰相のブライアンが何か思いついたのか、歩きながら声をかけてきた。
「ノゾミ女王国は、国営企業しか存在しません。
他国は違いますが、我が国では普通でございます」
「わかってはいますが、なかなか慣れませんね」
ウルズ大森林の奥地の魔都では当たり前だった。
しかしまさか併合したサンドウ王国にまで、国営企業が拡大するとはだ。
コッポラ領もどうせ返還するからと好き放題やっていたが、今思えば我ながら良く反対されなかったものである。
しかし、いつまでも私が舵を取っているわけにはいかない。
運営が軌道に乗ってきた今、少しずつでも国民に委ねていくべきだろう。
「情勢も安定してきましたし、そろそろ民営化に路線変更しましょうか」
私がやらなくても、人類自身が管理や監視ができれば問題はない。
わざわざ共産主義路線を突っ走ることもないだろう。
今も国内産業の競争を推奨し、個々の能力や働きに見合った給料を支払っているので、完全に染まってはいないが、別に自分はディストピアを築きたいわけではない。
そして監視目的なら、マジックアイテムが隅々まで行き渡った時点でほぼ達成されたようなものだ。
これ以上は無理に関わる必要はなく、見守るだけに留めても良いかも知れない。
そんなことを考えていると、ブライアンが慌てた様子で大きな声を出す。
「女王陛下! それはなりません!」
「ちょっ、ちょっと! ブライアン! 今の私は町娘ですよ! 町娘!」
突然同行していた宰相が騒ぎ出したので慌てて止めると、失態に気づいたようですぐに謝罪する。
「こっ、これはとんだ失礼を!」
ちなみに外出にブライアンが付いてきた理由だが、表向きは休んでいるように見えても、政務は引き続き行っているからだ。
ノートパソコンを所持していて、なおかつ政治のできる人が同行したほうが何かあった場合に心強い。
しかし、そのような事情はどうあれ、彼の大声で注目が集まってしまう。
幸い女王だとはバレていないようだが、あまりジロジロ見られると居心地が悪い。
私は取りあえず場所を変えるために平静を装いながら早足で立ち去りつつ、宰相に小声で話しかける。
「それで、何故民営化は駄目なのですか?」
周りに聞こえないように気をつけると、彼は少しだけ考える。
どうやら説明が難しいようで、やがて真面目な顔になって語りかけてきた。
「強大な外敵に滅ぼされないためには、個ではなく群れとして戦うことが必要でございます」
それと民営化と何の関係がと思った。
しかしまだ説明の途中なので、私は歩きながら黙って耳を傾ける。
「今は女王陛下の統治により、隙のない盤石の布陣を敷いております。
例えるなら、一匹の狼に率いられる羊の群れでしょうか」
ここで彼は呼吸を整えて、私を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「ですがもし女王陛下が手を放せば、羊の群れはたちまち散り散りになりましょう」
有無を言わせぬ強い口調で、ブライアンは言葉を続ける。
「そして群れからはぐれた羊は外敵に食われるか、仲間同士で醜い争いが始まります。
もしくは怪我や病気により、バタバタと死んでいくかも知れません」
確かに羊は、イメージ的に弱そうだ。
ちゃんと適切な環境で徹底管理しないと、気づいたら全滅していたとかあり得る。
宰相はとても真面目な顔で、はっきりと告げる。
「それ程までに人は弱く愚かで、どうしようもない生き物なのでございます」
「いやいや、いくら何でも羊と人は違うでしょう」
ブライアンは人間は羊だと例えたが、私はそこまで愚かだとは思わなかった。
しかし前世の人類が色々やらかしていたことを思い出して、発言したあとに神妙な顔になってしまう。
どう答えたものかと迷っている間に、彼は深々と頭を下げる。
「女王陛下。どうか我々、迷える子羊をお導きください」
頭を下げたまま上げる気配がない宰相に、私は大きな溜息を吐く。
「ブライアン、私は全知全能な神ではありませんよ」
思考加速や未来予測で、転ぶ前に先手を打っているだけだ。
ついでに私は行き当たりばったりで自己中心的な性格なので、高性能なゴーレムの機能を十全に使いこなせていない。
どれだけ機械が正確無比だろうと、使用者がポンコツな上にヒューマンエラーは避けようがなかった。
しかし、ブライアンは意見を変えるつもりはないようだ。
そしてこれは宰相だけではなく、他の臣下も同意見だと予測が出ていた。
なので私は困った顔をして大きな溜息を吐き、彼に優しく語りかける。
「わかりました。民営化は取り止めて、引き続き私が管理運営を行いましょう」
「ご理解いただき、感謝致します」
宰相にお礼を言われた私は、提案を受け入れただけなので感謝する必要はないと答える。
(しかし舵取りに失敗すると、国が一気に傾くね)
現在は私のワンマン経営で成り立っている国家なので、自分がコケると国も傾く。
当たり前のことではあるが、現時点ではもっとも安定した政策と言える。
民営化も必ず成功するとは限らないし、自分で回していけるならそれに越したことはない。
(それに手綱を握っていれば、下手なことはできないでしょ)
ゴーレムと人間の共存は今のところは上手く言っているが、反乱分子がないわけではない。
そう言う輩は水面下に潜って良からぬことを企んでいるけれど、正直あちこちに分散しすぎて対処が面倒だ。
けれど全ての企業が国営なので、動きが取りづらいのか今のところは大人しくしている。
(そう考えると、国営企業のままのほうが良いのかな?)
今のままなら国民の監視や管理は容易だし、必要とあらばすぐにガサ入れも可能だ。
もし経営が傾いたり何か大きな失敗をしたら、あらためて民営化を議題にあげればいい。
自分には無理だという証拠になり、今度は宰相もあっさり通すかも知れない。
(だったら、取りあえず現状維持でいいかな)
当面は、国営企業を維持することに決めた。
その一方で私はデータベースに干渉し、ホームページの様子を確認する。
(アクセス過多にはなっていないね。流石は神様からの贈り物だよ)
メールも問題なく動いているようで、容量無制限のデータベースはやっぱり凄い。
そして今後の方針がはっきり定まっただけでも、本日の散策の価値はあった。
そんなことを考えつつ周囲を観察し、暖かい陽の光を浴びて気分良く王都を歩くのだった。




