第34話 勇者召喚
コッポラ領の統治を始めてから時が流れて、季節は春になった。
形式的にはノゾミ女王国が占領しているという扱いで、サンドウ国王からは完全に切り離されている。
なので一応は戦時中の扱いで国境線は感知結界を張り巡らせて封鎖し、交易都市からしか他国の者は出入りできないようにしていた。
商人は通す、冒険者も通す、密偵は通さない状態だ。
それはともかく現在はリアルタイム通信を活用し、未来を予測することで地区によって異なる最適解を導き出し、マジックアイテムを貸し出して生産効率を高めている。
冬の間にも大型トラクターや各種重機を使い、開墾や治水工事を進めておいた。
なので、畑だけでなく田んぼも出来上がっている。
種や苗を植えるにも機械化を進めてようやく手が足りている状況なため、各地で嬉しい悲鳴が上がっていると報告を受けた。
ちなみに政務は、相変わらず私が行っている。
多忙ではあっても仮想空間に籠もる必要はないものの、相変わらず領主の屋敷から出られない毎日を過ごしていた。
しかしゴーレムは精神耐性があるのでこの程度なら全然平気で、朝昼晩と美味しいご飯を食べ、夜はお風呂に入って布団でぐっすり寝る。
これだけで私は、十分に幸せだ。
あとは政務から解放されて、穏やかな日常を過ごせれば言うことなしだが、女王という立場的には無理そうである。
なのでいつか土日休みが取れるぐらい余裕が出たら、サブカルチャーをのんびりと楽しむのが理想かも知れない。
そんなことを考えながら山のような書類仕事を片付けていると、ようやくサンドウ王国から今は時期が悪い以外の返事が届いた。
ブライアンがわざわざ手紙を届けてくれたので、それを秘書のレベッカに読んでもらう。
「和平交渉を行うための使者を、コッポラ領に派遣する。彼らと話し合って決めて欲しい。……と書かれています」
「まあ、妥当なところですね」
私は仕事の手を止めずに口を開く。
普通なら、もっと早く対応するはずだ。
ここまで時間がかかったというのは理由があるのは間違いないが、未来予測では情報が足りずに絞り込めない。
何にせよサンドウ王国に有利な状況を作るためなのは間違いないので、私は大きな溜息を吐いてしまう。
「面倒なことになりそうですね」
誰にも聞かせる気はなく、とても小さな呟きである。
しかし相手が何を考えていても、私から要求するのは和平なのは変わらない。
ノゾミ女王国に攻め込んだり内政干渉せずに、独立を認めてくれればそれで良かった。
だが決して、油断はできない。
サンドウ王国の使者を二十四時間体制で秘密裏に監視するのは決定事項で、交渉をする前に正体を見極めるのだった。
<天原光章>
俺の名前は天原光章。日本に住む何の変哲もない中学二年生だ。
しかしある日、いつの間にやら見たこともない城内の謁見の間に自分が立っていることに気づく。
自分の周囲に居る者は、皆緊張しているようだ。
空気も重くて状況が全くわからないが、やがて何処からか大きな声が聞こえてくる。
「よくぞ参られました! 異世界の勇者殿!」
正面には王冠を被り、豪華な服で着飾った中年オヤジが椅子に座っている。
そして自分の周りは鎧を着て武器を持った兵士に囲まれ、どう考えても歓迎ムードではない。
しかし勇者という言葉に反応し、彼に顔を向けて口を開く。
「俺が勇者だと?」
良く見ると、文官たちも兵士に隠れるように並んでいる。
まるで俺が本当に異世界転生したようだと考えていると、おっさんはさらに言葉を続ける。
「その通り!
今は魔王が現れて、我が国が被害を受けておる!
それゆえに誠に勝手ながら、異世界から勇者殿を召喚させてもらったのだ!」
本当に良くある展開のようだと、息を吐く。
(しかしまさか、俺が選ばれるとはな)
俺は国王らしき人物の説明を聞きながら、今の状況を頭の中で整理していく。
(幸い日本には未練はない)
あっちの世界では退屈していたし、溜まった鬱憤は周囲にぶつけて発散していた。
警察のお世話になったことも一度や二度ではなく、地元では有名な不良だったのだ。
だがそんな勇者の素養がゼロな自分が何故呼ばれたのかと考えると、天原光章は正義の味方っぽい名前だし、眩い光に包まれてここに呼び出される直前に車にはねられそうになっていた子供を気まぐれで助けた。
(まあ、理由は考えてもわからねえか)
そして俺は異世界転生は聞きかじっただけで、そこまで詳しくはない。
だがもしこれが夢でなければ、アレが使えるかも知れないと考えて、例の台詞を叫ぼうと口を開きかける。
「どうやら、わざわざ言わなくても良いようだな」
人前でステータスオープンと叫ぶのは、恥ずかしかった。
もし何も出なかったら羞恥心で悶えていただろうが、幸い頭の中で強く願うだけで済むようだ。
俺の目の前には半透明のウインドウが表示されており、それを見た周囲の者たちが大声で騒ぎ始める。
「あれこそ勇者様の証だ!」
「伝説は本当だったのか!?」
「あの古代文字は! まさに言い伝えの通りだぞ!?」
不良と呼ばれていても称賛の声は心地良く、俺は得意気になって自分のステータスを閲覧する。
「名前、種族、スキルだけか」
半透明のウインドウには天原光章、人間族、あとは各種スキルと説明が表示されているだけだった。
自分のレベルや実力がどの程度かは良くわからない。
それに他人のステータスを覗けないようで、数値化できる他の異世界転生や召喚のモノよりも数段劣る。
思ったよりもショボくて舌打ちしてしまう。
「だがまあ、勇者のスキルは優秀だな」
勇者は全ての能力が底上げされるだけでなく、全属性の魔法を使える。
現時点でも世界最強は間違いないが、真面目に訓練をして経験を積めばさらに強くなれるだろう。
だが途中であまりにも所持スキルが多いため、長い説明を読むのが面倒になってウインドウを消した。
とにかく勇者は、他者よりも圧倒的に強いということだけがわかれば十分だ。
俺がそんなことを考えていると、国王がコホンと咳払いをする。
「勇者殿! この世界のためにも、どうか魔王を討伐していただきたい!」
交通事故から危機一髪で助けてくれたのは感謝するが、いきなり見知らぬ異世界に連れて来られたのだ。
国王の命令を素直に聞いてやるつもりはなく、周りを大勢の兵士に囲まれていても今なら負ける気はない。
しかし現時点では右も左もわからないため、今後どうするかを決めるために情報を集める必要がある。
「悪いが、その前にいくつか聞きたい」
支配階級も国王に、無礼な口を聞いている自覚はある。
だが俺は昔からこんな感じだし、今さら改める気もない。
それに勇者の力を得た今、へりくだる必要もなかった。
向こうもそれがわかっているのか、家臣たちは動揺しても横槍は入れてこない。
「良い。何なりと聞くが良い」
国王も引き下がるつもりがないのか、態度はでかいままだ。
民の先頭に立っているので、相手が勇者だろうと頭を下げるわけにはいかない。
態度や主張をコロコロ変える奴よりは信用はできるが、今はお互いに牽制し合っているのだ。
俺の怒りを買えばその時点で死んでもおかしくないけれど、こっちも現状を知るのに国王や周囲の家臣たちは必要である。
殺したり大怪我をさせるには、まだ早い。
(元々不良なのもあるが、今は不思議と殺すことに躊躇いがないな)
今なら必要に迫られれば、他者を躊躇せずに殺せそうだ。
平和な日本で暮らしていた頃も不良をしていたが、勇者になって変化したのかも知れない。
異世界から召喚された奴がろくに戦えない臆病者だったら、魔王討伐どころではないからだ。
しかし俺としては、自分が変わった気は全くしないので別に構わない。
今はこの世界の詳しい情報を得て今後どうするかを決めるために、国王や家臣たちから話を聞くのだった。
神もプレイヤーも去って新たに訪れる者がいなくなった閉じた世界ですが、現地人側から招き入れることはできます。
ですが次元を越えるのは容易には行えませんし代償も大きく、あくまで緊急事態への備えとして上位存在が残したシステムです。




