61 「嘘喰い草、爆発四散のお知らせ」 なお犯人は元・女神(現在暴走中)―アダペペ絶叫案件
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ティアナはなおも笑みを浮かべていた。だがその笑みは、どこか虚ろで、今にも崩れ落ちそうな――そんな脆さを孕んでいた。
「ではティアナ嬢。証言台へ」
ハンが彼女を促す。
「……ふふ。まさか、こんな舞台を用意されるとは想定していなかったわ」
「ティアナ嬢――!」
一向に動こうとしない彼女に痺れと切らしたハンは、騎士達に合図をする。
数人の騎士達が彼女の元へ向かった。
「私に触れるな! 人間風情が!」
「……っ!」
騎士達の動きが一瞬止まる。
「……どういうことですか? ティアナ嬢」
「そのままの意味よ。私は貴方達が気軽に触れていい存在ではないの」
ハンが怪訝な顔をして問いかけるが、会場で彼女の言葉の意味を正しく理解出来る者は限られていた。
「いいえ、違います。今の貴方はただの人でしかないわ」
「何ですって!? 」
「悠久の間――。これだけ言えば分かりますか?」
「ゆうきゅう……? まさか、シルバー公国の――! あいつら、姑息な真似を。全て消してやったと思ったのに」
普段の彼女からは、聞いたこともないような言葉が発せられる。
彼女は何か考えながら。手元のグラスをクルクルと軽く回す。けれどもうその顔にはあの穏やかさはなかった。
「おい! どういうことだ? お前は一体何をしたんだ!」
ハイゼンがティアナに向かって叫んだ。
「何って、ちょっとだけ囁いたのよ。……全ての記録を消すようにって」
「何だと! 戦争の発端となったのは、聖女の力が失われたからではないのか!?」
「それもあるわ。でも私が人として生きていく上で、あの記録は邪魔になるでしょう? シルバー家も全て潰せと言ったのに。ねぇ?」
ティアナはせせら笑う。
「貴方、最低ね……? それで元女神だったと言えるのかしら?」
エミリアーナの声は静かだったが、その目は揺るがない。会場の誰も言葉を発さず静まり返っていた。
誰もが彼らの言葉の続きに息を呑み注目している。
「崇高な存在が力を望むのは当然? なら問うわ、どうして一度それを手放したの?
愛されたかったなら、どうして奪うことしかできなかったの?
それにこの力が欲しければ、私はいくらでも差し出したわ。貴方のことが好きだったから……」
最後の言葉は小さく、聞こえるか聞こえないか程度だった。
「あら、そうなの? では今すぐ頂戴。アクセサリーに呪いをかけたのに、最近変なのよ」
ティアナは悪びれもせずにこやかに微笑むが、その目の奥には狂気が潜んでいるように見えた。
「何を言っているんだ! 貴様などに渡すか!!」
「あらあら、帝国の皇子はゴチャゴチャとうるさいわね。いくらお前達が姉の加護を受けていようが、口を慎みなさい。
……私が女神に復帰すれば、またこの国は加護を得られるわ。聖女だっていくらでも生産できる。
エンデルク、私と結婚すれば将来安泰よ? アハハハ」
「貴方が女神の力を取り戻そうが、丁重にお断りするよ。長い間この国に聖女は誕生しなかったが、それでも我々は自分達の力だけでやってきたんだ。君はすでに必要ない」
エンデルクは冷静に、ティアナの言葉を拒絶する。
「まあ、振られてしまったわね。愚かなお前達には、私の価値は到底理解できないでしょうね?」
「な……、何てことかしら。今の話は本当なの?」
王妃が震える声で問いかけるが、ティアナは振り返ることなく、その視線をエミリアーナにだけ向けていた。
「ええ、そうよ? 愚かなお義母様? 息子のために犯罪まで犯すなんて傑作ね!」
王妃の瞳が、涙で揺れる。
「ひとつだけ聞かせて欲しいの。私の力を奪ったのはなぜ? ……もうすぐ寿命がくるからなの?」
「……寿命!? エミリアーナ、どういうこと?」
「まさか、知らなかったのか?」
エミリアーナの言葉にティアナは動揺し、その顔には焦りが見られた。
「帝国の悠久の間で会った少年に、教えてもらったわ。貴方の寿命がもうすぐ来ると……」
「なっ、何ですって!? そんなこと私は聞いていないわ――! そもそもその少年って一体誰なのよ!」
「確か、彼は管理者だと言っていましたよねぇ、ハイゼン様。そして貴方の罪だとも」
「ああ、そうだったな。……本当に聞いていないのか?」
「……管理者? まさか創世神様が――。あああっ! 彼は私を騙したのね!」
荒れ狂うティアナの足元が、かすかに浮いた。
髪がふわりと風もない空気に揺れ、背後に黒いもやのようなものが集まりはじめる。
「私は、ただ彼に愛されたかっただけ。ただそれだけだったのに――。……人として側にいたかった」
「ティアナ様、落ち着いて!」
「落ち付けるわけないでしょう! ……いえ、違うわ。
たとえ寿命が来ようともあの男が私を選んでさえいれば、私が生きた意味はあったのに――。
そう、そこにいるアンタよ!」
ティアナはビシッとひとりの男を指差した。その場にいる者達の視線が、一気にその男性に注がれる。
「へ? ……わ、私のことですかな?」
「父様!?」
「グレゴリー? お前彼女に何をしたんだ!?」
「ローゼンベルク閣下。貴方のせいで私の大切な娘が酷い目にあわされたのですか……?」
固唾を呑んで見守っていたグレゴリーは、呆気にとられている。
「そうよ! ……あの人の生まれ変わり。ずっと待っていたのに、またアンタは私を選ばなかった!
だからもう一度、神へ戻ろうと思ったのよ!」
「い、いや……。私は貴方にお会いしたこともないのですが?」
「気付いてくれても良かったじゃない!!」
泣き叫ぶティアナの周りにはもやが広がっていく。
「女神に戻るなんて、そんなことできるはずがないわ! それに、母様の方が魅力的だったのよ!」
「な、何ですって……! もう一度言ってみなさいよ、エミリアーナ!」
「エミィ様!!」
静かに、しかし確信をもって言葉を返したのはエミリアーナだった。
リリーがティアナの暴走を警戒して、短剣を構えると庇うように彼女の前に進み出る。
「リリーさん、危ないですから。ね?」
「ママコルタさん?」
彼はリリーを手で制すると、スラリと剣を抜き先頭に立った。
「貴女が失ったものはもう戻らないわ! 私の力を奪ったところで神には戻れないのよ、自分でも分かっているんでしょう!?」
エミリアーナは、リリーとママコルタを押しのけて叫ぶ。
ティアナはムッとした顔をしたが、乾いた笑いを漏らした。
「……そうかもしれないわ。でも一縷の望みを掛けて、そう信じるしかなかったのよ!」
そう叫ぶと彼女の目から一筋の涙がこぼれるが、それは一瞬のことだった。
――空気が変わり気付くと、ティアナの瞳に差した涙はもう跡形も無くなっていた。
「……奪うだけじゃ、私には足りなかったみたいね。選ばれた存在だなんて、思い上がっていたのかもしれないわ。
でも貴方の信頼さえも失った今、もう何も残ってない……。
そもそもこんな世界おかしいでしょう? 私が全部壊してあげる――」
その声はどこか虚ろで、けれども底知れない熱を孕んでいた。
次の瞬間――。
もやに包まれた嘘喰い草が突如として唸り声のような音を立て、鈴告草の花弁が一斉に色を変えた。
蔓がビュンと音を立てて伸びると、証言台の周囲に警戒するようにうねり始める。
「なっ……!?」
リリーが即座にエミリアーナの前へ出る。先ほどまで対立していた彼らは、同じ敵に剣を向けた。
ハイゼンが剣を構えると、皇后が立ち上がり舌打ち混じりに叫ぶ。
「おいおい、まさかこの場でやる気かい!? まったく誰だよこんな爆弾娘、連れてきたのは!」
「アハハハ、だってもう女神には戻れないんでしょう? だったらせめてこの世界ごと、私の存在を焼きつけてあげるわ――!」
その瞬間、会場全体に走る眩い閃光。
証言台の大理石が割れ、嘘喰い草が悲鳴のような音を立てながら枯れ落ちていく。
蔓はひとりでに千切れ、光を吸い込むようにして地面へと沈み――そして、静かに息絶えた。
「ワ、ワシの大切な子供が! ぬうぅぅ……、女神だろうと許さん!」
アダペペは勢いよく駆けだし、杖を横に薙ぎ払った。杖はティアナの髪の毛をかすめ、壁に突き刺さる。
素手になった彼は身を屈めると強烈な一撃を繰り出すが、もやに阻まれ彼女には届かなかった。
「物理が利かぬのか!? このクソッタレが!」
アダペペは懐から小瓶を取り出し彼女に向かって放り投げると、距離をとった。
激しい炎が巻き上がり、ごうごうと渦を巻いて黒いもやを消し去っていく。
観客たちはあまりの展開に恐れおののき、思わず後ずさった。
「くっ、やるわね貴方。でも次は私の番よ? 私を断罪できる者がいるなら、やってみなさいよ!!」
ティアナの叫びとともに、天井のステンドグラスが、鈍い音を立てて軋む。
差し込む光は、まるで審判のように彼女を照らし出していた。
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