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嘘つきの護衛に助けられたら皇子でした〜婚約解消から人生逆転〜  作者: 秋月 爽良


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52 学園長は顎髭ミグラニャン、推しの著者でした

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

 ママコルタが丁寧に説明するあたり、やはり彼は万能である。

 馬車は質素ながらも頑丈そうな門をくぐり抜け、エントランスに滑り込んだ。

 奥には何棟にも分かれた建物が広がり、さながら小さな街のようなスケールである。


「相変わらず広いですねぇ」

 

 ママコルタが懐かしげに目を細める。


「貴方は来たことがあるの?」

「ママコルタはここに通っていたことがあるからな」

「まあ、短い期間ですが」


 護衛を引き連れ中へと進むと、数名の職員らしき人物たちが整然と立ち並んでいた。


「殿下、ようこそいらっしゃいました」

 

 一番年配に見える人物が、恭しく頭を下げる。


「アダペペ、久しいな」


 アダペペと呼ばれた彼は、ホホホと笑いながら白く長い顎髭を撫でた。


「私が城で殿下を追いかけ回していた頃から、もう10年近く経ちますかな?」

「!?」


 エミリアーナは横にいるハイゼンを凝視する。


「彼女達が誤解するから、余計なことはいうな」

「私もお願いします」

 

 ママコルタもにっこりと微笑む。アダペペはホホホと笑ってエミリアーナ達の方を見た。


「こちらがお話しにあった方々ですかな? ここの学園長をしております。アダペペ・ミグラニャンと申します」

「!!」


アダリナが息を呑む。


「ん? どうかいたしましたかな?」

「あ、ああああの……こ、この本を執筆されたア、アダペペ様でいらっしゃいますか?」


彼女はブルブルと震える両手で、一冊の本を差し出した。


「ほうほう、これは懐かしい。ちょっと拝見しますよ」


アダペペは本を受け取るとペラペラと捲る。


「ほうほう、随分と勉強熱心ですな。細かく注釈が付け加えられている」

「何ですと!? 私にも見せてください!」

「こ、これは……。貴方がお調べになったのですか?」

「は、はい」


 紺色の髪の男性が、アダリナに迫る。


「ちょ、ちょっとっ駄目ですよ! クマサン! 近いですって!」


 もう一人の眼鏡を掛けた男性が、必死に止めに入る。


「むふうううぅぅっ、離せカロルラブっ! 私は貴方とこの本の内容についてっ、お話しがしたいっ」


 ゴンッ


「止めんかっ!」


 アダペペは持っていた杖で、クマサンと呼ばれた男性の頭を小突いた。


「申し訳ない。この男は植物のこととなると、周りが見えなくなるのです。ほら、自己紹介せんか」

「……申し訳ございません、クマイーサン・ミグラニャンと申します」

「わ、私はカロルラブと申します……」

「カロルラブ? カロルラブとおっしゃるの?」

「エミィどうした?」


 ふたりの謝罪に、エミリアーナがぴくっと反応する。


「は、はい」

「もしかして、グリーンムーン辺境伯の叔父様ではありませんか?」

「どうしてそれを……!?」

 

 彼の瞳が見開かれる。


「私達はカレンヌ王国から来ました。そしてこのふたりはハウスマン家の息女なのです」

「……!?」


 カロルラブは驚き声も出ない。


「これは何という巡り合わせ。……ほうほう、そうでしたか」


 アダペペは柔らかく微笑みながら、長い髭を撫でている。


「小さい頃に一度会っただけだが、君たちがそうなのか……。ここまでよく来たね、みんなは元気かい?」

「……」


 皆、黙り込んでしまった。


「これは何かまずいことを聞いてしまいましたか?」

「それについては、私からご説明致しますよ」


 困り顔のカロルラブ。ここはママコルタに任せよう、とその場にいる全員が思った。


 「――という訳でして」


 ママコルタは慎重に言葉を選びながら、かいつまんで彼に説明をした。

 カロルラブは大きな溜息を吐いて肩を落とす。


「そうでしたか……。まさか甥と義姉がそんなことをしているとは。エミリアーナ様、申し訳ございません。

彼らに代わってお詫びいたします」

「そんな、貴方が謝罪されることではありませんわ」

「しかし……。ふぅ……、分かりました。その代わりと言っては何ですが、きっちり罪は償わせます。

エイシャとアダリナもいいね?」

「はい……」


 カロルラブは軽く頷くと、ふたりの頭を撫でた。


「ほうほう、お話しは済みましたかな? そろそろ学校の中をご案内致しましょう」


 アダペペがそう言って先を歩き、クマサンとカロルラブも続く。

 ──そして、一行が校内を見学している途中。


「アダペペ」

「なんでございますかな? 殿下」

 

 ハイゼンは足を止めて、いつになく真面目な声で言った。


「今回はエミィ……ではなく、聖女を守るため、お前の植物の知識が要る」

「……ほうほう」


 アダペペの眼光が一瞬鋭くなり、杖の先がコツリと木の床を打つ。


「なるほど、冗談を言いに来たわけではないということですな?」

「当たり前だ」


 ふたりの間に沈黙が落ちるが、すぐにアダペペはにやりと笑って顎髭を撫でた。


「では、そのための植物を準備しておきますかな。……あの子たちが気付かぬうちに」

 

 ママコルタが、ふんわりと微笑んで頷く。


「はい。今はまだ、蔓が伸びる理由は内緒でお願いしますよ?」


 そんな大人たちの意味深な会話の横で、アダリナは新たな鉢植えに夢中になり、クマイーサンが後ろでふんふん唸っている。

 カロルラブは、静かに遠い空を見上げていた。

 エミリアーナはハイゼンのそばに寄り、彼の腕にそっと触れた。


「……ありがとう、ハイゼン。私のために」

「……っ、耳が出そうになるからやめてくれ」

 

 赤くなったハイゼンの頭に、もふっと獣の耳がちらりと顔を出し、ママコルタがその様子を見てにやりとする。


「この鉢植え、帝国原産のナダレフジですよね?」

「おおっ、その通りです! よくぞご存じで!」


 アダリナの指が触れた瞬間、クマイーサンは後ろからずずいと滑り込んできた。相変わらず距離が近い。


「葉の裏側に細かな毛があって、霧を集めて根に届ける仕組みが……」

「そう、そうなんです! この子は乾燥地帯の生き残り戦略の結晶……!」


 ふたりの間で盛り上がる熱量が急上昇し、エイシャがそっとエミリアーナの耳元で囁いた。


「エミィ姉さん。なんだかあのふたり……、妙に盛り上がってない?」

「ええ。……しかも会話が通じてる。これはもしかして……」

「……学者同士の求愛儀式かしら?」

「違うと思うけど否定しきれないのが怖いわ……」


 ふふふと笑い合うエミリアーナたちをよそに、クマイーサンは急に真剣な顔になった。


「アダリナさん……。貴女は植物の言葉をちゃんと聞ける人です」

「えっ……?」

「いや、その……。植物って観察すればするほど、声を上げているような気がしませんか?

調べて記録して、理解しようとする人だけが……」

「……気付けるのですね。私もそう思います」


 目が合うと、ふたりの距離がほんのわずかに縮まる。


「アダリナさんに『語るモフモフサボテン』をお見せしましょう! 撫でれば喋りますよ!」

「クマサン……、それ、前に1回噛みつかれた記憶がありますよ?」

「それは試作1号です! 今は改良済み!」


 やいのやいのとクマイーサンとカロルラブは、アダリナを挟んで騒いでいる。


「おい、エミィ。あれほっといていいのか?」

「いいのよ、そっとしておきましょう……。未来の芽は大事に育てないと」

「芽……?」


 困惑するハイゼンの横で、ママコルタは大きく頷いた。


「愛という名の双葉ですねぇ。……なんと初々しい」

「こっちは耳が出そうになるのを抑えるのに必死だがな」

「だから薬を飲んでくださいって言ったじゃないですか、殿下」


 アダペペはそんな騒がしいやり取りを尻目に、ひとり植物に話しかけていた。


「ふむ、お前たちの出番も近いぞ。……良い仕事を頼む」


 光の当たる窓辺、さわさわと揺れる蔓が、静かに揺れたように見えた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

もしよろしければ、ブックマークや★評価をいただけると嬉しいです。今後の励みになります!

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