第67話:失われた世界の入り口
ゴゴゴゴゴ……!
地響きのような重低音と共に、数千年の沈黙を破って開かれた巨大な扉。
その隙間からひんやりとした古代の空気が僕たちの頬を撫でた。
それはカビ臭さや埃っぽさとは無縁の、どこか清浄でいて全く異質な匂いだった。
「……行くぞ」
グルドさんが松明に火を灯し、先陣を切って闇の中へと足を踏み入れた。
僕たちもゴクリと息をのみ、それに続く。
そして数歩、足を踏み入れた瞬間だった。
――パッ。
突如、僕たちの頭上で柔らかな光が灯った。
一つではない。通路の天井に埋め込まれた発光体が、まるで僕たちを導くかのように等間隔で次々と点灯していく。
「なっ……!?」
「これは……魔法の光か? いや、違う……!」
松明の赤い光とは全く異なる、青白く目に優しい光。
それは僕たちが進む通路の先をどこまでも明るく照らし出していた。
その光に照らし出された光景に僕たちは再び言葉を失う。
僕たちが立っていたのは巨大なドーム状の空間へと続く長い通路だった。
壁も床も天井も、すべてが継ぎ目のない乳白色の滑らかな素材でできている。
触れてみると石のように硬いのに、どこか温かみを感じる不思議な感触だった。
「……空気が澱んでいない」
リアムが驚きの声を上げた。
「これだけの閉鎖空間です。数千年も密閉されていたのなら空気は腐敗し、呼吸もままならないはず。ですがこの遺跡には外の新鮮な空気と変わらない清浄な空気が満ちている。……信じられません。換気システムが今この瞬間も完璧に稼働しているというのですか……!」
数千年の時を超えて今なお稼働し続ける未知の世界。
僕たちは古代文明の圧倒的な技術力に、ただただ畏怖の念を抱いていた。
「全神経を集中させろ! 何が起きてもすぐに対応できるように備えろ!」
ミリアが護衛隊長として鋭い声を飛ばす。
彼女の言葉に調査団の誰もが緊張に顔を引き締めた。
僕たちは光に照らされた通路を慎重に、一歩一歩進んでいく。
最初の角を曲がった、その時だった。
――カシュッ!
「――伏せてっ!」
壁の向こうから聞こえたごく微かな作動音。
それを人間の耳で捉えるより早く、ミリアの絶叫が響き渡った。
僕たちが反射的に床に身を伏せた、そのコンマ数秒後。
左右の壁から無数の黒い影が凄まじい勢いで射出された。
シュシュシュシュシュッ!
僕たちの頭上を嵐のように通り過ぎていく無数の矢。
それは反対側の壁に突き刺さると、青い火花を散らして消滅した。
「……今のは……」
「矢……ですか。しかし鉄や木でできたものではなさそうですね。一種のエネルギー体でしょうか」
リアムが冷や汗を拭いながら分析する。
もしミリアの反応が一瞬でも遅れていたら。僕たちは今頃、全員ハリネズミのようになっていただろう。
「ありがとう、ミリア。助かったよ」
「いえ……。ですがこの先、同じような罠がいくつもあると考えた方がよさそうです。どう進むべきか……」
ミリアが厳しい表情で前方の通路を見据える。
その時、僕の脳裏にある考えが閃いた。
「……僕に考えがある」
僕はそう言うと目を閉じ、再び【土地の記憶】を発動させた。
目の前の光景が再び数千年前の幻影へと切り替わっていく。
僕たちがいる通路を古代の人々が談笑しながら歩いている。
彼らは僕たちが今いる場所を何のためらいもなく通り過ぎていく。
けれどよく見ると、彼らの歩くルートにはある一定の法則性があった。
彼らは決して壁際には近づかず、床の特定の模様を踏まないように慎重に歩いている。
「……そうか。安全なルートがあるんだ」
僕は目を開けると仲間たちに告げた。
「僕が先導します。僕の歩いた場所と全く同じ場所を、一歩も違わずに着いてきてください」
僕は幻影の中で人々が歩いていた安全なルートを思い出しながら、ゆっくりと足を踏み出した。
右へ三歩、そして左へ一歩。床の光る線を跨ぐようにして進む。
僕の後ろをミリアたちが緊張した面持ちでついてくる。
何度か僕たちが通り過ぎた直後に壁から矢が射出されたり、床の一部が抜け落ちたりしたが、僕たちは傷一つ負うことなくその危険な通路を無事に突破することができた。
「すごい……。リオさんのその力があればどんな罠も無力化できるかもしれない……!」
リアムが興奮したように僕のスキルを称賛する。
僕の進化したスキルはこんな風に仲間たちを守るためにも使えるんだ。
その事実に僕の胸は熱くなった。
長い通路を抜けた先。僕たちは少し開けた広間のような場所に出た。
その広間の中央に、それはあった。
「……ゴーレム……?」
グルドさんが訝しげに呟く。
広間の中央で一体の巨大な人型の機械が大量の瓦礫に埋もれるようにして機能を停止していた。
その大きさは三メートル以上。全身が鈍い光を放つ未知の金属で覆われている。
ゴツゴツとしたいかにも戦闘用といったデザイン。その姿は僕たちが知るどんなゴーレムとも似ていなかった。
それはまるでこの遺跡に侵入する者を迎撃するために配置された『番人』のようだった。
そして、その番人がなぜこんな場所で破壊されているのか。
僕の背筋を冷たい汗がつうっと流れ落ちた。
この遺跡では僕たちの想像を絶する何かが起きたのだ。
僕たちの冒険はまだ始まったばかりだというのに。




