第75話:記憶の対話
世界が白に染まる。
僕の短い人生が走馬灯のように駆け巡った。
父に勘当を言い渡された日。
たった一人荒野に追放された日。
ミリアと出会った日。
グルドさんとリアムと仲間になった日。
みんなで笑い合った収穫祭の夜。
ああ、僕の人生は追放されてからの方が、ずっと、ずっと幸せだったな……。
みんなの顔が思い浮かぶ。
ミリア、グルドさん、リアム、カカンとココン、そして、ハク……。
ごめん。約束、守れそうにないや……。
僕の意識が完全に光に飲み込まれようとした、その刹那だった。
――違う。
まだだ。まだ終われない。終わらせない。
力では敵わない。言葉も通じない。ならばどうする?
僕に残された最後の武器。それは僕のこのスキルだけだ。
【土地の記憶】。
このスキルは土地に刻まれた過去を視る。
ならばなぜ人間に使えない?
人間もまた大地の子。その魂には歩んできた軌跡の記憶が刻まれているはずだ。
――最後の賭けだ。
僕は失われゆく意識のすべてを振り絞った。
ありったけの魔力を、魂を燃やし尽くす覚悟で叫んだ。
「――【土地の記憶】、最大出力!!」
対象は土地ではない。目の前の銀髪の少女――セブン、ただ一人。
「ぐ、あああああああああっっ!!」
凄まじい魔力の逆流。
僕の精神そのものが焼き切れるかのような激痛が走る。
けれど僕は構わなかった。
届け。僕の記憶。僕たちの物語。
僕がこの土地で何を見て、何を感じ、何を築き上げてきたか。
そのすべてをお前に見せてやる……!
僕の魂が弾けた。
セブンの世界が僕の記憶に染まっていく。
――最初に流れ込んだのは荒野の記憶。
見渡す限りの不毛の大地。孤独と絶望の中で、それでも生きるために必死に水を探した少年の記憶。
――次に聖獣ハクとの出会い。
土地の化身である彼に認められ、主として選ばれた瞬間の歓喜。
――ミリアたち兎獣人族との交流。
迫害され行き場を失った彼らを受け入れ、なけなしの食料を分け合い、共に畑を耕した日々。小さな村が生まれ、そこに初めて温かい笑顔が灯った光景。
――グルドたちドワーフとの協力。
頑なだった彼らの心を損得ではないものづくりへの敬意とうまい酒で解きほぐし、かけがえのない仲間となった物語。
――リアムというエルフとの絆。
人間不信だった彼が僕たちの村が示す「共生」というあり方にかつての理想を見出し、魂の救済を得た軌跡。
破壊ではない。創造の記憶。
略奪ではない。共生の物語。
それはセブンのデータベースに数千年間記録され続けてきた「人間=蛮族」という定義とは全く相容れない、矛盾した情報の奔流だった。
「――Error. Error. Irregular data detected.」
セブンの脳内で無機質な警告音が鳴り響く。
「……理解不能。データベースに該当せず。この記録は……この感情は……何……?」
彼女の論理回路が激しく火花を散らす。
彼女のプログラムには存在しない概念。
他者への信頼。種族を超えた友情。自己犠牲の精神。未来への希望。
その矛盾した膨大な情報の奔流が彼女の数千年の思考をフリーズさせる。
彼女の赤い瞳が激しく揺らぎ、そして初めて戸惑いの色を宿した。
「……この胸の奥が温かいという感覚は……何……?」
彼女がそう呟いた、瞬間だった。
――シン……。
あれほどけたたましく鳴り響いていた警報音が嘘のように止んだ。
僕たちを取り囲んでいた数百の砲台が一斉にその禍々しい光を失い、音もなく壁の中へと収納されていく。
絶対的な静寂が広間を支配した。
脅威は去ったのだ。
「……はあっ……はあっ……」
僕はその場に崩れ落ちた。
全身の力が抜けていく。意識が急速に遠のいていく。
薄れゆく視界の中で。僕は見た。
カプセルの上で立ち尽くしたまま動かない銀髪の少女の姿を。
その赤い瞳は僕をただじっと見つめていた。




