50 仮じゃないよ、愛してるから! by 皇子
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「……本当か? ありがたいが、無理はするなよ?」
「ええ、嫌になったらハッキリ言うんだから」
「ははは。お手柔らかに頼むよ」
エミリアーナの小悪魔のような笑みに、ハイゼンはようやく肩の力を抜いたように安堵の息を漏らした。
話し合いが終わり、エミリアーナは公爵邸へと帰っていった。
その背を見送りながら、ハイゼンは心の中でそっと拳を握りしめる。ふたりの仲がようやく進展しそうな、そんな予感が胸の奥で小さく灯りはじめていた。
思わず駆け出しそうになりながら、父が待つ両親の部屋へ続く廊下を、足早に歩いて行く。
「失礼します」
「何か用か? ハイゼン」
振り返る父エドガルドの前で、ハイゼンはすぐさま話の本題に入った。
「実は……」
3人で話し合った計画を、余すところなく説明する。
「ということで、協力していただけないでしょうか?」
「ふむ……あちらとの兼ね合いもあるが。……まあ、何とかなるだろう」
顎に手を当てて考え込んでいた父は、ニヤリと不敵な笑いを漏らす。
「それよりもお前、彼女と上手くいきそうだな?」
「……また知ってるんですか?」
思わず眉をひそめるハイゼンに、エドガルドはふふふと含み笑いを浮かべた。
「離すなよ?」
「もちろんです。それでは、先ほどの件よろしくお願いしますよ?」
「あぁ、任せとけ」
ニカッと笑う父の笑みに背を押されるように、ハイゼンは踵を返した。
「よし……、行くか!」
数日後。
大きな花束と小箱に入った指輪を携え、ハイゼンはママコルタを連れて、颯爽と公爵邸に馬で乗りつける。
グレゴリーは驚いて足を滑らせ、腰を強かに打ち付けた。
「ハ、ハイゼン殿下……? あいたたた……」
「父様、大丈夫ですか?」
駆け寄るエミリアーナは、慌てながらも甲斐甲斐しく世話を焼く。
「ちょっと待ってくださいね? 今、治しますから」
そう言って、エミリアーナは両手を彼の腰に添えた。手の平から柔らかな光が漏れ、次第にグレゴリーの眉間の皺を解いていく。
「すまん、グレゴリー。驚かせるつもりは……ないこともなかったが、早い方がいいと思ってな」
眉を八の字にしながら、申し訳なさそうな顔を見せるハイゼン。
だがグレゴリーは、打った腰をさすりながらもニコニコしていた。
「あああぁ……痛みが消えていく……。殿下、お気になさらずに。私が勝手に足を滑らせたのですから」
そう言いながらも娘の手を見つめるその目は、うっすらと感動に濡れていた。
「しかし、エミィの力は……本当に凄いな」
「もう痛くはないですか?」
「……ああ、ありがとう。もう大丈夫だよ」
エミリアーナに治癒してもらったグレゴリーは、ほっとした表情でハイゼンの方へ向き直る。
「失礼いたしました。それで、エミィとの縁談の話でしたな?」
「ああ、さっき説明した通りだ。カレンヌ王国へ向かう」
真面目な口調で答えるハイゼンに、グレゴリーはふと娘を見つめた。
「お前はそれでいいのかい?」
「はい。ハイゼン様と仮の婚約を結び、あちらへ参ります」
きっぱりと返すエミリアーナの横で、ハイゼンがすかさず補足する。
「……俺は本気だぞ」
「もうっ! 話が終わらないから、黙ってて」
エミリアーナが頬をぷくっと膨らませると、思わずその場に笑いが起きた。
「随分と表情が豊かになったな?」
「ええ、本来はこうなのでしょうな。殿下」
グレゴリーとママコルタの言葉に、エミリアーナは照れくさそうに微笑み視線をそらした。
「今日は指輪を持って来たんだ。必要だろう?」
そう言ってハイゼンは片膝をつくと、エミリアーナの左手をそっと取り、薬指に指輪をはめる。
部屋の中が一瞬静まり返ったあと、温かな拍手が巻き起こった。
控えていたコッコは「感無量です」と言いながら、直立のまま涙を流していた。
「父親としては複雑な気持ちではあるが……。ハイゼン様なら、お前を大切にしてくれるだろう」
「父様、まだ正式に決まったわけではありませんよ?」
「ふふん、今はそうでも必ず俺を好きにさせてみせる」
どこまでも前向きなハイゼンの言葉に、また部屋が和やかな空気に包まれる。
「……では、準備に取りかかりましょうかねぇ」
ママコルタの号令と同時に、色とりどりのドレスの見本や裁縫道具を持った使用人たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
「ドレスも豪華にいきましょう。なにせ第一皇子妃ですからね。それからエミィ様に、私たちから婚約のお祝いがありますよ!
さあ、入ってきてください!」
「まだ決まっていないって言ってるのに!」
ママコルタが軽やかに扉を開けると、そこには見覚えのある3人の女性達が立っていた。
「エ、エミィ様……!」
「……! リリー!? それにエイシャとアダリナまで!」
3人は勢いよく部屋に飛び込み、エミリアーナにぎゅっと抱きつく。
「ううっ……、ようやくお会いできました。とても心配してたんですよ?」
リリーはぽろぽろと涙をこぼしながら、彼女の腕の中に顔を埋める。
「あ、貴女たち……どうやってここに?」
「エミィ姉さん、ママコルタ様と皇子殿下が手配してくださったの」
「ずっと会いたかったです、エミィ姉様」
3人の声が重なって、やがて全員がわんわんと泣き出してしまった。
エミリアーナは彼女たちの背中を優しく撫でながら、堪えきれず自身の頬にも涙がつたうのを感じた。
「落ち着いたか?」
「ええ、ふたりとも本当にありがとう。私にとって最高の贈り物だわ」
4人とも目が真っ赤に腫れ上がっていた。ついでに隅で見守っていたコッコも。
「エミィ様、改めて殿下にご挨拶させていただきますね。さあ、おふたりも」
リリーが背筋を伸ばし、すっと立ち上がると優雅にカーテシーをする。それに続いて、エイシャとアダリナもぎこちなく頭を下げた。
「ご無沙汰しております、殿下。ママコルタ様も。その節は大変失礼いたしました」
「いやいや、今まで通りの呼び方でいいですよ?」
「承知いたしました。では、ママコルタさんとお呼びします」
「はい。エイシャ嬢とアダリナ嬢でしたね。ママコルタ・レッドスターです」
「ハイグレイゼンだ。……そんなに緊張しなくていい」
「相手が皇子だもの。それも仕方ないわ」
「積もる話もあるでしょうが、少しお待ちくださいね」
ママコルタが手をひらりと振ると、使用人たちが一斉にエミリアーナの元へ集まっていく。
「さあ、皆さんはこちらへ」
グレゴリーが、涙を拭いていたリリーたちをソファに誘導する。
「あとで、たくさん話を聞かせてね?」
「はい。エミィ様がびっくりするようなお話もありますよ? 楽しみにしていてください」
その懐かしいやり取りに、エミリアーナはまたじんわりと目頭が熱くなってしまうのだった。
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