表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきの護衛に助けられたら皇子でした〜婚約解消から人生逆転〜  作者: 秋月 爽良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/63

53 帝国を背に、王国へと続く道

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

 そして、出発を控えた夜――。

 月明かりが差し込む中、エミリアーナは長い廊下を歩いていた。

 

 明日には王国へ戻る。その胸のうちには、まだ整理しきれない思いが渦巻いていた。


「エミィ。……そこにいたか」


 声をかけてきたのは、月光を背に立つハイゼンだった。彼の瞳はいつもより真剣で、けれどどこか寂しげでもある。

 明日からの長旅の準備のため、エミリアーナ達は城に宿泊していた。


「ハイゼン、眠れなかったのよ……」

「俺もだ。……少し話さないか?」


 差し出された彼の手を取ると、ふたりは静かに中庭へと足を運んだ。

 ハイゼンはぽつりと口を開く。


「明日君が危険な場所に戻るのは、俺にとっても試練だ。 護衛として君を守り抜く。だが――」


 そこで言葉を切り、彼はエミリアーナの方へと身体を向けた。


「もし俺が護衛以上の存在でいられたなら、君をもっと強く守れると思うんだ」

「……ハイゼン」

「エミィ。俺は君を愛してる。これは護衛としてでも皇子としてでもなく、ひとりの男としての気持ちだ」


 エミリアーナは目を見開く。その心臓が、どくんと跳ねた。


「……耳が、出そうになってるわよ?」

「今は抑えるのが精一杯なんだ……!」


 頬を赤くしながら、彼の頭から獣の耳がぴょこりと顔を覗かせる。それを見て、エミリアーナはふっと笑った。


「ハイゼン。私も貴方のことをもっと知りたい。……きっと、それは恋に近い感情なのだと思うの」

「……じゃあ、希望はあるってことだな?」

「ええ。少なくとも耳が出るくらいには、好きよ」

「はぁぁっ……! 俺、獣の耳があって良かった……!」


 彼はエミリアーナの腕を掴むと、グイと引き寄せて抱きしめた。


「君さえ望めば、すぐにでも正式な婚約にする……」


 彼女はもう抵抗しなかった。ただ静かに時が流れ、月と皇帝夫婦がそっとふたりを見守っていた。


 ◇◆◇◇◆◇


 空が白みはじめ、帝都の高台にも静かな朝が訪れる。エミリアーナはバルコニーから街の景色を眺めていた。

 出発の朝だというのに、不思議と心は落ち着いている。


 しばらくすると、コンコンと控えめなノックがあった。


「お嬢様、そろそろ支度を始めませんか?」


 リリーの声だった。


「ええ、ありがとう。すぐ行くわ」


 振り返った彼女は、穏やかな笑みを浮かべる。昨夜のハイゼンの言葉が、まだ胸の奥で温かく灯っていた。

 

 ◇◆◇◇◆◇


 その頃、ハイゼンは執務室で書類に目を通していた。


「準備は万全……。あとは、アイツらを守るだけか」


 机の上にはカレンヌ王国の地図と、同行する者の名が書かれた一覧表。


 ふと視線を上げると、昨夜交わしたエミリアーナの「私も貴方を知りたいの」という言葉が脳裏に蘇る。


「……知ってくれ。俺の想いも全部」


 軽く目を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ出発の時間だな」


 ◇◆◇◇◆◇


 白く靄のかかる廊下を、ハイゼンとエミリアーナが並んで歩いていた。

 出発を目前に控えたふたりの足取りは、どこか名残惜しげだった。


「……エミィ。心残りはないか?」


 立ち止まったハイゼンが、そっと彼女の目を見つめる。


「ええ。王国で終わらせないと、何も前に進まないもの」


 凛とした瞳で返す彼女の声に、迷いはなかった。

 そこへ、後ろから誰かの足音が響いてくる。皇帝エドガルドが姿を現した。


「お前たちか。ちょうどよかった。……顔を見ておきたかったんだ」


 それだけで空気が引き締まった。エミリアーナはすぐに一礼し、ハイゼンも姿勢を正す。


「皇帝陛下、あの……ありがとうございました」

「礼など要らぬ。お前が我が息子に、笑い方を教えてくれただけで十分だ」


 エドガルドの目が細められる。いつもの鋭さとは違う、静かな温もりがそこにあった。


「ハイゼン。お前の判断は帝国の方針と合致している。仮だとしても、今回の婚約は歓迎しているつもりだ」

「……はい。父上」

「だが結果を急ぐな。お前もまだ若い。彼女の心を本当に手に入れたいなら……、焦るでないぞ?」

「はい……。肝に銘じます」


 まっすぐに頷いた息子の肩を、皇帝はぽんと軽く叩く。


「エミリアーナ嬢。カレンヌ王国で何があろうと、我が帝国はお前の帰る場所だ。それを忘れるな」

「……はい」


 その言葉が彼女の胸の奥に深く染み入った。

 思わず涙が込み上げそうになりエミリアーナは頭を下げたまま、ひとつだけ深く息を吐く。


「よし、行け」


 皇帝が背を向け、ふたりの背中を見送るように静かに玉座の間へと戻っていった。

 

 ◇◆◇◇◆◇


 朝早くから、城は慌ただしい雰囲気に包まれていた。


「殿下、こちらの書類には陛下の印も押してあります。通行証の写しも3部用意済みです」

「よし。リリー、配布用の名簿は確認したか?」

「はい。予定通り本日午前に第1組が出発、私たち本隊は昼に出ます。護衛の再編も終わっています」

「うむ。頼りになるな」


 ハイゼンはリリーに目を細めて頷く。

 朝からリリーとママコルタの息はぴったりで、資料の山もあっという間に片付いていった。

 

「……髪、短くなりましたね」


 ママコルタがリリーの髪にそっと触れた。


「えっ?」

「切られたんでしょう? 侯爵邸に戻ったとき……」

「はい。誰かのために立ち向かいたいと思える気持ちが、私の中にもあるんです。これはその決意表明ですから」


 リリーの声に、ママコルタの目がほんの一瞬だけ揺れた。


「……そうですね。よく似合ってますよ、その髪」

「ありがとうございます。ママコルタさん」


 彼らの距離がほんの少し縮まったように思えた。

 城の門の前には、華やかに装飾された馬車が並ぶ。荷物も全て積み終え、出発の合図を待っていた。


「よし、準備は整いましたかね?」


 ママコルタが確認の声を上げると、リリーが駆け足で戻ってくる。


「報告完了です! 道中の安全確認、問題なしです!」


 エミリアーナは、そんなやりとりを見守っていた。ふと視線を感じて振り返ると、ハイゼンがこちらを見ている。


「……心の準備はいいか?」


 その問いに、エミリアーナはしっかりと頷いた。


「ええ、貴方が一緒なら。大丈夫」


 帝国からカレンヌ王国へ――。聖女とその仲間たちの帰還が、いま始まろうとしていた。


 ◇◆◇◇◆◇


「帝国に向かうときは、途中から徒歩だったわね? ハイゼン」

「ああ、そうだったな」


 途中何度も休憩をとりながら、数日かけて王国への道を進んだ。エミリアーナは隣に座っているハイゼンを見上げる。


「今だに実感がわかないわ。ほんの少し前は侯爵邸の庭で読書していたのに」

「確かにそうだな……」


 日が傾く頃、ようやく一行はカレンヌ王国の近くに差し掛かった。


「もう少しだな」


 ハイゼンが馬車の外を見ながら呟いた。


「帰るって、なんだか少しだけ胸が高鳴るわね」


 エミリアーナも窓の外に目をやり、遠くに見えてきた王国の風景を眺めた。


「ああ、あそこには待っている人たちがいる。新しい未来を作るために、帰らないとな」


 ハイゼンの言葉にエミリアーナは黙って頷き、心の中で何度も女神に誓いを立てた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

もしよろしければ、ブックマークや★評価をいただけると嬉しいです。今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ