24.ロイ
誤字脱字報告ありがとうございます。本当にお恥ずかしい……。
気を付けていきたいとは思いますが、今後ともお気づきのことがあった際にはどうぞよろしくお願いいたします。
「アグラアンナがなんで……こんなことを……」
クロエちゃんのそんなつぶやきは私たち全員の疑問でもあるのだが、彼女からしてみれば身内の攻撃に巻き込まれる可能性があるわけで、その気持ちも一入といったところなのであろう。
「なんにしても、まずは住民の退避を」
私はリリアさんへと向き直り、そう伝える。
混乱している場合ではない。
私たちがあれに直接対処できないにしても、まずはできることをやらないと。
「あっ……そ、そうですよね! はい、すぐに!」
「……待って」
そういって駆け出そうとしたリリアさんを呼び止めたのはクロエちゃんだった。
「……不安だろうけど、心を強く持って、落ち着くように伝えて。セレグリムの瘴気は精神から蝕むものだから。パニックや絶望さえしなければ、生存時間は大きく伸びるはず。もし気持ちを落ち着かせるような魔法や薬があればそれも効果的だと思う。……こんなことしか言えなくて……ごめん」
「いえ……! ありがとうございます!」
「私たちもぉ、誘導を手伝いましょー」
モチリコちゃんの声に、イングベルトさん、エドガーさん、カイさんがリリアさんを追って部屋を飛び出していく。
「ミスカちゃん、クロエちゃんのことぉ、よろしくお願いしますねぇー!」
言いながら去り際に器用にウィンクを決める親友を見送り、強く頷きを返す。
「クロエちゃん、力を貸して! あいつを何とか止める方法を一緒に――!」
「クロエ……おねェチゃん……?」
私がクロエちゃんにそう呼びかけたちょうどその時、それを遮るようにどこからか声が届いた。心を直接負の方向へと揺さぶるような、悲哀に満ちた声。
「え……」
謎の声に呼ばれたクロエちゃんは……おや?
呆けたような、驚いたような、それでいて一縷の希望と絶望的な現実を同時に突きつけられたような、なんとも複雑な表情をして周囲を探している。
「ロイ……! ロイなの……!? どこ……!?」
「ここだヨ……おネぇちゃン……助ケて……」
嫌な予感というのは本当によく当たるものだ。
まさかと思い私たちが上空を見上げると、セレグリムに埋もれている顔の一つが、苦痛に歪んだ表情で私たちを見ていた。
クロエちゃんがロイと呼んだ少年……本当にまだ小さい、10歳かそこらだろう……が涙を流しながら、そのうごめく肉の一部と成り果てた口を開く。
「アの男に……騙サレた……ゼッタイに許さナい……」
「嘘…………ロイ…………なんで…………」
弟の変わり果てた姿を目の当たりにしたクロエちゃんが、信じられないものを見たようにふらふらと窓辺へと近づいていく。
ってまずい!
「クロエちゃん、気を確かに! その状態じゃセレグリムにやられる!」
「でも……ロイが……私のたった一人の弟が…………!」
おい! 誰だこんな胸糞悪い敵を作ったり設定考えたりしたやつは……!
なにもこんな小さな姉弟にここまでの仕打ちをしなくたっていいだろう!
クロエちゃんたちがいくらNPCとはいっても、私にはどうしても彼女たちがただのデータだとは割り切れない。
目の前でこんな顔をされると、心に何かがぐさぐさと刺さっていくのを感じる。
つまりなんというか、早くこんな胸糞悪いイベントを終わらせてビールが飲みたい!
あーもう……! 大体の想像はついちゃうけどイベントクリアのためにも聞かないわけにもいかないよねぇ……!
「……ねぇロイくん! つらいだろうけど教えて! あの男って誰!? あなたに何があったの!?」
先ほどからなぜか声が直接届いているような感覚によって、遥か上空のセレグリムの一部であるロイくんと普通に会話できているのだが、それでも思わず叫んでしまったのは物理的な距離を感じてか、それとも感情の高ぶり故か。
「アいつ…………ライアン…………僕ガ実験に協力すれバ…………お姉ちゃンには…………手ヲ出さナイって…………」
慟哭するようにそう言葉を絞り出すロイくんの顔からは、涙の代わりに毒々しい魔力の煙がにじみ出ている。
……ふぅん、まあそんなところだとは思っていたけれど。
ライアン……ライアンね。
……絶対に許さないからな。お前の名前だけは忘れないぞ。
「そんな……嘘……だってライアン様はロイを一緒に探してくれるって……」
クロエちゃんは認めたくないように小さく首を振るが、その姿は目の前の悲しすぎる現実に抵抗するにはとても弱々しい。
「どうして……せっかく会えたのに……。ロイに会うために……今まで頑張ってきたのに……」
「お姉チャん…………助けテ…………苦シい…………」
「っ…………!」
ロイくんの口から呪詛のようなその言葉が漏れるたび、毒々しい魔力がドクンドクンと溢れ出る。
魔力は瘴気となり、イルメナの町へ向けて滓が沈殿していくかのように、ゆっくりとひろがっていく。
このままではじきにイルメナ全体が瘴気に覆われ、避難した人々まで巻き込まれてしまうのも時間の問題だろう。
「…………オ願イ…………ぼクヲ…………殺シて…………」
「いやぁっ!」
ロイ君のその言葉に、クロエちゃんの瞳から涙があふれる。
その姉弟の姿を見て、私は覚悟を決める。
「ひどいことを聞いてごめんね、クロエちゃん。……ああなったロイ君を元に戻す方法は、何かある?」
こんな状態のクロエちゃんに聞くのも申し訳ないが、多くの命がかかっているのだ。
そしてなによりロイくんとクロエちゃんをこの悲しみから解き放つ方法があるのなら、私はなんでもやるつもりでいる。
私の言葉が少しずつクロエちゃんに染み込んでいき――しかし、その祈るような問いかけの意味を理解したクロエちゃんは、弱弱しく首を横に振った。
……そうか。やっぱりないか。
それなら……私がやるしかない。
ライアンという男に裏切られた姉弟の悲しみを終わらせるため、私は一つの覚悟を決めた。





