48 ぎゅっとしてもいい? もふもふ三重奏
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誰かいないかと必死にエミリアーナは走る。何事かと素早く身構えるママコルタを見つける。
「はぁっはぁっ、ママコルタ!」
「エミィ嬢? はっ! ……何かあったんですか!」
彼に駆け寄ると、転びそうになるのを抱きとめられた。
「……っ、ハイゼンが大変なの! こっちよ、来て!」
「一体どうしたんですか!?」
ママコルタの手をグイグイと引いて、来た道を駆け上がる。
「彼に限って……。ハイゼン様! 大丈夫ですか!?」
開けた場所を慌てて見回すママコルタは、ポツンと体育座りの大きな男を見つけたようだ。
「……」
「……ママコルタか」
チラリとこちらを見る彼の頭には、獣の耳が生えていた。エミリアーナはおろおろと落ち着かない。
「急にこうなってしまったの……」
「はぁ……大丈夫ですよ、エミィ嬢。ハイゼン様、薬は飲まなかったんですか?」
「……飲んでない」
ママコルタは呆れた顔をして彼を見ている。
「何やってるんですかぁ。あれだけ口を酸っぱくして――」
「彼女がいたから、最近は飲まなくても大丈夫だったんだ……」
「えっ、私?」
「だからって……。取り敢えず薬を飲みましょう、さあ」
ママコルタは水筒の水をハイゼンに渡す。胸のポケットから小さな包みを取り出したハイゼンは、水と共に一気に飲んだ。
ふうと一息ついた彼は、ぼうっと景色を眺めている。
「しばらくすれば、元に戻りますから」
ママコルタはエミリアーナにそう言うと、水筒を腰に下げた。
「あ、あの……」
「ハイゼン様、ご自分の口から説明しますか?」
「……ああ」
ハイゼンは両膝を抱えたまま、エミリアーナの方を向いた。
「俺には、獅子の獣人の血が流れている」
「獣人?」
「そうだ、皇帝も俺の弟妹達もだ。個人差はあるが、感情が高ぶった時にさっきのような状態になることがある」
「いつもは抑制剤で抑えているんですよ」
ママコルタが付け加える。獣の耳がたまにピクピク動くのを、エミリアーナは見つめたまま問いかけた。
「私に話していいの?」
「もう見られてしまったからな。出来れば内緒にしておいてもらえると助かる。この国では、獣人に理解がある者ばかりではないからな」
「私からもお願いします」
「分かったわ」
エミリアーナには、言いふらす気はこれっぽっちもなかった。
「城に戻るぞ」
「え? もういいんですか?」
「ああ。もう耳は収まったし、用事は済んだ」
あたふたするママコルタの問いに、ハイゼンは淡々と返す。
ゆっくりと坂道を降り、彼女達は馬車に乗り込む。ハイゼンは口を開くが、言葉少なだった。
ママコルタは、ふたりを交互にチラチラと見る。エミリアーナはずっと窓の外を眺めていた。
「そ、そういえば今日、取り調べの結果が出るんでしたねぇ。ハイゼン様」
「ああ、そうだな」
「……」
エミリアーナは心ここにあらずといった様子だ。
「どうしたんです? ふたりとも様子がおかしいですよ」
「俺はいつも通りだ」
「……」
面倒臭くなったのか、ママコルタも黙り込んだ。
馬車は城のエントランスに到着する。ツカツカと執務室へと歩くハイゼンの後ろを、エミリアーナとママコルタが続いた。
部屋の中には前回と同じように書類が用意されており、ハイゼンは書類に目を通すとママコルタに手渡す。
「報告書によるとハウスマン子爵夫人は、直接関与していないようですねぇ。ただメイフラワー家が怪しいとは、薄々思っていたようですよ」
「そう、良かったわ」
エミリアーナはほっと胸を撫で下ろす。
「ただ、ちょっと飛び火してますね」
「どういうこと?」
「前辺境伯のバーバラ夫人と、懇意にしていると言ってましたよね? ですが、ハウスマン夫人の認識は違うようですよ。
バーバラ夫人とは上下関係にあったようです。ハウスマン夫人が下の立場ですが」
「そうなの?」
「とりあえず座ろうか」
ハイゼンに促され、ソファに座った。
「ハウスマン夫人のご実家は男爵家でしたが、商売をされていました。アンリエッタ様の屋敷にも出入りしていたようです。
毒殺事件の捜査は適当に終了し、責任を追求されて数人の使用人がクビになっています。
それに商品を卸していた彼女の実家も噂が流れ、商売を辞めざるを得なかったようですね。その時に男爵の爵位も手放したようです」
「酷い話だ」
ハイゼンは眉間に皺を寄せている。
「家族でカレンヌ王国に移住した彼女は、バーバラ夫人と出会います。移住の理由を何度も詮索されて、メイフラワー家について話してしまったようですよ」
「では、バーバラ夫人は事件のことを知っていたの?」
「はい。ただ、明確な証拠がありませんでしたからね。その代わりと言ってはなんですが、グッドマン伯爵夫人を脅迫していたそうです」
「脅迫!? それに何故グッドマン夫人が関係あるの?」
エミリアーナは驚いて、ソファから腰を浮かせた。
「伯爵夫人の実家は、帝国のメイフラワー家なんですよ。姪であるエイシャさんと、伯爵子息のアダムとの縁談を無理強いしていたようですねぇ。将来的に、伯爵家の乗っ取りを画策していたらしいです」
「……何てことなの」
エミリアーナは力なくソファに座ると、呆然としている。
「大丈夫か? エミィ」
心配そうなハイゼンを見る彼女の視線は、自然と彼の頭に向かった。
「え、ええ。ありがとう」
ハッとした彼女は顔を赤くして、目線を逸らす。
「……?」
様子のおかしい彼女を、ハイゼン達は不思議に思い首を傾げた。
「……それで、これからどうなるの?」
「前辺境伯夫人についてはカレンヌ王国の事件ですから、我々は供述調書をあちらへ渡すだけですねぇ。
あまり他国の事に、口を挟むわけにはいきませんから」
「実際に帝国で何か仕出かしたわけではないからな」
「そう、分かったわ」
はあと溜息を吐く三人。
「私、カレンヌ王国へ戻ろうと思うの」
カップのお茶を一口飲んで、エミリアーナが口を開く。
「えっ! 戻られるのですか?」
驚いたのはママコルタだけだった。
「ええ。バートとの婚約解消も、自筆の署名が必要だわ。侯爵家もエイシャ達もリリーのことも心配なの。
……それに私だけ逃げているのが何だか嫌で」
「待ってください。犯人に目星が付いているとは言え、馬車の襲撃についても完全に追求できていないんですよ?
今戻れば、また危ない目に遭う可能性も高いです。……ハイゼン様も、何とか言ってくださいよぉ」
ママコルタはハイゼンを急かすが、彼は黙ったままだ。
「……君が望むなら、俺には何も言う権――」
「あきゃああ――!!」
廊下から激しい叫び声がする。激しく扉が開かれ、同じ顔をした三人の小さな子供達が飛び込んできた。
「兄様! いた!」
「兄様遊ぼ!」
彼らはハイゼンに飛び付くと、きゃあきゃあと騒いでいる。
「こらお前達。今は会議中だ」
「やだ! 遊ぶの!」
どうやら彼の弟妹らしい。男の子一人に、女の子二人の三つ子のようだ。よく見ると耳と尻尾が出ている。
呆気にとられているエミリアーナを見つけると、彼女の周りに群がった。
「ねぇねぇ、だあれ?」
「あ、あの、……わわわ私は」
「兄様のお嫁さん?」
一人が口を開くと、連動して他の二人も喋り出す仕様のようだ。
「違うよ。まだ婚約してないから、恋人って言うんだよ」
「へぇー。恋人かぁ」
三人とも尻尾をパタパタと動かしている。
「す、すまん、エミィ。お前達こっちに来るんだ。彼女が困っているだろう?」
「かっ、かかか可愛いぃぃ……!」
「えっ?」
「すっすっっごく可愛いぃぃ! ぎゅっとしてもいい!?」
エミリアーナは、ぎゅっと3人を抱きしめる。三人のちびっ子達は満更でもないようだ。
「悪かったな、騒いで」
侍女達に子供達が回収されて、元の静かな部屋に戻る。ママコルタは袖を離してもらえず、そのまま連行されていった。
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