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追放貴族の【土地鑑定】スキルで辺境開拓 ~役立たずと勘当された僕のスキルは、実は大地を創造する【神の視点】でした~  作者: かるたっくす
第3部

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第53話:霧中の神威


 『全軍突撃』の号令は混乱を収拾させるどころか、アークライト軍を完全な崩壊へと導いた。


 統率を失った兵士たちはただやみくもに、村があるであろう方角へと突き進む。

 その結果、彼らはドワーフたちが丹精込めて仕掛けた罠の密集地帯へと、自ら進んで足を踏み入れることになった。


 森の至る所で兵士たちの悲鳴と絶叫が、断続的に木霊する。


「うわっ! 足が……足が抜けねえ!」

「助けてくれ! 何かに吊り上げられてる!」

「こっちに来るな! 化け物だ! 化け物がそこにいる!」


 もはやそれは軍隊ではなかった。

 ただのパニックに陥った、哀れな人間の集団だった。


 僕たちの計画の最後の仕上げが、実行に移された。


 村を見下ろす丘の上。

 僕の隣に控えていた聖獣ハクが、その巨大な体をゆっくりと起こした。

 その金色の瞳は眼下に広がる、愚かな人間たちが引き起こしている混沌を冷ややかに見据えている。


『――我が主よ。刻は満ちたか』


 ハクの荘厳な声が、僕の脳内に直接響く。


「うん。お願い、ハク。もう終わらせよう」


 僕のその言葉に、ハクは静かに頷いた。


 次の瞬間、ハクは天を仰ぎ、その喉の奥から天と地を震わせるほどの凄まじい咆哮を放った。


「――グルオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 それはただの威嚇の雄叫びではなかった。

 聖獣がこの土地の理そのものに干渉する、神威の現れ。


 その咆哮を合図に、森の様子が一変した。


 どこからともなく、乳白色の濃密な霧が湧き上がってきたのだ。

 それはまるで意志を持っているかのように、森全体をあっという間に覆い尽くしていく。


 ほんの数分前までかろうじて見えていた木々の輪郭も仲間の背中も、全てが白い闇の向こう側へと消えていった。


 視界を完全に奪われた兵士たちの間に、これまでとは比較にならないほどの本能的な恐怖が急速に広がっていく。


「な、なんだ、この霧は……!?」

「前が全く見えない……!」

「おい、誰か、そこにいるのか!? 返事をしろ!」


 彼らの声は濃い霧に吸い込まれ、弱々しく響くだけ。

 その孤独感が彼らの心を、さらに蝕んでいった。


 やがてハクによる、本当の心理攻撃が始まった。


 霧の中から様々な「音」が、聞こえ始めたのだ。


『グルルルル……』


 すぐ背後で飢えた獣が、喉を鳴らすような不気味な唸り声。


「ひっ……!?」


 兵士が悲鳴を上げて振り返る。

 しかし、そこには白い霧が揺らめいているだけ。


『助けて……助けてくれ……!』


 今度は少し離れた場所から、仲間のものと思われるか細い悲鳴。


「おい、大丈夫か! 今、助けに行くぞ!」


 正義感の強い兵士が声のする方へと駆け出す。

 しかし、その兵士が数歩も進まないうちにその声は、ぴたりと止んだ。


 静寂。

 その静寂が残された者たちの想像力をかき立て、恐怖を何倍にも増幅させる。


 やがて兵士たちは、疑心暗鬼に陥り始めた。

 霧の向こうに見える人影が果たして本当に味方なのか、それとも自分を殺しに来た見えない敵なのか。


「……来るな! 俺に近づくな!」

「うわあああっ!」


 味方同士で剣を向け合う者まで現れた。

 もはやそこは戦場ですらなかった。狂気と恐怖が支配する、地獄そのものだった。


          ◇


 その地獄の中心で、総大将であるバルドもまた例外ではなかった。


「ええい、静まれ! 貴様ら、それでもアークライト家の騎士か!」


 彼は必死に虚勢を張り、兵士たちを叱咤する。

 しかし、その声は恐怖で上ずっていた。


 彼は落とし穴に落ち、泥まみれになった自慢の鎧を引きずりながらよろよろと歩いていた。

 かつての傲慢で自信に満ちた彼の姿はどこにもない。ただ恐怖に怯える、一人の惨めな男がいるだけだった。


 その時だった。


『――兄さん』


 バルドの耳にはっきりと、その声が届いた。


 忘れるはずもない。彼がずっと見下し、虐げてきた出来損ないの弟の声だ。


「……リオ!? どこだ! どこにいる、臆病者め! 姿を現せ!」


 バルドは狂ったように叫びながら、剣を振り回す。


『――兄さん。これがあなたの望んだ戦場ですか?』


 声は嘲笑うかのように、霧の中を反響する。


『力こそが全てだと、あなたは言った。ならば、見せてみろ。あなたのその力がこの森に、この土地に、通用するのかどうかを』


「だ、黙れ……! 黙れ、黙れ、黙れえええっ!」


 その言葉はバルドの、最後の脆いプライドを粉々に打ち砕いた。


 彼はついに、その場に膝から崩れ落ちた。

 その瞳からは光が消え、ただ絶望の色だけが浮かんでいた。


「……撤退だ」


 彼は虚ろな声で、呟いた。


「……全軍、撤退……! 撤退だあああああっ!!」


 総大将が発した完全な敗北宣言。


 その言葉を待っていたかのように、兵士たちは我先にと逃げ出した。

 持っていた武器も重い鎧も、騎士としての誇りも全て投げ捨てて。


 ただこの地獄から、一刻も早く逃げ出したい。その一心で。


 彼らのあまりにも惨めな逃走劇を、聖獣ハクは丘の上からただ静かに見下ろしていた。


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