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嘘つきの護衛に助けられたら皇子でした〜婚約解消から人生逆転〜  作者: 秋月 爽良


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45 皇帝パパの指南書に、俺の恋が載っていた件

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

悠久(ゆうきゅう)の間のことか? グレゴリー」

「そうですよ。あの部屋はいまだに謎が多く残されておりますからな」

「父様。それはどんな場所なのです?」


 エミリアーナにとって、それは初めて耳にした言葉だった。


「ん? そうか、お前は知らなかったな。……この国の城には特別な資格を持つ者だけが入れるという、不思議な部屋があるんだ。

しかもその資格が誰にあるのかすら、今のところ明らかになっていないという」

「今までその部屋に入った方は、いらっしゃったのですか?」

「随分と昔、ひとりだけ入ったことがあると聞いているが……。そうでしたな? ハイゼン様」

「そうだな。俺もママコルタと一緒に子供の頃試してみたことがあったが、残念ながら駄目だった」


 彼はソファの背もたれに体を預け、少し遠くを見る。


「エミィ嬢が、その資格を持っている可能性も十分ありますねぇ」


 希望を帯びた3人の視線が、エミリアーナへと注がれる。


「行ってみるか? エミィ」

「そうね……。こうしていても何も進展はないままだもの」

「よし、やった!」


 ママコルタは両手を握りしめ、勢いよく拳を突き上げた。


「そういうことなら、早速城へ向かう準備を――」


 ママコルタは急に落ち着かなくなり、そわそわと身体を動かす。


「ママコルタ。侯爵家からの手紙には、何と書いてあったの?」

「あ! ……ええと、それがですね」

「もう大丈夫だから、はっきり言ってみて」


 彼は言いづらそうに口ごもっていたが、エミリアーナは優しく先を促した。


「……馬車の襲撃に、カレンヌ王家が関わっている可能性が浮上しました。正確には、王妃とリーバス第一王子が関係しているようです」

「なっ!? なぜそんな事をするの?」

「ティオナ嬢の神聖力が弱まったという話は、昨日お伝えしたでしょう?

王家は侯爵家に対し、再び貴方とリーバス王子の縁談を打診していたそうです。侯爵は貴方には知らせていなかったようですが」

「……!」

「最低な野郎だ」


 ハイゼンが忌々しげに、吐き捨てるように呟いた。


「あの、ティオナ様は……? どうなるの?」

「彼女との婚約は解消するつもりだったようです。しかし、侯爵家がそれを受け入れるはずもありませんからね」

「当然ですな。うちのエミィを侮らないでいただきたい」


 グレゴリーも怒りを隠さず、語気を強めた。


「断られるのは分かっていたのでしょうねぇ。そこで王妃と王子は、グリーンムーン辺境伯の借金に目を付けました。

……借金を肩代わりすることを条件に、貴方の身柄を引き渡す契約を交わしたようです」


 エミリアーナの身体が、ぐらりと傾いた。


「エミィ!」


 ハイゼンがすぐさま駆け寄り彼女を支える。


「ごめんなさい……。あまりにも衝撃的で」


 彼女はハイゼンに手を引かれながら、そっとソファへ腰を下ろした。


「大丈夫か?」


 ハイゼンが心配そうに、彼女の背中をやさしく撫でる。


「ええ、大丈夫よ? ふふふ……、何だか笑っちゃうわ。うふふふ」

「お、おい! エミィが……。エミィがおかしくなってしまったぞ!」


 ハイゼンの叫びに反応して、使用人たちがバタバタと駆けてきた。


「さあ、これを飲んで」


 ハイゼンから差し出されたコップの水を口に含むと、エミリアーナは次第に落ち着きを取り戻していった。


「ふふふ、心配かけちゃってごめんなさいね」


 皆が心配そうな顔で、彼女の様子をじっと見つめる。


「エミィ、本当に大丈夫かい?」

「はい、父様。……ママコルタ、続きをお願い」


 頭をガシガシと掻きながら、ママコルタは話を続けた。


「分かりました。……彼らは貴方を秘密裏に連れ去り、どこかに監禁するつもりだったようです。

表向きには、ティオナ嬢との婚姻を継続したまま」

「ティオナ様の力が弱まったから、私で補おうということ?」

「その可能性が非常に高いです。監禁はリーバス殿下と王妃の発案だと思われます。

それと申し上げにくいのですが……。貴方を誘拐する提案をしたのは、ティオナ嬢だそうです」


 エミリアーナは息を呑み、凍りついた。


「エミィ……」


 ハイゼンはそっと彼女の手を握る。


「ハイゼン。……私、また裏切られてしまったの?」

「もうここにいろ。何処にも行かなくていい。俺が全部守るから……、側にいろ。な?」

「……もう全部捨ててもいい?」

「ああ、君がそうしたいならそうしよう。……誰にも文句は言わせない」


 ハイゼンは、優しくエミリアーナを抱きしめた。


「なんてことだ、一国の王子と王妃が誘拐に関与しているとは……。立太子はすでにしているはずではないか。

それなのに、なぜそこまでこの子に執着するんだ?」


 グレゴリーの疑問に、ママコルタが冷静に答えた。


「リーバス王子は確かに王太子ですが、弟のエンデルク王子の方が遥かに優秀であるというのは、広く知られた事実です。

弟を推す貴族たちも未だに多く、リーバス殿下は少しでも自分に有利な立場を維持しようとしているのでしょう。

聖女を伴侶に持つ限り、国民の支持を得やすくなりますからねぇ」

「……何ともくだらない理由だな。王というものは、自らの努力が認められてこその存在であるべきだろう。

エミィ、ここにずっといていいんだよ?」

「父様……ありがとう」


 グレゴリーはそっと、エミリアーナの頭を撫でようと手を伸ばした。


「ところでハイゼン様。少々、距離が近すぎではありませんかな?」


 グレゴリーはすっとふたりの間に割り込む。


「うん? そ、そうか?」

「父様?」

「この子はまだ、私の大切な娘ですよ?」


 そう言って彼は、エミリアーナをぎゅっと抱きしめた。


「し、失礼した。つい……」

「ふふふ。ハイゼン、顔が真っ赤よ?」


 エミリアーナは、気づかぬうちに頬を伝っていた涙をそっと拭った。


「ママコルタ、お父様が調べてくださったのね?」

「ええ。図々しくも縁談が持ち込まれたことに激怒されておりましてねぇ。徹底的に調べ上げて、関係者は全て制裁するとのお言葉でした」

「ぜひ私も調査に協力させていただきたい。……コッコ」

「はい、承知しております」


 彼はグレゴリーに軽く頭を下げると、そのまま足早に部屋を出て行った。


「私の力をティオナ様が奪っていたという話が、だんだんと現実味を帯びてきたのね。

……悲しいけれど、それが真実だというのなら、私は向き合わなければならないわ」

「力を奪ったものの、何かが原因で上手くいかなくなった。今度こそ貴方を捕らえて、再びその力を奪うつもりなのかも。

……そう考えると、辻褄が合いますねぇ」


 ママコルタの言葉に、隣のハイゼンも静かに頷いた。


「王妃の座に固執しているのかもしれんな。……もっともそれも本人に問い質してみないことには、真相は分からんが」

「ハイゼン様。昨夜の話ですが、エミィ嬢にそろそろ話して差し上げても良いのではありませんか?」

「昨日? まさか貴方達、あれからまだ起きて話していたの?」


 エミリアーナは目を丸くして、やや呆れた表情を浮かべた。


「大切な話だったんだ。だから、落ち着いて聞いてくれ……」


 そう前置きしてから、ハイゼンは昨夜の出来事を丁寧に彼女へと説明していった。


「そんなことって本当に、現実にあるの?」


 信じがたい話にエミリアーナは唖然とした。


「証人も何人もおりますし、状況的にも否定は難しいでしょうねぇ」


 エミリアーナの頭の中は情報の奔流でいっぱいになり、混乱していた。


「……とりあえず、城に行ってみるか? エミィを皇帝に引き合わせたい」

「そうね。それがいいと思うわ。ママコルタもずっと楽しみにしていたから、一緒に行きましょう」

「もちろんです。さあさあ、急いでくださいよ」


 彼らが登城するという報せは早馬によって城へと届けられ、当日の謁見が許可された。

 エミリアーナが馬車を降りると目の前に現れたのは、まさに難攻不落と呼ばれるに相応しい堂々たる城の姿だった。


「さあ、行こうか」


 呆然と見上げていた彼女の横に立ち、グレゴリーが優しく彼女に声をかけた。

 次々と使用人たちが頭を下げる中、彼らは謁見の間へと進んでいく。

 やがてひときわ大きく、そして重厚な装飾が施された扉の前にたどり着いた。

 扉がきしむような重い音を立てて開かれると、その先には美しい模様が刺繍されたカーペットが敷かれている。

 周囲を固める側近や護衛たち。その中央、玉座の椅子には屈強な体格の男性がどっしりと腰を据えていた。


 ハイゼンたちは跪き(ひざまづき)恭しく(うやうやしく)挨拶を述べる。


「ただ今戻りました、父上」

「ハイゼン、ご苦労だった。……その娘がエミリアーナか? グレゴリー、紹介してくれ」

「はい、陛下。エミィ、挨拶を」

「はい」


 エミリアーナは姿勢を正し、見事なカーテシーを披露してみせた。その仕草には、これまでの教育と気品がしっかりと表れていた。


「うむ、楽にしなさい。……私がモンストロ帝国皇帝、エドガルド・モンストロだ。

ここに至るまで、数多くの苦難を乗り越えてきたと聞いておる。

問題はまだ山積みだが、我らも全力で取り組んでいる。しばし待つように。そこにいるハイゼンに、存分に頼るといい。

それと……下に弟妹たちがおるのだが、まだ幼くてな。今日この場に同席しておらんが許せ」

「承知致しました。寛大なご配慮、痛み入ります」

「さて今日は、悠久の間に行きたいと申しておったな? ハイゼンよ」


 エドガルドは顎髭をゆっくりと撫でながら尋ねる。


「はい。試してみたいことがあるのです、父上」

「ふむ、そうか。……いいだろう。ただし、何か進展があれば必ず報告するようにな?」

「御意」


 皇帝は即座に側近へ指示を出し、エミリアーナたちは謁見の間を退出して悠久の間へと向かうことになった。


「ハイゼン」

「はい?」


 皇帝に呼び止められ、彼はエミリアーナたちを先に行かせる。

 一同が部屋を出たのを確認すると、エドガルドはハイゼンに向き直ると静かに問う。


「……まだ話していないのか?」

「はい。私は、彼女を利用するつもりはありませんから」

「だが、お前たちの仲は良好だと耳にしておるぞ?」

「な、何で知っているんですか!?」

「わしを誰だと思っておるのだ」


 エドガルドはふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔をした。


「意識してもらおうと、いろいろ頑張ってるんですから。……だから、邪魔しないでくださいよ?」

「うんうん、分かっておる。心配せずとも大丈夫だ。……しかし、縁とは不思議なものだな?」

「そうですね。きっと、彼女こそが私の運命の人です」


 ハイゼンは、優しく微笑むエミリアーナの姿を思い浮かべながら答えた。


「そうか! 確かに彼女ほど王妃に相応しい娘も他にはおらんだろう」

「でも、無理強いはしたくありません」

「何を言っておる。たまには押すことも大事なのだぞ?」

「そ、そうなんですか……? ううむ……」


 ハイゼンは珍しく動揺した表情を浮かべた。エドガルドは、ハッハッハと豪快に笑い声を上げた。


「早めに話すことだぞ。彼女にも考える時間が必要だろう? モタモタしておると、どこからともなく横取りされかねんぞ?」


 その笑顔は、今はただ優しい父親のものだった。


「分かってはいます……」

「まあまあ、そうしょんぼりするでない。グレゴリーには、きつーく釘を刺しておくからな? これは内緒だぞ」

「はい。私はそろそろ失礼いたします」

「おお、そうだな。……さて、わしも下の子供たちの相手をしてやらねばな」


 父の背中を見送ったハイゼンは、そっと拳を握りしめた。

 そして気持ちを切り替えるように小さく息を吐くと、後ろを振り返り悠久の間へと足を速めた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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