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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日6

「さあて。あんまり焦らしてるとうるさくなってきそうだし、さっさと本題に移るとしようか。まだ、ここのメンバーも全員揃ってないようだが、それは仕方ない。あとでここにいる誰かから説明してやってくれ」


 佐々嶋はそう言うと、窓辺から離れて教室の正面へと向かった。そして教卓に手をつき、教室内にいるメンバーに向かってこう言い放った。


「俺は、きみたちと友好関係を結んでいきたいと思っている」


 亜美はその言葉を聞いて、耳を疑った。札付きの不良として恐れられているはずの彼の口から、そんな言葉が飛び出してくるとは意外中の意外だったからだ。


「この世界のことは、俺もそれなりに調べてみた。土居や山本も使ってかなり遠くの町まで見て回った。だけど、どこに行っても人っ子一人いなかった。当然のように、携帯も通じない。テレビやラジオもザーザー言うだけだ」


 なるほど、彼らもそれなりにこの状況に危機感は抱いていたらしい。佐々嶋は再び話を続けた。


「さっき清川さんが言ったことは、不本意ではあるが、正解だろう。どんな人間も一人では生きられない。今はまるでそんな実感はないが、確かに一人ではこの状況を乗り切ることは難しくなってくると思う」


「一人じゃないでしょう。土居くんと山本くんがいるんだから」


「あいつらは人数のうちに入らない。使えないんだからな」


 直先輩の言葉に、佐々嶋は平然とそう答えた。


「どういう運命なのかはわからないが、わけのわからないままこういう状況に陥り、今まで無限のようにあると思っていたものが有限であることに、いまさらながら思い知った。そして、人間という存在も、ここではそれこそ貴重だ。そこで思い至ったのはきみたちだ。どうやらこの世界には、今のところ、あの地震のときに学校の校庭に残っていた人物だけしか存在していないように思われる。そうなると、数少ない人間同士、協力関係を築いていくのがもっとも有効的手段だろう。さっきは青臭いことを言っていると言ったが、言っていることは正論だ。一人よりはやはり、人数が多いほうがいろいろとできることもあるはずだからな。だからこそ、俺はきみたちと協力していきたいと考えている」


 その言葉に、しばらく誰もなにも言葉を発しなかった。きっと誰もが、彼のこの言葉を信じ切れないでいるのだ。


「みな信用できないという顔だな」


「それは当たり前だろう。今までお前たちがやってきたことを考えてみれば当然のことだ。急に手のひらを返したように俺たちと仲良くなりたいと言われても、素直に信用できるはずがない」


 鷹野先輩の言葉に、佐々嶋は今度はくつくつと笑った。


「それもそうだ。俺とお前が仲良く、なんて想像しただけでもぞっとするもんな」


「わかってるなら、なんでそんなことを言うんだ。どだい無理なことをどうしてやろうとする?」


「無理? 本当にそうだろうか。それはお前の意見であって、他の全員も同じとは限らないんじゃないのか? 他のメンバーもよく考えてみて欲しい。この世界で大事なのは、生き抜くための知恵と力だ。それを可能にする能力を誰が一番持っているのか。俺をここで切り捨ててしまうことが得策かどうか。よくよく考えてみることだ」


 佐々嶋は完全アウェーな状況にも関わらず、傲岸不遜なまでに自信たっぷりな様子だった。その自信はどこからくるものなのかはわからないが、強気な彼の言葉は、ここにいるメンバーの心を揺さぶるには充分過ぎるほどの力があった。


「あなたと仲良くしておいたほうが得だって言いたいの……?」直先輩が眉間に皺を寄せたままそう言った。そしてこう続けた。「つまり、仲良くしなければ、こちらにとって不利益になるような自体になるって……そう言いたいんでしょう?」


 亜美はその言葉で、はっと気がついた。

 そうか。これは脅しだ。素直に彼の申し出を受け入れれば良し。さもなければただではおかないという、きっとこれはそういうことなのだ。

 だからこそ、直先輩や他の先輩たちはこれほどまでに緊張の糸を張っているのだ。


 先生や大人がいないこの世界では、もう彼がなにをしでかすかわからない。危険な行為も平気でやっているのかもしれない。そんな人と仲良くなるということは、己もその危険な行為に巻き込まれるということにもなるだろう。

 けれど、それに対抗できる力を持たない弱い人間は、それに従っていくしかない。強い人間の持ち駒となるしか方法はない。


「俺としては、できれば穏便にしたいと思っていたけれど、イエスと言ってもらえないとなると、そうとってもらっても構わない。俺はとにかく、きみたちとは仲良くやっていきたい。清川さん。あんたみたいに頭の良い人とは特にね」


 佐々嶋に名指しされた直先輩は、瞬間怯んだように見えた。しかし、すぐにこう言葉を返した。


「佐々嶋くん。あなたの目的がなんなのかはよくわからないけれど、仲良くしていくというのは、基本的にはわたしも賛成よ」


 その言葉に、みなが一斉に彼女に注目した。


「でも、それには条件があるわ。あなたはこう言ってはなんだけど、素行はすこぶる悪く、平気で人を傷つけて、それを気にも留めないような人よ。そして、それはわたしたちにとっては恐怖の対象でもあるの。そういう、人を畏怖させるような態度や言動を、わたしたちに対してはとらないで欲しい。それに、悪事を強要させたりするようなことも、絶対にしないで欲しい。それを破るようなことがあれば、すぐにわたしたちは対抗手段をとる。現時点において、人数的にわたしたちはあなたたちに勝っている。あなたが土居くんや山本くんと共謀して、わたしたちに危害を加えるようなことになったとしても、対抗していけると思うわ。だから、約束して。あなたやあなたに従う土居くんや山本くんが、わたしたちの自由を奪うことのないよう。さっきみたいに暴力で人を支配するような、そういうことのないようにするって」


 直先輩の言葉に、佐々嶋は目を瞠っていた。そして、口角をあげて不敵な表情を作った。


「清川さん。きみもなかなか好き放題言ってくれるね。だけど、いいよ。約束する。その条件を飲もうじゃないか。俺もこんな世界で恐怖政治を敷いていこうなんて思ってないし、もともとそういうのは好きじゃないんだ」


 彼のその台詞には若干疑問もあったが、嘘は感じられなかった。けれど、直先輩はすぐにそれにうなずくようなことはしなかった。


「とりあえず、わたしの意見はそういうことになるわ。ただし、まだ他のみなのことはわからない。まだここにいない人もいるし、わたしはここのメンバーの代表というわけではないから」


「へえ? どう見ても、きみがここにいるメンバーの代表だと思ってたけど違うんだ? まあ、いいよ。少なくとも清川さんは、さっきの条件で俺を仲間だと認めてくれるんだろう? それならそれで構わない。俺は優秀なブレーンとしての仲間が欲しかったわけだから。清川さんなら、その役目を充分に果たしてくれるだろう」


 なるほど。佐々嶋の一番の目的は直先輩だったのだ。確かに優秀な彼女のような人がいれば、なにかと心強い。ここ数日間で、亜美もそう感じていた。


「待って。わたしだけが独断で、あなたとの取引に応じるわけにはいかないわ。こういうことは、やっぱりみんなの総意で決めなくちゃいけない。わたし一人が勝手にそんなことをすれば、みんなの心は疑心暗鬼にかられてバラバラになるばかりだわ」直先輩はそう言うと、顔をある人物のほうへと向けた。「――水城さん。江藤くんと宮島くんが帰ってきたら、みんなの意見をあなたがまとめて。わたしもその意見に従うことにするから」


 突然話を振られたさえ先輩は、驚いたように目をぱちくりとさせていた。


「……え? わたしが?」


 それまでなりをひそめたように静かだったさえ先輩は、急に話の中心に自らが立たされたことに、戸惑っているようだった。


「そうよ。あなたならできるでしょう?」


 直先輩のその問いに対するさえ先輩の態度は、いつもの彼女らしくもなく、どこか挙動不審で落ち着きがなく見えた。視線はそわそわと宙をさまよい、口元は手で覆って隠している。いったいどうしたというのだろう。


「……わかった。江藤くんと宮島くんが帰ってきたら、みんなの意見を聞いてまとめるわ」


 さえ先輩はそう言うと、顔を下に俯けてしまった。直先輩もそんなさえ先輩の様子を訝しそうに見ていたが、特にそれ以上声をかけることはなかった。


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