47 飴と耳と、父上の『押せ教』
いつもご覧くださって本当にありがとうございます。
彼らはお互いの顔を見合わせる。
「とんでもない話になってきましたねぇ」
ママコルタがそっと扉に触れた。
「そうだな。あとは……、エミィの母親の件だ」
「それについては、報告が上がっていると連絡がありました」
「それは本当ですか!」
グレゴリーが身を乗り出し、ママコルタに飛びつく。
「ええ、本当ですよ……って、顔が近いですよっ!」
彼は縋り付くグレゴリーを引き剥がした。
「父様……」
「お前にも苦労をかけてすまなかったな」
グレゴリーはエミリアーナを抱きしめる。
「さて、これからどうしましょうかねぇ。ハイゼン様」
「取りあえず、俺の部屋で続きを話そう」
綺麗に整えられた部屋に移動すると、テーブルにはすでに書類が並べられていた。
ソファに腰掛けたハイゼンが一読し、ふっと鼻を鳴らす。
「フン、予想通りだな。……見てみるか?」
書類をグレゴリーとエミリアーナに手渡した。
――――――――――――――――
【報告書】
アンリエッタ・イエローライン殺害について――
イレーヌ・ブラックストン元子爵夫人の供述を元に、帝国内に滞在していた当時の使用人へ聴取を実施。
その結果、事件はメイフラワー伯爵家主導のもと行われたと判明。
また、カレンヌ王国へ出国済みの人物についても召喚手続きが完了し、現在3名を取り調べ中。以下に氏名を記載する。
・ミエス・ラブロヒヒーン
・パカラニー・ハウスマン
・コリーナ・ウマーポ
供述内容については別紙にて報告。
――――――――――――――――
「パカラニー・ハウスマン!?」
思わず声を上げたエミリアーナに、グレゴリーが怪訝そうに顔を向ける。
「どうした、エミィ?」
「あの……ハウスマンって、子爵家の?」
「知り合いなのかい?」
「面識はありませんが……。彼女は、エイシャの実母なんです。それに、ハウスマン家は元辺境伯夫人バーバラの実家でもあります」
「ああ、そういえばそうでしたねぇ」
「また、あの屑野郎の話か……」
ハイゼンが忌々しげに顔をしかめた。
「そんな、信じられない……」
「エミィ嬢、書類を拝見してもよろしいですか?」
ママコルタが報告書を受け取り、パラパラとページを捲る。
「どうやら、食事や飲み物に毒を混入していたようですねぇ。ただし、全ての使用人が直接関与していたわけではないようです」
「では、ハウスマン夫人は無関係ってことか?」
「直接手を下していなくても、何も知らなかったとは言い切れません。そこは本人に確認するしかないでしょう、ハイゼン様」
「……そうだな。エミィ、少し落ち着け」
「……ええ、分かったわ」
ハイゼンがカップに口をつけ、お茶を一口飲む。
「ハウスマン夫人について、ふたりはどのくらい知っている?」
「私は詳しくは……エミィ嬢は?」
「私もダッドリーから聞いただけですが、バーバラ夫人とは親友でその縁で子爵夫人になったそうです」
「そうか」
「あ、それと……以前は侍女をしていたとも聞きました」
「それが、イエローライン家だったということなんですねぇ。……エミィ嬢、報告を待ちましょう」
「ええ……」
念を押すママコルタに、エミリアーナは頷いた。
「父様。メイフラワー家って?」
「そうだな……お前は知らないだろう。うちの血縁にはあたるが、娘を私の嫁にと望んでいてね。
だが、私はアンリエッタ一筋だったから縁談を断ったんだよ」
「そんなことが……」
「あの狸爺め、絶対に許さんっ!」
グレゴリーの顔が怒りで真っ赤になっていく。
「と、父様、落ち着いて! そうだ! 父様と母様の馴れ初めが聞きたいです」
可愛らしくエミリアーナが言うと、グレゴリーの表情がふにゃりと一気に緩んだ。
「うんうん、聞きたいのか? よし、まずは出会いから話してやろう――」
その横でママコルタがそっとハイゼンに耳打ちする。
「ハイゼン様。この先、どうされます?」
「証言が揃えば、メイフラワー家も追い詰められるはずだ。ただ、物的証拠も必要だな」
「毒の購入経路や、受領書があれば確実ですけど……尋問で吐く可能性もありますしねぇ」
「……もう少し待つしかないか」
「抑制剤はまだありますか?」
「ん? ……そろそろ補充しておかないとな。最近は彼女が近くにいるせいか、落ち着いてはいるが」
「早く打ち明ければいいじゃないですか」
「……まあ、そのうちな」
溜息を漏らすハイゼンに、ママコルタがにやりと笑う。
「そうだ。まだ調査には時間がかかりそうですし、帝国内を案内されたらどうです? 確か隣町で祭りがあるはずですよ」
「でも、危険じゃないか?」
「そこは、護衛を固めれば問題ありません」
「ふむ……」
ハイゼンはちらりとエミリアーナを見やる。彼女の目がグレゴリーの話にぱあっと輝いていた。
「エミィ、その……結果が出るまで少し時間がかかりそうだ。近場になるけど、君さえよければこの国を案内したい」
「えっ? 本当に? 帝国は初めてだから、ぜひ行ってみたいわ!」
嬉しそうに笑う彼女の姿に、ハイゼンも柔らかく微笑む。
「よし、すぐに手配する」
数日後、ハイゼンとエミリアーナは隣町のお祭りにやってきた。 もちろん、ママコルタも後方でこっそり随行中だ。
「ハイゼンに再会したのも、辺境伯領のお祭りだったわね?」
「そうだったな。あの時は間に合って本当に良かった」
どこか苦笑まじりに返すハイゼンに、エミリアーナはくすっと笑った。
「あら、あの飴屋さん。ここにもあるのね? ちょっと寄っていい?」
「もちろん、行こう」
ふたりは並んで飴屋の店へと向かい、仲睦まじく物色を始める。
「貴方はどれがいい?……やっぱり青の飴かしら?」
「そうだな。あれもどうだ?」
「はいはい」
ハイゼンが彼女の肩越しに身を乗り出す。すぐ後ろでその様子を見ていたママコルタは、にまにまとにやけていた。
「ママコルタ、貴方は?」
「いえ、私は遠慮しておきますよ」
彼は微笑みつつ、手を振って断る。
「なあ、このあと行きたい場所はあるか?」
「うーん……特には。あなたに任せるわ」
「じゃあ、とっておきの場所に連れて行く」
そんな会話を交わすふたりに、店主がにこやかに話しかけてきた。
「おっ、仲が良いねぇ。新婚さんかい? たくさん買ってくれたお礼に、おまけしとくよ!」
「あ、ありがとうございます……」
照れくさそうに頭を下げるハイゼンと、耳まで真っ赤なエミリアーナ。 ふたりは飴を手に再び歩き出した。
「よし、こっちだ」
彼は近くに停めていた馬車に彼女を押し込み、御者に何事か囁くと出発させた。
ガタゴトと田舎道を走る。小高い丘の上に到着すると馬車を降りた。
「少し歩くぞ」
ハイゼンはエミリアーナに手を差し出す。恐らくこれ以上は、人の足でしか無理なのだろう。
ゆるゆると少しだけ傾斜がある道を、ふたりで手を繋いで登った。
ふうふうと息を切らす程度にはキツい道を、エミリアーナは何とか登り切った。
辺りにはママコルタの気遣いか、誰もいない。僅かに風の音だけが聞こえる。
「見てみろ、エミィ」
彼女の眼前には、帝国の首都の町並みが広がっていた。遠くかすかに城が見える。
「ここは俺のお気に入りの場所だ。夜になれば星が輝いて、街の灯りと混ざり合うんだ」
「まあ! 街が一望できるわ。とても綺麗ね。向こうに見えるのは……何かしら?」
「あれが海だ。王国は陸続きだから見たことがなかっただろう?」
海は城よりも遙か遠くで、白くぼんやりと光っていた。
「いつか連れて行く」
「本当に? 嬉しいわ」
「ああ、だから俺の側から離れるな。……カレンヌ王国には帰さない」
「……! いつ気付いたの?」
「当たり前だ。ずっと君を見ていたから」
「ずっとって……。いつから?」
「初めて会った時から、ずっと君だけを見ていた。……惹かれていたから」
「そんな素振り見せなかったじゃない」
エミリアーナは顔を赤くしたのを見られたくなかった。くるりとハイゼンに背を向ける。
「そうか? 何となく雰囲気は出していたんだが」
「そんな急に言われても――」
ハイゼンはエミリアーナの側に、ゆっくりと近づいた。
「俺が嫌いか? 答えてくれ」
「……嫌いなわけじゃないわ」
「じゃあ好きなのか?」
「う、……そう言われても心の準備が」
「じゃあ、駄目なのか……」
ハイゼンはしょんぼりと肩を落とす。しゃがみ込み草をむしりだした。
「父上に押すことも大事だと教わったんだ……」
ぶつぶつと独り言を言っている。
「あ、あの……ハイゼン? ああ、どうしようかしら?」
エミリアーナはおろおろと辺りを見回すが、ママコルタの姿は見えない。
「そ、そうだわ」
彼女は先ほど購入した青い飴を取り出すと、彼の隣にしゃがみ込んで、声をかけた。
「ほら、さっき買った飴。一緒に食べましょう?」
「いらない」
ハイゼンはちらっと彼女の方を見るが、ふいっとそっぽを向く。彼の顔と耳が、真っ赤になっていた。
「そんなこと言わないで。ね?」
エミリアーナは更に彼の近くに寄り、顔を近づける。
「今、近寄ったら駄目だ!」
「ハ、ハイゼン? どうしたの?」
ハイゼンは両手で自身の頭をグッと押さえるが、そっと彼女が手に触れると彼はびくっと震えた。
はあはあと息が荒い。
「貴方熱があるんじゃないの?」
エミリアーナは、ハイゼンのおでこにそっと触れる。
「だから、触ったら駄目だっ!」
彼女は手首を掴まれ、はっとする。顔を真っ赤にして荒い息を繰り返す彼の頭には、獣の耳がぴょこんと生えていた――。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや★評価をいただけると嬉しいです。今後の励みになります!




