27話 落下中につき
『私が私じゃなくなったら、私を殺して』
それを最後に電話からアレスの声が消えた。
呼びかけても、もう誰も答えない。
アレスの部屋から出かける時には、この上ない幸せを噛み締めていたはずなのに。
俺が村に帰っていたたった10時間で、一体何が起きたんだ。
ジェリーとトカゲンを屋根裏で回収し、脳内の地図を頼りに宿泊所の表玄関までたどり着く。
無事でいてくれ、アレス。
部屋の上だと思われる天井の板を外し、下の様子を見るとアレスともう1人少年らしき人物がソファに倒れこんでいた。
一気に心臓がうるさくなる。
落ち着け。
あのアレスがあの状態になるということは、用心しないと、俺もすぐああだぞ。
共倒れはダメだ。アレスがせっかく調べたものが不意になる。
部下が今頃、正式な依頼主に経過を報告に行ったはずだ。時間を稼げば、援軍が必ずくる。
それまで、アレスを安全な場所に隠さなければならない。
周りに人の気配も罠の気配もないことを確認すると、ストッと床に降り立った。
が、何かあるのか、アレスの近くへ行くことが出来ない。
くそ、ここまで来て!
ガシンッと床を叩くと、アレスが気がついた。
「ラージ」
珍しく涙目だ。あのアレスにこんな顔させるなんて、一体何があったんだ。
それに、
「何があるのかわからんが、俺がそっちに行くことはできないらしい」
アレスは思い当たることがあるのか、頷いた。
「私も、そっちに行けないんだ」
言うと、ズルズルと少年を引きずって近くまでやってきた。
ひきずっていた少年を手が滑ったのか、ドサッと床に置く。アレスにしては雑な扱いだ、と思っていたら壁を越えて少年がこっち側に飛び出した。
「あれ?そっちに行けるみたい?」
少年を引っ張ると彼だけがこちらに来ることができて、同じようにしても何かに阻まれたようにアレスは来られない。
もう一度手を伸ばすけど、俺も向こうには入れない。
「こいつはそっちに行ったり来たり自由なんだな」
アレス側に押し出すと、少年はまたあちら側に越えて行く。
「う~ん。この子で覆われたら私もそっちに出られるかなあ」
アレスが少年を抱き寄せ、自分の頭を彼の手で覆うようにすると一緒に出てこれた。
アレスの肩まで出ると、一気に引っ張りあげる。
ひとまずの安心感からアレスを抱きしめると、腕を大きく振り上げ抱擁から逃げようとする。
アレス成分が足りない。
「ラージ!ダメだよ。私、気持ち悪いでしょ?」
少なからずショックを受けていたのに、俺を避けるのは何か理由があるらしい。
「何がだ?」
「なんかセメトルンみたいなのがいっぱいついてるから」
言うと、また涙目になる。
セメトルンって、あの昆虫か?
アレスの涙目の正体らしいが、俺の目には見えない。
だが、見えない壁があるなら、見えないセメトルンもいるのかもしれないな。
「俺には何もついているように見えないよ」
「いっぱいいるんだよ。私の周りに」
手で払う仕草をするが、別段変わっては見えない。
「見えないから、関係ない。別にアレスを気持ち悪いなんて思わないよ」
それを証明するために、アレスを抱き寄せた。
「ひとまず違う場所に移動しようと思うんだが」
抱きしめたまま提案すると、アレスが頷いた。
けれど、その見えないセメトルンのせいか、アレスの動きが重く鈍い。
これでは1人で上がって行けないな。
そのままアレスを担ぎ上げると、縄を引っかけて天井へよじ登った。
アレスを天井上に置くと、今いた場所を確認する。
「あの子はどうする?」
この少年も回収した方がいいだろうな。
「できれば一緒に逃がしてあげたい、けど、ただでさえ私が足手まといなんだよね」
そんな風に涙目で申し訳なさそうにされると、なんとかしてやりたくなるだろ!
かつてアレスがこれほどまでに神妙なことがあっただろうか。
絶対に全員で脱出してみせよう。
アレスから尊敬される気がする。
くぅぅ、やる気湧いてきた〜!
「アレスはここで待ってて」
一旦降り、少年を肩に抱えると、同じように天井に上がる。
もう下に用はない。よけてあった板を元どおりにはめ込むと、下で話し合うよりは、落ち着いて話せるようになった。
地図を思い出し、行く先を決める。
ひとまず、どこかに身を隠して、外部と連絡を取らないといけない。
「アレス、脇道へ案内してくれ」
外壁と内装の間、そこなら人は来ないだろう。
もし出くわしても、1人ずつならこっちに勝機がある。
『う〜ん、う〜ん』
それにしてもさっきから、ジェリーは何を考えてるんだ?
と、部屋のドアが開いた音がした。
いちいち心臓に悪いぜ。
目配せだけで、2人とも気配を消す。きちんと空気を読めたジェリーも黙る。
「いない?どうやってここから逃げたのでしょう?まあいいですけどね。コレがついている限り、すぐに居場所は特定できます。この敷地から出ることなど不可能なのですから」
声の主がドアを閉めると、足音が遠ざかって行く。
「危機一髪だったな。だが居場所が特定できるって言ってたな」
急いで移動した方がよさそうだ。
完全に気配が消えると、移動を開始する。
アレスはゆっくりとなら、自分で動けるようだ。
時折悲鳴のような呻き声を上げるのが、かわいくて仕方ない。
思わず腕の中に閉じ込めたくなるのをぐっとこらえて、場所を移動することを優先する。
「ラージ、そこ左」
アレスの声と同時にトカゲンが壁の隙間に入った。
壁が動き出すと内側への道が現れた。
「コレは、すごいな」
よく見つけたもんだ。
壁の内側を確認すると、大きな段差の階段を降りる。
一番下まで降りると、2ミートル四方の平らな場所に出た。
「ひとまず、ここで休憩するか」
アレスの様子が気になるからな。
担いでいた少年を床におろす。
『う〜ん、う〜ん』
「ジェリー、どうした?」
『うんとね〜、ジェリーの友達によく似てる!』
アレスの肩に乗っていたジェリーが、少年を近くで見ようと床にぽとんと落ちた。
瞬間。
「うわああああ!!」
マジか!!
ジェリーと少年が青く光ったと思ったら、底が抜けた。
なんとかアレスを捕まえ、腕の中に抱え込む。
地面はどこだ〜〜〜!!




