36話 うん?
「ところで確認しておきたいのですが、アレスティーナ姫の婚姻はラメル様式で行われたのでしょうか」
「そうよ。私は今までアレスに何もして上げられなかったから、アレスが幸せにでいられるように全力で後押しするの」
当たり前でしょ?とお姉ちゃんが笑うと、ジルベイダ様の右手に握られていた剣がピキピキと氷ついていく。
「余計なことを。姫の婚姻は然るべき人の元へと決めていましたのに」
あ、お姉ちゃんなんかキレた。
美人が2人して睨み合ってるのって、コワイもんなんだね。
「アレスの環境を整えることもしなかったくせに、アレスの婚姻に口出しするとか考えられないわ。アレスの人生はアレスのものよ」
振り上げた剣と剣がぶつかり合うと、衝撃で足場がゆれる。
後ろに待機していた兵士達が、慌てて安全を確保できる場所から順番に埋められ人間を捕獲していく。
「これが規格外な魔力持ち同士の戦いか、すごいな」
ラージが私の腰を支えるようにして場を少し離れる。
「あんな話を聞いたらさ、お姉さんからの祝福がなかったら平静を保てたか自信がないよ」
ラージの握りしめた右の拳からは、薄っすらと魔力が漏れている。
一旦グッと力を込めた後、フッと力を抜いた。
「アレスは俺でよかったか?王族だなんて知らなかったから、俺、辺り構わずで迷惑だったよな」
そんな不安そうな顔しないでよ。
「じゃあ、私のことやめられるの?」
なんかモヤっとする。ラージにとって私、そんな程度だった?
「やめられないよ。アレスに迷惑だと思われていたら、さすがにへこむ。けど、もう諦められないから、だから」
な〜んだ。
「私もラージじゃないとイヤだよ。だから、お姉ちゃんには頑張ってもらいたいと思ってる」
何も知らない私に、呆れずに根気よく付き合ってくれたのはラージだ。
そして、人との繋がりを持たせてくれたのもラージなのに。
たまに家に来て物珍し気に見回して、私を1人の人として接してくれていたわけでもない彼ではなく。
「よかった」
その笑い方が、いつもみたいにだらけたニヤケ笑いじゃなくて、泣きそうに見えたからなんか抱きしめてあげたくなっちゃった。
「本当によかった、アレスがそう言ってくれて」
ラージが大きいから、抱きつくと腰に手を回してるだけになっちゃうんだけどね。
「アレスが嫌がってるんじゃなくて、あの人が邪魔してくるだけなら、最悪あの人を暗殺しちゃえばいいかなって。国中から追われるようにはなるだろうけど、なんとかなるだろ。けど」
うん?
「アレスが嫌がってたら、まず逃げる力のあるアレスを閉じ込めるところからしないといけないから、ちょっと大変だなって思ってた」
うん?
「ラージ殿」
何か腑に落ちない気持ちを抱えながらラージにくっついていると、後ろから声をかけられた。
「エスライト様」
「こちらで得た情報を照らし合わしたいのですが、よろしいでしょうか」
ラージがチラと私を見たので、私も頷いておく。
「構いませんが、ジルベイダ様はよろしいので?」
なぜなら、お姉ちゃんがジルベイダの手から現れる剣をあっさりと何本も折っていくからだ。
形勢は完全にお姉ちゃんにある。
力任せに振り上げられる剣先の軌道は予測がつかず、防御するのも一苦労だ。
ジルベイダ様の顔が引きつってるもんね。
あんなの身体に当たったら大変に決まっている。
あの欠損人間はああやって出来上がったに違いない。
お姉ちゃん、振り回してるだけだからな〜。
守るべき上司ではないのかと、ラージがエスライトに問うのも仕方ないと思う。
「あの方達は兄弟ではありませんが、兄弟のようなものです。つまりただの身内喧嘩なので、止める必要はありません。むしろ、中途半端に介入すると、我々の方があっさり死にますよ」
あ、うん。それはそうだね。
にっこり笑うエスライトに同意を示す。
「それに、ジルベイダ様は銀色と銀色を掛け合わして王族の力を強めたいだけで、それがどういうことなのか深く考えていらっしゃいませんからね。アンフル様が力を多く保有し過ぎたために飽和状態に陥り、人として生きることができなかった事を忘れておいでです」
「では、貴方は私が決められた婚姻を結ばなくてもいいと思ってるの?」
私は自分勝手に自由に生きてもいいの?
「未だ、国王がジルベイダ様に代を譲られないのはそういったことも理由だと思いますよ」
その言葉に嘘がないのか、じっと見つめる。
動かない目力の強さに、私の方が先に視線を逸らした。
「じゃあ、後はお姉ちゃんに任せて、私達は私達のやれる事を片付けよう」
実をいうと、別棟にいる彼女たちが無事なのか気になって仕方ないのだ。
オブジェの中にはいなかったと思うけど、暗かったしな。
地面に地図を広げる。
私が調べ抜いた、この土地の見取り図だ。屋敷の中までバッチリだ。
「できれば、マーダという青年を逃がしたくありません。お姉さんが言うには、ドウシタンタ国の神官だったようです」
「では、その人がどんな人物なのか、あちらに確認を取った方がいいでしょうね」
「ついでに、お姉さんがこちらに来ていることもお知らせください」
まあ、確かに急に呼んじゃったから、家族は心配してるよね。
「……それがありましたね」
「何か問題でも?」
「ものすごくあります。はあ、でも後回しにする方が怖いか」
エスライトがぐったりと項垂れた。




