49 俺の耳は君のもの――ただし条件つき
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「とっても可愛かったから、幸せな時間だったわ」
エミリアーナはほくほくしている。
「子供が好きなんだな」
「自覚は無かったけれど、そうかしら?」
彼女はじっとハイゼンを見るが、どうも視線が上に行ってしまう。
「なぁ? 何で頭を見てるんだ?」
「えっ? ……どうしてかしら?」
「……俺の獣の耳が気になるのか?」
「そう……かも」
視線をなるべく逸らそうと努力するエミリアーナ。
「自由に出したりしまったりはでき……ないわよね?」
「出来るぞ」
ぱあっと彼女の顔が明るくなる。ぴょこんと耳が出て、パタパタと動いた。
「はあぁ! 触ってもいいかしら!?」
返事も聞かず、エミリアーナはハイゼンの隣に座った。
「おい、あんまり撫でるな。くすぐったい」
「うふふふ、ごめんなさい。わぁ、もふもふね! ……身体にも変化があるの?」
「尻尾は出やすいな、あとは余程感情的にならんと分からん。全身毛むくじゃらになる者もいたそうだが、そこまでの状態になったことがないからな」
ふうんと、エミリアーナはハイゼンのお尻の方を見る。
「そうなったら抱きついてもふもふしたいわ! あと、……ししし尻尾も触りたいの」
「駄目だ」
「ど、どどどどうして?」
「その……いろいろとあるんだよ」
しょうがないかとしゅんとして、彼女はまた耳を触り始めた。たまに顔を近づけて呼吸したり、こすりつけたりしている。
「なあ。そろそろ止めないか?」
「嫌よ」
「はぁ、しょうがないな……。国へ帰ると言ってたな? 俺も付いて行く」
「ハイゼンも?」
「護衛としてな。君が俺のことを好きじゃないのは理解したが、この国の皇子として――」
「私がいつ貴方を好きじゃないって言ったの?」
エミリアーナはポカンとして、彼の横顔を見つめる。
「え? 好きかと聞いたら困っていただろう?」
「突然言われたから、驚いただけよ。嫌いじゃないって言ったでしょ?」
「そ、そうなのか? じゃ、じゃあ望みはあるのか……!」
「混乱させてごめんなさい。貴族に生まれた以上は、自分の気持ちなんて二の次でしょう?
好きとか愛してるって感情を、きちんと意識したことはあまりないの。でも今まで出会った男性の中で、もっと知りたいと思うのは貴方だけよ」
「じゃあ、もっと俺のことを知ってくれ! 耳もいつでも触って構わん!」
「ほ、本当に!? それはかなり嬉しいわ! あの……ち、ちょっと落ち着いて。分かったから!」
エミリアーナの言葉を聞いたハイゼンは、彼女を抱きしめる。
ふたりの攻防が続く中、いつの間にか戻ってきていたママコルタは、ふうと安堵の溜息を吐いてにんまり笑った。
◇◆◇◇◆◇
「私も同行しますよ?」
「そうだな。お前がいた方が助かる」
当然のように口にしたママコルタに、ハイゼンも頷いた。
「ねぇ、貴方たちが付いて来ると、大所帯になってしまうわ。私ひとりで大丈夫よ?」
「駄目だ!」
「駄目ですよ!」
「なっ……! そんなに全力で反対しなくてもいいじゃない!」
エミリアーナは、ぷくっと頬を膨らませてご機嫌斜めになる。
「護衛の人達まで一緒に来たら、検問所で目立つでしょう?」
「では逆に、派手に目立ってしまえばいい」
「……どういうこと?」
彼の突拍子もない提案に、思わずエミリアーナは身を乗り出した。
ハイゼンは優雅に脚を組み直すと、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「エミィとの婚約を発表する。カレンヌ王国への『お披露目旅行』といこう」
「わ、私がエミィ嬢とですかっ!?」
ママコルタが、盛大に声を裏返らせた。
「って、何でお前なんだ!? 俺に決まってるだろう!」
「ちょっとふざけただけですよぉ」
ハイゼンはママコルタのツッコミを無視して、話を続ける。
「……ついでに、城に関係者を一気に呼び寄せて、まとめて片をつけるつもりだ」
「確かにそれなら、護衛が沢山いても怪しまれないわね?」
エミリアーナも、腕を組んで頷いた。
「そうだ。辺境伯領にも問題なく行ける。しかも、グレゴリーも同行させられるぞ」
「じゃあ、エイシャ達にも会えるのね!」
途端にエミリアーナの顔がぱっと明るくなり、嬉しさを隠しきれず満面の笑みを見せた。
「……では、早速手配しましょう。私はちょっと失礼しますよ」
ママコルタはサッと立ち上がると、手早く身支度を整え部屋を後にした。
静けさが戻った執務室で、エミリアーナは一度深く息を吸い姿勢を正す。そして、ハイゼンの方へと向き直った。
「ありがとうハイゼン。仮の婚約者だけど、よろしくお願いします」
微笑んで告げると、彼は不満げに眉をひそめた。
「……仮なのか? 俺はそのつもりはないが」
「えっ? そ、そうなの?」
彼女が目を丸くすると、ハイゼンは膝をつき彼女の手をそっと取った。
「君のことが好きだ。仮じゃない。本気で俺の妻になって欲しい」
「ハ、ハイゼン……。でも貴方は未来の皇帝でしょう?」
「そんなものはどうでも良い、幸運なことに兄弟もいるしな? 君を誰にも渡したくない」
思わぬ直球にエミリアーナの胸が跳ねる。目の前の彼の真剣な瞳に、呼吸を忘れそうになる。
「駄目か? 妻になれば触り放題だぞ?」
ぽんっと彼の頭から獅子の耳が飛び出し、器用にパタパタと動いた。
「くうっ……ず、狡いわ。貴方……!」
「はははっ、すまん。だがこのまま君を帰せば、エンデルク王子の妻になるかもしれないだろう?
強力なライバルには、先手必勝だと父上も言っていた」
「高台でもそんなことを言っていたわね? あまり陛下に話が筒抜けだと少し恥ずかしいわ」
頬を染めつつも、エミリアーナは小さく笑う。
「ふふ、ではなるべく内緒にしておくか」
そう言ってハイゼンは立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろした。少しだけ真剣な声色になる。
「……俺の耳に自由に触れていいのは、この世界で君だけだ」
「そ、そそそうなの? ご家族は……?」
「『自由に』って言っただろう? たとえば、こんなふうに」
彼はエミリアーナの耳にそっと指先を這わせる。その指が滑るように動き、甘くくすぐったい感触を残していった。
そのまま彼は彼女の耳元に唇を寄せる。
「返事は待つが、俺も気の長い方ではない。……迷っているなら、奪いにいくからな?」
「……っ!」
エミリアーナの顔は一気に真っ赤に染まった。
「ああっ! またイチャついて!」
部屋の扉が乱暴に開かれ、ママコルタがタイミングよく(ある意味最悪の)再登場を果たす。
「なんだ、もう戻ってきたのか? ママコルタ」
「おふたりの仲が良いのは大変結構ですが、さっさと話を詰めてしまいましょう」
彼はずかずかと歩いてくると、テーブルにバサッと大量の書類を広げた。
◇◆◇◇◆◇
「……こんな感じですかねぇ? ハイゼン様、どう思います?」
「いいんじゃないか? エミィはどうだ?」
ハイゼンはそう言うと、そっとエミリアーナの頬に触れた。
「もうっ! 動悸が激しくなるからやめて」
エミリアーナは慌てて彼の手を押さえ込む。
「動悸? エミィ、どこか悪いのか?」
急に真顔になったハイゼンが、心底心配そうな顔で彼女の顔を覗き込んでくる。
「いやいや、違うと思いますよ。って、聞いてないなぁ……」
ママコルタの控えめなツッコミは、案の定スルーされてしまった。
「この案でいいのではないかしら? あとは護衛がもう少しいれば安心だけど」
気を取り直してエミリアーナが言うと、ハイゼンは頷く。
「それは俺が父に相談してみよう。きっと協力してくれるさ」
その力強い言葉に、彼女もほっとしたように頷いた。
少し間を置いて、エミリアーナはふと気になっていたことを口にした。
「ねぇ、私がいるから薬を飲まなかったって言ってたでしょう? それって、私が愛し子だからなの?」
「いや、違う。たぶん……心が安定してるからだと思う」
「心が、安定?」
「そうだ。歴代の皇帝や、俺たちみたいに獣人の血を引いている者が皆、聖女と結婚したわけじゃない。うちの両親もそうだ。
運命の番というやつだそうだ」
ハイゼンは照れくさそうに言葉を選びながら続ける。
「番が側にいると、不思議と発情期を除いて症状が落ち着くって話だ。根拠はないが、俺も……そんな気がする」
「そうなのね」
静かに頷くエミリアーナに、ハイゼンは目を伏せた。
「この話はあまりしたくなかったんだ。君の負担になりそうだったから」
「負担だなんて、思わないけど?」
エミリアーナはほんの少し驚いたように目を見開くと、にっこりと笑った。
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