58 裁判中ですが、植物の持ち込みはご自由に。
アッサリと罪を認めたバーバラは、まるで何かに魂を吸い取られたかのように肩を落とし、グスグスと鼻をすすっていた。
「夫人、グッドマン伯爵夫人を脅迫していた理由を話せますか?」
ハンが優しく声をかけると、バーバラはポツリポツリと語り始めた。飴と鞭、使い分けが絶妙だ。
「わ、わたくし、子爵家の長女として生まれましたが、教養も品位も乏しくて……。
貴族の集まりではいつも、影で笑われていたんです……。でも辺境伯夫人になれたことで、やっと周囲に見返せると思ったんですの。
でも……、やっぱり上には上がいるのです! もっと、もっと力が欲しかった……っ!」
調子が上がってきたのか、バーバラは涙声で訴えるように喋り続けた。
「それで……。ハウスマン夫人から、あの話を聞いて……。わたくし、閃いてしまいましたの。
彼女の過去をほんの少し利用すれば、立場を固められるのではって……!」
バレルカ嬢が冷静に書類を確認しながら尋ねる。
「……その結果、彼女をご実家の兄と結婚させようとしたとありますが?」
「そ、それは……っ。ご縁があれば、と思っただけです! 決して、強制など……」
「ですが、帝国からの供述調書には『夫人は彼女を手足のように扱っていた』とありますよ?」
「そんなつもりはなかったのです……! わたくし……そんな風に思われていたなんて……っ」
わぁぁん! と、バーバラはその場に泣き崩れる。
さすがに見かねたハンが、苦い顔でエンデルクに目を向けた。
「……これ以上は継続不可能のようですね。殿下、彼女には退廷を?」
「ああ、もう十分だろう。問い質すこともないしね」
合図を受けた騎士たちに両脇を抱えられ、バーバラは泣きじゃくりながら会場を後にした。
「さて――お次はグリーンムーン辺境伯。君だ」
「……はい」
バートはヨロヨロと立ち上がり、どこか遠くを見つめたまま証言台へと向かう。
その背中は、さっき泣き崩れたバーバラとどこか似ていて――エミリアーナは目を細めた。
「……大丈夫だ、エミィ」
横にいたハイゼンが、彼女の頬にそっと口づけを落とす。
「俺が隣にいるだろう? ん?」
「ありがとう、ハイゼン。……エンデルク殿下にも、機会があればお礼を伝えたいわ」
そう言ってエミリアーナは、ハイゼンの大きな手にそっと自分の手を重ねた。
「では、君の第2の審理を始めようか――」
と、そこへ。
「少しお待ちくだされ」
会場の後方から、『ゴロゴロゴロ……』とまたあの音が響く。植物を載せた、自動で動く台車だ。
アダペペが、どこからともなく再び現れる。彼は手に、3段に重ねたプリンを持っていた。
「ほうほう、王子殿下。良い裁きっぷりですな」
「……また何か持ってきたのかい?」
「ええ、新作ですぞ。今日の尋問は長くなりそうじゃからの」
彼は台車をゴン!と杖で叩く。嫌そうな顔をする騎士たちに手伝わせながら、それを証言台の後ろに据えた。
──口だ。どう見てもその植物には口がある。
「これはな、嘘喰い草。偶然できてしまった、ちょっと過敏な子でな」
とん、とん、と葉先をつつくと、パカッと開いた口のような器官から、小さな『舌』のようなものがニュッと伸びてくる。
「害虫掃除にはもってこいでのう。嘘にも敏感で、嘘つきが近づくとパクッといくかもしれん」
「……それは、冗談ではないんだね?」
「……冗談に聞こえましたかの。 それはそれで少し嬉しいのじゃが」
アダペペはエンデルクに向かって満面の笑みを浮かべると、くるりと背を向けた。
「さて。次のスイーツを探すとするかのぅ。……では、よい審理を」
軽やかな鼻歌を残して去っていった彼の姿を、誰もが見送った。
アダペペが去ったあと、会場の空気がふたたび張りつめる。
証言台の後ろにそびえる嘘喰い草は、まるで裁く者の代行者のように静かに口を閉じている。
エンデルクが再び歩を進め、バートを見下ろした。
「……エミリアーナ嬢との婚約については、彼女も了承していた。そこは問題にしない」
「は、はい……」
「だが、君は屋敷を留守にすることが多かったそうだね?」
「そ、それは……。つ、付き合いがありまして……」
「付き合いとは?」
「…………」
バートは俯く。背後の植物の葉が、ひとつピクリと震えたように見えた。
「……言えないか。無理にとは言わないよ。ただ――」
エンデルクが手元の書類を広げる。
「ここに、君の屋敷の使用人たちの証言がある。彼らは、君が執務を放棄し、エミリアーナ嬢に任せきりだったと語っている」
「そ、それは……っ!」
背後の『口』がカタリと動いた気がした。バートの喉がごくりと鳴る。
「さらに――、私設の賭場。借金の山。その情報もここにある」
エンデルクは紙をめくる。
「君の借金を肩代わりする代わりに、王家と契約を交わした。内容はエミリアーナ嬢の引き渡し。違うか?」
その場にいた誰もが息を飲んだ。
「……はい。間違いありません……」
ぽつりと漏れたバートの声は、まるで砕けた氷のように震えていた。
「どうして、そんな契約を?」
「リーバス殿下と、王妃様に……。ティアナ嬢の力が弱まって、このままでは次期国王の座が危ういと。
……彼女の代わりが必要だと、そう言われました」
「で、君はならず者に扮した騎士を王家から借り受け、自らも人を集めて……馬車を襲わせたのか」
「……はい」
深く、深く、うなだれるバート。
背後の嘘喰い草は、微かに葉を揺らすだけで静かだった。
「……嘘はないようだ」
エンデルクが目を細める。
「グリーンムーン辺境伯バートランド。君の証言は重大な意味を持っているため、正式に記録される。
……ああ、そうだ。グッドマン伯爵家のアダム君だが、廃嫡されたよ」
「えっ!」
「随分と早かったようだね。父親のグッドマン伯爵の判断は賢明だ」
会場がざわつく。エミリアーナはまっすぐにバートを見つめていた。
嘘を見抜く草も、言葉を飲み込んだ裁判官も今は何も語らない。
ただ静かに、真実だけが積み上がっていく――。
「そんなもの、捏造に決まっている! 王家を貶める陰謀だろう!」
リーバスが大声で叫ぶと会場内は大騒ぎになってしまった。
「兄上、今は彼の番ですからちょっと待っていてください。すぐに順番が来ますから」
「ぐっ……。エンデルク、お前――」
「辺境伯、他に何か言うことはないかい? 今更彼らを庇い立てしても、助けてはくれないよ?
それどころかバッサリ君を切り捨てるだろうね」
「エンデルク!!」
エンデルクは叫ぶリーバスを一瞥する。
「では兄上が今からこの場に立ちますか!!」
「ぐっ……」
彼の言葉にリーバスは唸る。
「しばらく静かにしていてください、大切な話をしているんです。ご存じでしょうが、王族だろうと裁判の邪魔はできませんよ?」
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