60 裁判中ですが、鎧の持ち込みも自由です
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「は、離せ! 嫌だ!」
恐怖で顔を引きつらせたリーバスは、騎士たちに両脇を抱えられ、証言台へと連れていかれた。
この場の支配権は、すでに国王ではなく――エンデルクの手にあった。
「……ちなみに、さっき審理を邪魔した方々の顔、しっかり記憶しましたからねぇ?」
「……っ!」
ママコルタの柔らかい声色に、会場の貴族たちの顔色が一斉に青ざめた。
「ママコルタさん! 揶揄っちゃ可哀想ですよ」
「おやおや、リリーさん。これでも私、本気なんですよ? それに、貴女まで危険にさらされたのですから……。ええ、怒ってますとも」
「……何の話ですか、それ」
ふふん、とママコルタは笑いながら、往生際の悪いリーバスに視線を向ける。
彼はすでに帝国の騎士たちに包囲され、逃げ場を失っていた。
「さて、続きといこうか」
エンデルクの静かな一言に、ハンたちも黙って頷く。
「兄上。貴方は“国のために”エミリアーナ嬢を誘拐しようとした、と言っていましたね?」
「……そうだ。嘘は吐いていない」
リーバスの声に反応して、証言台の後ろ――《嘘喰い草》がぴくりと葉を揺らす。
「ではなぜ、地下牢に監禁しようとしたのです? 正当な手続きを経ていれば、堂々と迎え入れればよかったはずだ」
「それは……その、一度婚約を解消しているからだ。それに、監禁などするつもりはなかった!」
グチャァ、といやな音が響く。リーバスは情けない声で短く悲鳴を上げた。
「あ、あの女が! あいつが提案したんだ! エミリアーナ嬢を連れてこいと――!」
会場にいる誰もが、一斉にティアナへ視線を向ける。
「……だからといって、誘拐が正当化されるわけではありませんよ? 証言も証拠も揃っています」
――バン!
大きな音を立てて扉が開く。真っ赤な鎧に身を包んだ女性が足で扉を蹴り開け、護衛騎士を従えて現れた。
彼女は周りの目も気にせず、ツカツカと歩いてくる。
「自分の罪を他人に擦りつけるなんて……情けないねぇ。それでも王族かい?」
「――誰だ貴様っ!」
リーバスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「アタシ? アタシは帝――」
「母上! 何やってるんですかっ!?」
エミリアーナが思わず目を丸くする。会場も一斉にどよめく。
「ん? グダグダやってるから、代わりにアタシが来たのさ」
「父上にお願いしていたのに……。弟たちはどうしたんです?」
「ああ、エドに任せてきた」
ハイゼンは溜息を吐いた。
「……あの、ハイゼン? 帝国のお城でご挨拶したときの印象と、ちょっと……」
「ハハハ、みんな無事で安心したよ。城にいる時は猫を被っていたからねぇ。……そうしないと色々とうるさいんだよ」
彼女はにっと笑った、ハイゼンとそっくりな笑顔で。椅子を引き寄せると、グラスを手にドカッと腰を下ろす。
「さ、続けてくれて構わないよ?」
思わぬ味方の登場にエンデルクはニヤリと笑う。
「兄上、知っていますか? 聖女であるエミリアーナ嬢を害することは、帝国では極刑に処されるんですよ」
「だから、俺は何も知らない!」
「面倒臭いねぇ、いっそ首をはねちまうか」
「ひいっ!」
皇后はグラスに入った液体を一気にあおると、スラリと剣を抜く。リーバスの首にピタリと貼り付けた。
「ここでアンタの首をはねて、このまま戦争にもっていってもいいんだよ? ……どうする?」
「や、止めてくれ……。死にたくない」
「ハッキリしな!」
ビリビリと皇后の声が会場を震わせる。
「待って、待ってちょうだい! どうか息子の命だけは――」
「待つも何も、どうせ死刑なんだ。その時期が早まっただけだよ?」
「認めます! 認めますから、どうかお願い――!」
王妃は立ち上がると、リーバスを庇うように彼を抱きしめた。
「母親にこんなことをさせて、もうちょっとしっかりしなよアンタ」
皇后は剣を鞘に収めると、呆れた顔をする。
会場から溜息が漏れた。
「さあ、片付いた。残りはひとりだけだね。エンデルク殿下頼んだよ」
会場には奇妙な沈黙が満ちていた。
ドカリと腰を下ろした皇后は、グラスを片手にくつろぎながら、周囲の反応を楽しんでいるかのようだった。
「……では、続けようか」
エンデルクが静かに口を開くと、ハンが頷きティアナの方を向く。
「ティアナ殿。これまでの証言と証拠の流れから、貴女にも質問があります」
「……何のことでしょう?」
ティアナは、やや首をかしげる仕草で微笑んだ。その完璧な微笑みは、どこか張り付いた仮面のようにも見える。
「リーバス殿下は『あなたがエミリアーナ嬢の身柄を欲した』と言いましたが、それは事実ですか?」
「……まあ、確かに。久しぶりにお会いしてみたいとは思っておりました」
「それだけですか?」
「……それ以上でも、それ以下でもありませんわ」
その瞬間だった。
証言台の後方に設置された《嘘喰い草》の葉が、ピクリと震えた。
「っ……」
ティアナの笑みが、ほんの一瞬だけひきつる。観衆の誰かが小さく息を呑んだ音が響いた。
「……その植物、いい加減に片付けていただけませんか?」
「おや、何か不都合でもおありかな? ……まあ、正直者には害はないのでのぅ? ほうほう、それにしてもよう鳴きますな。」
「……っ!」
アダペペがどこからともなく現れ、にっこりと笑う。グラスを持つティアナの手が、わずかに震えた。
「ティアナ嬢。あなたが何者であろうが、この場ではみな等しく裁かれる立場にあります。……それとも、何か隠していることでも?」
エンデルクの声が低く響く。次の瞬間、ティアナの口元が――ぐい、と吊り上がった。
「……何を言われても構いませんわ。ただ――忘れないでください」
彼女の瞳の奥に、一瞬だけ何かが煌めいた。それは光にも闇にも見える、不穏な色だった。
「私は選ばれた存在。あなた方とは、そもそも……生まれが違うのです」
その言葉に、嘘喰い草が突如としてバサリと葉を広げる。
会場の空気がぴんと張り詰め、嘘喰い草の動きは、まるで誰かの深層に触れたかのようだった。
ティアナの手から、グラスがこつんと音を立てて卓上に置かれるが、彼女はもうその中身には興味がなさそうだった。
「……まさか、草ごときに邪魔されるとは思いませんでしたわ」
その言葉に、また植物の口がパクッと動く。
エンデルクは慎重に1歩踏み出した。彼のいつもの冷静さに、わずかに警戒の色が混じっていた。
「ティアナ嬢、もう一度伺います。あなたは兄上や王妃と結託し、エミリアーナ嬢を監禁・拘束しようとしましたね?」
「……何度も言うようですが、私はただ彼女に会いたかっただけです」
チリン……。
証言台の鈴告草の花が、風もないのに揺れる。そして、再び植物の舌が、空中をはらりとはねた。
「その会いたいという気持ちの中に――、奪い尽くしたいという意思はなかったと、言い切れますか?」
ママコルタが、静かに真っ直ぐに問いかけた。彼の目はいつになく鋭い。
ティアナの笑みがほんの少しだけ崩れる、そのわずかな変化をエミリアーナは見逃さなかった。
「……奪い尽くす? あら、面白いことをおっしゃるのね? 私はただ――」
「私の力が欲しかったのですよね?」
エミリアーナの声がそれまでの静けさを切り裂くと、ティアナは目を見開き、観客席の一部はざわめいた。
「貴方が欲しかったのは、聖女の力だけ。私が、誰よりも信じていた貴方が――」
「どこにそんな証拠が? そこまで言われる筋合いはないわ」
「そう。だったら堂々と答えればいい。その証言台で」
ふたりの視線がぶつかる。まるで、長く続いた姉妹のような錯覚が今ここで終わるように。
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