56 伝説じいちゃん、今日も狙い撃ち
いつもご覧くださって本当にありがとうございます。
蔓に巻かれたまま、証言台の端でうずくまるバート。
会場にいる貴族達は、同情よりも失笑している者の方が多かった。
その空気を裂くように、エンデルクの声が響き渡る。
「――では、次の証人となる人物を呼ぼうか。グッドマン伯爵夫人、前へ」
バートがぴくりと体を震わせた。
「えっ! ちょ、ちょっと待ってください! まだ、ぼく話したいことが――」
「君には後ほど、改めて証言の機会を設けるよ」
淡々と言い放つエンデルクの視線は冷たい。
騎士たちがバートを抱えるようにして証言台から下ろしていくが、蔓がまだ足に絡みついたまま、彼は情けない悲鳴をあげた。
「や、やめっ……! 動かすと締まるからっ!」
それを見て、ジャッジ・ミチャダメが小さくメモを書き始める。
会場に再び静けさが訪れたそのとき――。後方から、控えめながらも印象的な音が響いた。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……。
小さな台車が、証言台へ向けてまっすぐ進んでくる。
その背後には、顎髭を撫でながらケーキ皿を手にした白髪の老人――アダペペの姿があった。
「ほうほう、ちょいと失礼しますぞ。……そろそろ次のぶんを置いとくかの」
杖を軽く一振りすると、ひとりでに動いていた台車がぴたりと証言台の脇で停止する。
その上には、白く可憐で鈴のような花が咲いた鉢植えがひとつ。
花はふるふると音もなく揺れ、まるで今から始まる証言に耳を澄ませるかのようだった。
「これは、鈴告草じゃ。嘘を吐くと鳴る性質があっての。夜はうるさいが裁判向きじゃな」
ぽつりと呟いたアダペペは、またケーキをつまみながら静かに去っていく。
それを見送っていたママコルタは、小さく呟いた。
「もはや、伝説じいちゃんに死角なし。会場内どこでも植物をお届け!ですねぇ……」
その言葉に、近くにいた数名の貴族が、喉を鳴らす。
ふざけているようで、絶対に嘘は見逃さない植物。そして、毎回ぴたりと狙いを外さない《伝説の配置係》。
◇◆◇◇◆◇
コツコツとヒールの音がして、会場の空気が変わった――。
グッドマン伯爵夫人が、1歩ずつ壇上へと歩み出る。
背筋は伸びているが、その表情は張りつめていて、足取りには微かな揺れがあった。
エミリアーナは、そんな夫人の背を静かに見つめていると、ハイゼンが低い声で呟いた。
「……次に出てくるのは、彼女か」
「ええ。……全ては繋がっているもの」
ふたりの言葉は、ごく小さな音だった。しかしそれでも、場の緊張にぴたりと馴染む。
証言台の中央に立ったグッドマン伯爵夫人は、観客の注視にも怯むことなく、まっすぐ正面を向いた。
その顔には薄く化粧が施されていたが、額にはにじむような汗が見える。
足元の『鈴の花』がふるふると静かに揺れていた。
「……私には、告白すべきことがあります」
その第一声はかすれていたが、会場の空気を一気に変える。
「……私はある人物から強い圧力を受けておりました。
それは我が家の次期当主アダムと、バーバラ様の姪御であるエイシャ様との婚姻を、強制的に進めるというもので――」
ざわ……っと、会場のあちこちから小さな息が漏れた。
「あら、証拠はございますの?」
バーバラが、余裕の笑みを浮かべながら前に進み出る。
「お言葉を返すようですが、この縁談は伯爵夫人の貴方にとって、悪い話ではなかったはずですわ」
その瞬間、証言台の横に置かれた鉢植えの花が、ふるふると揺れる。
チリン……、と鈴の音が場内の温度を一度下げるように響く。
誰かが息を呑む音がするが、伯爵夫人はバーバラの言葉に動じず続ける。
「私は、貴方に逆らえなかったわ……。
実家のメイフラワー家に関する『ある出来事』を――、バーバラ夫人はなぜか詳細に知っておられました。
それを盾に、『従わなければ、全て暴露する』と脅されていました……」
彼女の言葉が終わると同時に、鉢植えの花がわずかに色を変えたように見えた。
淡い白から、うっすらと青紫が差していく。
「……出まかせを並べないでいただけるかしら?」
バーバラが涼しい顔で返すが、鈴の花はその声に反応するように『チリン……』とまた音を立てた。
「っ……!?」
会場に再びざわめきと緊張が走る。エンデルクは静かに手を挙げた。
「静粛に。植物は彼女の『偽り』に反応していると見える。……バーバラ夫人の言葉は記録に残してくれ」
ハンが無言で頷くと、ジャッジはちらりと鈴の花を確認しながら、また淡々とメモを取り始めた。
バーバラは、もう何も言えなくなっていた。
ただ唇を引き結び、視線を落として足元をじっと見つめている。
ハイゼンはエミリアーナの隣で、彼女の横顔を見つめた。
「どうやら、もうひとつの繋がりも明らかになりそうだな」
「……ええ。けれど、まだ『語られていない真実』があるわ。あの方達の……」
エミィの視線は、裁判の列席者の中へと向けられていた。
王妃。
ひときわ着飾ったその姿は堂々としていたが、微かに肩の動きが硬い。
その隣に立つ第1王子リーバスは、口元を歪めて不満げに腕を組んでいた。
断罪の流れに明らかに苛立っている――。しかし、声を上げるにはすでに時機を失っていた。
そして、その隣に座る女性。ティアナ。
美しい笑みを浮かべてはいるもののその口角はわずかに引きつり、 グラスを持つ手がかすかに震えている。
ふと、ティアナの目線がエミリアーナに向けられた。
一瞬だけ目が合う――。
その瞳の奥に浮かんでいたのは、得体の知れない色。怒りか、焦りか、あるいは――怯え。
エミリアーナは、そっと目を細めた。
「――あの人の番が来るのも、そう遠くはないわ」
◇◆◇◇◆◇
「ではここからは私が。……グッドマン夫人。その『ある出来事』について、詳しく話してください」
事の成り行きをじっと窺っていたハンがようやく口を開いた。
「……」
「話せませんか? ……黙秘するということでよろしいですか?」
彼女は唇を噛み締め沈黙する。
ハンはエンデルクの方をチラリと見ると、軽く頷いた。
「しかたありませんね。殿下、どうされますか?」
「ではもうひとりの証人をここへ」
彼の言葉を聞いた騎士達が、ひとりの女性を連れてくる。グッドマン夫人を一旦下がらせ、彼女を証言台に立たせた。
「名前と身分を言ってもらえるかな?」
「……はい。私はハウスマン子爵の妻、パカラニー・ハウスマンと申します」
彼女は名前を告げると、小さく震える手でスカートを摘み、カーテシーを披露した。
「うん、ありがとう。今日夫人に来てもらった理由は分かっているね?」
「はい、もちろんです」
「パカラニー! 貴方、何を話す気なの!?」
「静かにしなさい!」
ハンが大きな声でバーバラを咎める。
騎士たちが一歩進み出て、バーバラの目の前で剣を交差させる。――明確な警告の意を込めて。
「次、勝手に発言するようなことがあれば、拘束します」
「……っ!」
「お、お前……。まさか本当に……。バーバラ、一体何を仕出かしたんだ……!」
ハンの厳しい警告に彼女はうろたえる。
その様子を目の前で見ていた夫のレインハートは、驚愕の表情を顔に浮かべていた。
「さあ、これで邪魔者はいない。落ち着いてゆっくり話してくれるかい?」
にこやかに微笑むエンデルクの言葉に、夫人は覚悟を決めたように頷いた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや★評価をいただけると嬉しいです。今後の励みになります!




