17話 兄の焦燥
「なんだかだんだん哀れになってきたわねえ」
おコト姉が、あんなに毛嫌いしていたお兄に同情するくらい、今のお兄はやつれている。
私が潜入しようと試みた金御殿は、姿は見えるのに辿りつけない不思議な場所だった。
従業員として潜り込むにもこちらからの接触はできず、客として行くにはあまりにも高い額で手が出ない。
お兄も毎日潜入を試みてるらしいけど、あの様子を見ると今のところ成果は無いみたいだし。
っていうか、1泊50万カーネとかアホか。
宿泊するやつは絶対悪いことをしているに決まっている。私の正義感の血が滾るわ!ぬぬぬ。
「ちょっとお、そのお盆高かったのよお。壊さないでよね」
手の中でミシミシと音を立てたお盆を取り上げられた。
む、おコト姉が探してきた、かわいい配色のおしゃれお盆だから仕方ないわね。
「それにしても、兄貴の様子もやっと落ち着いてきましたね。眼光も元の鋭さになってきましたしね」
「冷静さを欠いてる兄貴も面白かったっすけどね」
お前ら楽しんでたんか〜い。
「本当よねえ、女関係が初めての初心者でもあるまいに、ねえ」
おコト姉は一体お兄の何を知ってるのよ。
「経験豊富な初恋とか、いろいろ知ってるだけに、想像をこじらせると大変なんっすね。俺、経験ないからよかったっすよ」
それはそれで……まあ、がんばれ。
アレスが出かけた後、すぐに店を飛び出したお兄だったけど、なぜかアレス達に追いつけず、次の日ボロボロの姿で帰ってきた。
お兄を撒くとか、普通じゃないんだから。絶対にあやしいわよね。私の正義感の血が滾る、ぬぬ。
「ちょっとお、そのグラス高かったのよお。壊さないでよね」
……うっヒビが入り始めてるから、もう遅いかもしれない。
「きゃああ!ちょっとお、弁償よ、弁償!いいわ、身体で払ってもらうから」
ちょっと!おコト姉が持ってきたの、むちゃきわどいデザインのありえない服じゃない!?
無理無理、それギリギリアウトのやつだからね!
かわいいものが大好きなおコト姉は、かわいいものへの執着がものすごいんだもの。
今後は気を付けるし私が悪かったのは認めるし、お金も払って謝るから、それは勘弁してちょうだい!
服を着たくない私が、おコト姉にスライディングドゲーザ十字固めを決めていると、店先がにぎやかになってきた。
「ギブギブ、ギブよ。それにあんたこれ、謝る態度じゃないからね、グヘ」
最後の一言に、まだ反省が足りなかったかと身体を曲げる力を足してみれば、おコト姉が許してくれた。
ラッキー。
嬉しついでに「いらっしゃいませ~」と勝利の笑顔を振りまいておく。
おほほほほ!
「もう、彼は立ち直ったかね」
「ひどい振られ方をしたんだろう?」
「かっこいい兄ちゃんなのに、かわそうにねえ」
この店に集まってくるのは、あの日の目撃者たちと、噂を聞いて集まってきた暇じ……お客さんたちだ。
アレスにもう会えないかもしれない、とフラフラのグズグズのお兄を慰めてくれたのはこの人たちだからね、うん。
「他にもたくさんいい女はおるぞ」
「いや、まだ早い。傷が癒えておらんし、もう一目会いたいという彼を見守ろうじゃないか」
もう最近は『お兄ちゃんを見守る会』の会員だ。
店の一角を陣取って、お兄の動向を生暖かく見守っている。
「これだけ手を尽くしても無理だったということは、他の手を考えないといけないな」
疲れた顔のお兄がどっしりと腰かける。冷静さを取り戻して、顔つきも色男に戻った、と思う。
「やっとわかったのお?」
ありゃ、おコト姉が冷たい水を差しだしてねぎらってるじゃん、珍し。
むっちゃ同情されてるじゃん、珍し。
「まさかあんたが、集客できる人材に育つとは思ってなかったわあ」
ってそっちのねぎらいかい!
「それにしてもお兄、闇雲に走ったり、力任せに道中を破壊したりするのはもうやめて、いつものやり方にした方がいいんじゃない?」
お兄がふむ、と顔を上げる。
「そうよねえ。連れていかれるのはみんな魔力持ちだもん。なにかあるわよねえ」
「魔力持ち?」
いつものお兄なら少し調べればわかることなのに、本当にアレスしか見えてなかったんだわ。
こりゃ、あかん。
考え込んだお兄が一度村に帰った後、お兄と連絡が取れなくなった。
潜入に成功したんだと思う。
けどお兄、当初の目標のカレンを探すってこと覚えているかなあ。
不安過ぎる。
これは私も行かないといけないんじゃない?ねえ。




