23.セレグリム
気付けば月間VRランキングにも顔を出させていただいておりました。
これで日間、週間、月間とすべてに拙作を載せていただいている状態です。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
何事もなくイルメナへと戻り、ひとまず商隊の護衛任務を達成した報告ということで冒険者ギルドへとやってきた私たちは、ちょうど仕事中でギルドにいたリリアさんに呼ばれ、別室の部屋へと通されていた。
部屋は私たち5人とリリアさんに加えて、件の少女を含めても十分な余裕があった。大きめに枠取られた窓からはギルド前の広場の様子がよく見え、春の温かい日差しが、部屋に敷かれたカーペットの上へと降りかかっている。
「なるほど……この子が……」
コの字に配置されたゆったりとしたソファに全員が座ってから、私とモチリコちゃんで大方の流れを説明したところ、リリアさんは驚きとショックが半々といった表情で少女を見ながらそう呟いた。
「ただ、名前以外は何も話してくれないので詳しい事情はなんとも……。何者かが背後にいるとは思うんですけど……」
私はそう補足を加える。
そう、ここに至るまで、少女はクロエというその名前を教えてくれた以外は、一切会話をしてくれなかったのだ。
だがこんな小さな少女が、自分の意志で工作活動をしていたとは考えにくいように思える。
クロエちゃんにそれを吹き込んだ何者かがいるのではないだろうか。
「何も話してくれないのであれば仕方ありません。議会へ引き渡すしかないかと……」
議会がなんなのかわからないが、おそらくイルメナを取り仕切る中枢組織か何かだろうか。話のニュアンスから察するに、裁判などもそこで行われるのかもしれない。
「ええと、その議会は……どう判断すると思いますか?」
「断言はできませんが、普通に聞いても答えてくれないのであれば、まずは情報を引き出そうと拷問にかけるでしょうね」
「拷問……」
「もしそれでも事情が聴取できなければ……そのときは死罪になるかと……」
「死罪……」
疑わしきは死刑! 中世か! ……いや中世っぽい世界観なのはわかるけども!
リリアさんが仕方のないことのようにそう告げると、クロエちゃんの肩がぴくりと震えたのが視界に入る。
「えっと、リリアさん、それはさすがに……もうちょっとなんとかなりませんか?」
我ながらすごいふわっとした物言いだが、こんな小さな少女に拷問や死刑はやりすぎだろう。いくらファンタジーとはいえ殺伐としすぎではないか。
「まだ子供ですし、そこまでしなくても……」
「ミスカさんのお気持ちはわかります。ですが帝国や他国からのスパイ行為の可能性が疑われる以上はどうしても……。せめて事情がわかればもう少し酌量の余地はあると思うのですが……」
私とリリアさんの会話を黙って聞いている他の面々も、その言葉に小さく肯いている。おおよそは皆同じような考えなのだろう。
たしかに私もリリアさんの言っていることに正当性があることはわかるのだが……。
「ねぇクロエちゃん、どうしても何も話してもらえない? 私のわがままかも知れないけど、クロエちゃんがひどいことをされるのは嫌なの」
偽善、独善かもしれないが、嫌なものは嫌なのだ。
いくら彼女のしたことが罪だったとしても、こんな子供が拷問や死刑を受け入れなければいけないほど悪に染まりきっているは思えない。
悪いことは悪いことだとしっかり教え、これからは正しい生き方で償っていけるだけの時間が、彼女には十分にあるはずである。
考えをうまく言葉にして説明できないもどかしさを感じていたとき、今まで温かく明るかった部屋に、突然大きな影が落ちてきた。
「さっきまで晴れてたんですけどねぇ……。雨でも降るんでしょうかぁ?」
そう言ってソファから立ち上がったモチリコちゃんは、窓辺に立ち外を眺めると、その表情を変えた。
「なんですかぁ……あれー……?」
モチリコちゃんの震える声と指先の示す方向に全員の注目が集まる。
「あン? どうしたよ、化け物でも見たような顔して……ってなんだありゃ!? キモっ……!!」
「悪趣味な……」
イルメナの上空、距離があるため正確な大きさは定かではないが、巨大でいびつな球体の物体が浮いていた。
イングベルトさんやエドガーさんが評した通り、そのつくりは醜悪で、悪趣味としかいいようのないものであった。
逆光の中でなお紫色にうごめく表皮や、ぼこぼことした球体から不規則に生える繊毛のようなものも生理的な嫌悪感を感じさせるには十分だが、なによりもその体表をみっしりと埋め尽くす大小様々な顔が最低に気持ち悪い。
そしてそれらの顔のすべてが、明らかな苦しみや無念の表情でおおわれていることが殊更見る者の心をざわつかせる。
「セレグリム……」
それまで閉じられていたクロエちゃんの口から、聞きなれない名前がこぼれる。
「あれのこと知ってるの?」
一瞬戸惑うような表情を見せたものの、クロエちゃんは苦い顔で口を開き始めた。
「あれはセレグリム……アグラアンナで開発されていた……魔法生物だ」
「魔法生物……?」
「あれは様々な生き物を……生きたまま……無理やりに合成した最低最悪のキメラだ。怨念の力と、強制的に付与された魔力によって、あれのいる周囲一帯に呪いと瘴気をばらまく……悪意の塊さ」
「呪いとか瘴気っていうのがピンとこないんだけど……それをされるとどうなるの?」
あまりいいことにはならないだろうという確信だけはあるが。
「……徐々に衰弱していき、精神や体力に限界がきた者から発狂して……死んでいく」
その言葉を聞き、リリアさんが大きく息を飲む音が聞こえた。
当然だろう。私たちよりもNPCにとって、死という言葉は遥かにその意味が重い。
「その攻撃はぁ、もう始まってるんですかねぇ?」
冷静さを取り戻したモチリコちゃんがそう確認し、クロエちゃんが改めてセレグリムの様子を窺い、うなずく。
「見なよ」
そういって彼女が指さす先では、セレグリムの身体からピンクとも紫色ともつかない毒々しい色の煙がゆらめきながら、徐々にイルメナの町へと降りかかっている。
「あれが負の魔力を含んだ瘴気だ。耐性のないものが浴びれば……1時間と持たない」
「短すぎますねぇ……!」
「悩んでる時間がもったいねえ。俺は出るぞ! 一時間以内にぶっ倒せばいいんだろ!?」
そういって駆け出そうとするイングベルトさんの肩をカイさんが掴み、引き留めた。
「なんだよカイ!? ぼさっとしてないでお前も来い!」
「どう戦う、相手ははるか上空だ」
「っ!!」
そうなのだ。
セレグリムは、遠近感が軽く狂う程度には遠い上空に漂っている。
イングベルトさんやカイさんのような近接型は当然のこと、モチリコちゃんの弓でもさすがにあそこまでは届かないだろう。もちろん私の短剣は論外である。
「エド、お前の魔法はどうだ? あそこまで届くか?」
「……残念だが」
エドガーさんが上空を睨みながら無念そうに首を振る姿を見て、私とモチリコちゃんは顔を見合わせる。
「モチリコちゃんになんかすごい長距離狙撃スキルがあったりとか……」
「いやぁ、狙撃ったって限度がありますよぉ……」
「だよねぇ……」
早々に打つ手がなくなり頭を抱える私たちを見て、その顔に緊張が色濃くなっていくリリアさん。
いや、この状況は本当にシャレになっていないのでは……。





