55 バート、巻かれる。
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エンデルクが壇上から一歩前に出ると、静まり返った会場に声を響かせた。
「では――。まずはグリーンムーン辺境伯、バートランド・グリーンムーン殿にお尋ねしよう」
その名が告げられた瞬間、バートはまるで雷でも落ちたかのようにびくりと体を震わせる。
「えっ……!? え、え、私ですか!? まさか、いや、これは何かの間違いでは……?」
周囲にいた貴族たちが距離を取るようにサーッと引いた。
騎士ふたりに挟まれて、証言台――即席で仕立てられた『特設エリア』へと連れていかれるバートの姿は、まるで迷子の子羊だった。
隣でバーバラが小声で何か呼びかけていたが、バートにはまるで聞こえていない。
それを見たママコルタが、腕を組みながらぽつりと呟いた。
「壇上のあの証言台……。どう見ても昨日まで花瓶を置いてた台ですねぇ。
……まあ、あそこまで取り乱してくれれば、使い勝手はいいですが」
リリーが隣で苦笑しながら小さく相槌を打つ。
「……こちらとしては、ありがたいですね」
壇上の『特設証言台』に立たされる寸前、背後からレインハートの怒声が飛んだ。
「お前は何もしてないんだ! 堂々と行ってこい!!」
声の主は、グリーンムーン家の当主にして前辺境伯――レインハート・グリーンムーン。
その厳格な声に、会場の空気が一瞬だけ凍りつく。
「ひぃっ……。は、はいぃっ!」
バートは腰を引きつつも、騎士たちに挟まれて壇上へと押し出されていった。
顔面蒼白のまま、証言台によろよろと立つ。
エンデルクは静かに、だが鋭さを含んだ声で問いかけた。
「グリーンムーン辺境伯殿。まずはお聞きしたい。エミリアーナ嬢との婚約について、あなたの口から経緯を説明してくれ」
「え、ええ……。えっと……わ、私とエミリアーナ嬢は、その……。えーと……」
どもりながら必死に言葉を並べるバート。
会場の空気がじわじわと重くなっていくなか、彼の視線はキョロキョロと泳いでいた。
「ええと、確か……。婚約の話は、王家からの命で……。その……、私が望んだわけでは……!」
バートの口から飛び出したその言葉に、会場の空気がわずかに揺れる。
次の瞬間だった。
証言台の脇に置かれた鉢植えの植物から、一本の蔓がニュッと出てくると、ピクリと動いたのだ。
風もないのに、まるで何かに反応したかのように蔓先がくるりと跳ね上がる。
「……何だ、あれは?」
誰かの小さな声が漏れた。バート自身もその動きに気づいたのか、びくりと肩をすくめて鉢を見下ろしている。
「こ、これは……?」
蔓はスルスルと伸びると、バートの足元にそっと触れ、確認するように軽く揺れている。
植物は異様な動きをしていた。
「さすがアダペペだ。期待以上の物を用意していたな……」
ハイゼンが会場の片隅に目を向け、にやりと笑う。
その視線の先には、山盛りのケーキ皿を片手に顎髭を撫でながら、どこか楽しげにこちらを見ている老人の姿があった。
「ほうほう、気づいたようじゃな。殿下」
アダペペが愉快そうに笑った直後、ママコルタがすっと一歩前に出る。
場のざわめきを収めるように、柔らかな口調で補足した。
「さすが、うちの国の植物は優秀ですねぇ……。あれは『嘘』に反応するよう仕立ててあるんですよ」
「し、しかし本当に……っ! 私が何か、悪いことをしたわけでは……っ!」
バートは鉢植えをちらちら見ながら、必死に弁解を続ける。
だが、口を開くたびに蔓がゆっくりと伸び、彼の足元を這うように動き始めた。
「な、なんだよこれ……!? 誰だ、こんな悪趣味な……っ!」
観客の間から驚きの声があがる。一部の貴族たちは目を細め、蔓の動きをじっと観察していた。
「エンデルク殿下……、これは一体……?」
控えの貴族のひとりが不安そうに問うと、エンデルクは淡々と答える。
「偽の証言を暴くために導入した植物だよ。嘘をついた者に、反応する仕掛けが施されている。
……そう驚くことはないよ。帝国の研究成果の一部にすぎないからね?」
「ひ、ひいいっ……!」
バートの足首に、ついに蔓がぴとりと巻きついた。
彼は慌てて足を引こうとしたが、蔓は張り付いたまま離れず、ぬめるような手触りに彼は顔面をひきつらせる。
「バート殿、お気をつけください。 反応が強まると……もっと、きつく締まる仕様でして」
ママコルタが優雅に微笑みながら補足すると、会場のあちこちでどよめきと笑いが交錯した。
「な、なんだその仕様はぁ……!
わ、私は……! ええと、その……。あの件も、やむを得ない事情が……っ!」
バートの口から飛び出した曖昧な言い訳に、蔓がぐぐっと締まる。
足首だけでなく、ふくらはぎにまで蔓が絡みつき、ぬるりと滑る手触りにバートが悲鳴を上げた。
「ぎゃっ……!? い、痛いっ、ちょ、ちょっと締めすぎなんじゃ……っ!」
観客の一部が笑い、他の者たちは蔓の動きに目を凝らす。その中で、貴族達のささやき声が聞こえてきた。
「……あの植物、アダペペの手によるものか?」
「えっ、あの『錬金植物の祖』のアダペペ!? まだ生きていたのか……」
「昔は採取に入った森を、根こそぎ丸裸にするって有名だったよな?」
「あとから入った連中が、『この辺だけ季節が変わってるのかと思った』って言ってたらしい」
「でも帝国中の研究者が弟子入りしたがっていたって話、あながち誇張じゃないらしいぞ」
ささやきは静かに、しかし確実に広がっていく。
誰もが彼のことを知っていた。帝国でも伝説のように語られる、元・凄腕の錬金術師。
その老人が、今ここで『嘘を暴く植物』を作り、持ち込んでいたのだ。
ママコルタが、どこか楽しげだ。
「アダペペさんの植物は、品種改良も錬成も少々規格外でしてねぇ。かつて《生きた魔導書》なんて呼ばれたことも。
……気づかず喋ると葉の裏でメモ取られてることもあるんですよ? まあ、この程度で済んでいるのは、むしろありがたいくらいなんですが」
「お、お願いですっ……! ちょ、ちょっと待ってくださいっ。これは、誤解で……っ!」
彼の足には、すでに何重にも蔓が絡みついている。ふくらはぎから太ももへ、まるで蛇が獲物を味わうようにぬるりと這い上がっていった。
「お、おい……。外せっ……。これ、冗談だろう!? ちょっと、誰か……っ!」
観客席がざわざわと揺れはじめる。笑い声、どよめき、鋭い視線。
なかには眉をひそめる者もいれば、興味津々で前のめりになる者もいた。
ママコルタがどこか愉快そうに、口元に手を添えて呟く。
「これは、次の尋問も楽しみになってきましたねぇ」
バートはついに、証言台の上でしゃがみ込むようにへたり込んだ。
もはや何を言っても、蔓は彼の動きに合わせて微妙に締まり、離れる様子はない。
エンデルクはゆっくりと壇上から見下ろし、落ち着いた声で告げた。
「彼は何も話せなくなったようだね? まあいいだろう。
……ここまでは、バートランド・グリーンムーン辺境伯に対する審問の第一段階だ」
エンデルクの言葉に、裁判官の席に座っている3名が静かに頷く。
ハン・ケツギは表情ひとつ変えず、バレルカ・ナイカは鋭い視線で蔓の動きを見つめ、
ジャッジ・ミチャダメは小脇の資料に目を落として何やら書き込んでいた。
会場に緊張が戻り、次の審理が始まる――。そんな気配に、観客たちはごくりと喉を鳴らした。
エミリアーナは、壇上でへたり込むバートの姿を静かに見つめていた。
悲しむでも責めるでもなく、ただその目は真実を見届けようとしている。
「……冷静なんだな、エミィ」
すぐ隣で立っていたハイゼンが、低く囁いた。
彼の声は落ち着いていたが、その手はしっかりとエミィの背中を支えてくれている。
隣に立つという意思を示すように。
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