第23話:頑固な鍛冶師と鉱石の価値
翌日、僕はミリアと二人、北の山へ向けて出発した。
ハクは聖獣としての威厳がありすぎるし、グルドさんたちドワーフを連れて行けば相手を刺激してしまうかもしれない。
まずは噂の真偽を確かめるため、少人数で向かうのが最善だと判断したのだ。
「本当に、こんな山奥にドワーフの方が住んでいるんでしょうか……」
村から半日ほど歩き、険しい山道に差し掛かったところでミリアが不安そうな声を漏らした。
彼女の言う通り、周囲には人の気配はおろか獣の気配すらほとんどない。
ただごつごつとした岩肌と、風に揺れる背の低い木々が続くだけだ。
「さあ……でも、可能性があるなら行ってみる価値はあるよ」
僕は背負った袋に入っている、ずしりと重い鉱石の感触を確かめながら答えた。
この鉱石が僕たちの未来を切り拓く鍵になるかもしれないのだ。
僕の【土地鑑定】スキルは広範囲の土地の情報を読み取ることはできるが、特定の個人を探し出すような精密な索敵には向いていない。ミ
リアが商人から聞いたという曖昧な情報を頼りに、ひたすら歩き続けるしかない。
「それにしても、見事なものだな……」
しばらく歩いたところで僕は道端に仕掛けられていた罠を見て、思わず感嘆の声を漏らした。
それは巧妙に木の蔓と岩を組み合わせて作られた、猪や鹿を狩るための罠だった。獲物が必要以上に苦しまないよう一撃で仕留めるための工夫が随所に凝らされている。
こんな見事な罠を作る人間が、この近くにいるとは考えにくい。
「……リオさん。もしかして、あそこじゃありませんか?」
ミリアが指をさした。その先を見ると岩壁が不自然に抉られ、洞窟のようになっている場所があった。
そしてその入り口から、かすかに煙が立ち上っているのが見えた。
僕たちは慎重にその煙を目指して進んでいく。
近づくにつれて、カァン、カァン、というリズミカルな金属音が風に乗って聞こえてきた。
――鍛冶の音だ。間違いなく、ここに誰かいる。
洞窟の入り口にたどり着いた僕たちは息をのんだ。そこは工房だった。
洞窟の奥には地熱を利用しているのだろう、赤々と燃える炉があり、その前で一人のドワーフが黙々と槌を振るっていた。
歳は……分からない。ドワーフの年齢は外見からは判断しにくい。
だがその体は樽のようにがっしりとしていて、むき出しになった腕には鋼のような筋肉が盛り上がっている。豊かな赤茶色の髭は邪魔にならないよう、複雑な編み込みにされていた。
彼が槌を振り下ろすたびに火花が激しく飛び散り、叩かれている鉄がまるで生き物のように形を変えていく。
その無駄のない動き、研ぎ澄まされた集中力。一目見ただけで彼が途方もない腕を持つ職人であることが分かった。
「……あのう」
僕が意を決して声をかけるとドワーフの動きがぴたりと止まった。
彼はゆっくりとこちらに顔を向ける。その顔は長年浴び続けたであろう炉の熱で赤く焼け、無数の皺が刻まれていた。そしてその鋭い瞳が、僕たち……特に僕の姿を捉えた瞬間、険しい敵意の色を浮かべた。
「……人間の小僧がワシの仕事場に何の用だ。とっとと失せろ。ここはお前たちのような者が来る場所ではない」
吐き捨てるような低い声。
その声には人間に対する、骨の髄まで染み込んだような不信と嫌悪が滲んでいた。
「突然申し訳ありません。僕たちは聖獣の郷から来た者です。あなたにお願いがあって伺いました」
「聖獣の郷だと? 知らんな。それにワシは人間からの頼みなど、聞く耳は持たん。さっさと帰れ。でなければその細い足の一本や二本、へし折ってやることになるぞ」
彼は手に持った巨大な鉄槌を、示威行為のように持ち上げてみせた。ミリアがびくりと肩を震わせる。
噂通りの偏屈さと人間嫌い。これではまともな話し合いはできそうにない。
僕はため息をつきたい気持ちをぐっとこらえ、覚悟を決めた。
「……分かりました。ですが、これだけ見ていただけませんか?」
僕は背負っていた袋から、一番質の良いミスリルの原石を取り出し彼の前に差し出した――月光を閉じ込めたような淡い銀色の輝きを放つ鉱石だ。
それを見た瞬間、ドワーフの瞳がほんの一瞬だけ、カッと見開かれたのを僕は見逃さなかった。職人としての本能がその鉱石の価値を瞬時に見抜いたのだ。
だが彼はすぐに、ふいと顔をそむけた。その態度は先ほどよりも、さらに頑なになっているように見えた。
「……くだらん。そんな石ころに興味はない。いいからさっさと消えろと言っているんだ」
彼の声は震えていた。それは恐怖からではない。
おそらく目の前の極上の素材を前にして、それを打ちたいという職人としての本能と人間は信用しないという固い決意との間で、激しく葛藤しているからだろう。
これ以上言葉を重ねても無駄か。僕は静かにそう判断した。
「……分かりました。今日は、これで失礼します」
僕はミリアに目配せして、踵を返した。がっかりしたような顔をするミリアの肩を僕はポンと軽く叩く。
諦めたわけじゃない。むしろ逆だ。
彼があれほどの葛藤を見せたということは、そこに付け入る隙があるということだ。彼の人間不信を解きほぐす鍵はきっと別にある。
僕は工房を立ち去る前に、入り口の脇に持参した包みをそっと置いた。
中には村で採れたばかりの瑞々しい野菜と、ドワーフたちが好むという燻製肉、そして小さな樽に詰めた村自慢の果実酒が入っている。
「お口に合うか分かりませんが、よろしければ。僕たちはまた日を改めて、伺わせていただきます」
それだけ言い残して僕たちは今度こそ、その場を後にした。
僕たちの姿が見えなくなった後、工房から出てきたドワーフ……ギムガーが、忌々しげな顔で僕が置いていった包みを一瞥し、そして僕が差し出したミスリルの原石が転がっていた地面をじっと見つめていたことを、この時の僕はまだ知らない。
彼の心を溶かす戦いはまだ始まったばかりだった。




