42 予知も遺伝!? 母の手紙が全部知ってた件
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「私の名前はグレゴリー・ローゼンベルク。お前の実の父親だよ」
グレゴリーは隣に座る彼女の手をそっと握る。
「エミリアーナ・グラン――。あっ、いえ……。エミリアーナと申します」
彼女は戸惑っていた。名を名乗るだけなのに胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
《グランデール》の名は血ではなく借りものだ。彼の前ではそれすら名乗るのがためらわれた。
「私に気を遣ってくれたのかい?」
グレゴリーは彼女に優しく微笑む。
「事情はハイゼン……様から伺いました。しかし突然のことで私もまだ戸惑っているのです」
「それもそうだろうな。……だがお前が喜ぶ物を見せてあげよう」
グレゴリーはにんまりと笑うと、胸元から一通の手紙を取り出す。
「お前の母親が書いた手紙だ。読んでごらん」
「お母様の……」
エミリアーナの指がそっと封筒に触れる。
彼女の鼓動が早まる。震える手でそれを抱きしめるように受け取った。
「手紙が見つかったのか!?」
「以前はありませんでしたよねぇ?」
ハイゼンとママコルタは、目を丸くする。
「発見したのはつい最近でして。しかも、彼女から貰った本から出てきました。コッコ、持って来てくれるか?」
コッコは頷き静かに部屋を出ると、一冊の分厚い本を持って来た。本の一部が破られている。
「こちらの裏表紙に隠されていたのです」
「へぇ。よく気が付いたな? グレゴリー」
「ええ、殿下。偶然だったのですが」
「ちょっと拝見しますよ?」
ママコルタはヒョイと本を手に取ると、裏返して調べ始める。
「そうだ。エミリアーナにも紹介しておこうな。この屋敷の執事で、名はコッコキィ・スナイダーだ」
「どうぞコッコとお呼びになってください。これからよろしくお願い致します」
彼は、エミリアーナに丁寧にお辞儀をする。
「コッコさん、エミリアーナと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「これはご丁寧にありがとうございます。それから私のことは是非コッコとお呼びください。
お母上のアンリエッタ様にも、そう呼んでいただいておりましたから。
それにしても旦那様、ふとした表情や仕草がアンリエッタ様にそっくりでございますね……ふぐぅっ」
彼は声を震わせている。
「ああ、そうだな……。まぎれもなく彼女と私の娘だ。見ろあの瞳……、私にそっくりじゃないか。
あんなにも似ているなんてな」
グレゴリーも目元が潤む。
「特に変わったところはないようですねぇ」
「手紙の内容を聞くと更に驚きますよ?」
本をテーブルに置くママコルタに、グレゴリーはニヤリと笑った。
静かに手紙を読んでいたエミリアーナが声を上げる。
「これは……!? 母は、これから起こる事が分かっていたようです」
「なに!? ちょっと見せてください」
ハイゼンが受け取った手紙に目を走らせていると、ママコルタも隣から覗き込んだ。
「足の上に本を落として裏表紙が破損すると書いてあるぞ。おいグレゴリー、本当なのか?」
「はい。しかも右足の親指の上と指定されています。2、3日腫れが引かないとも。実際その通りになりましたよ」
「なんてことだ。彼女は予見していたというのか……」
部屋に沈黙が流れる。
「私がここを訪ねて来ることも書いてあります」
エミリアーナが付け加える。
「ハイゼン様、私にも見せてくださいよ。……ふむふむ。
『エミリアーナが素敵な男性達を引き連れて、公爵邸に乗り込んで来るわ! もしかして、婚姻の申し込みなのではないかしら?
さすが私達二人の娘ね! 隅に置けないわ。彼女の父親は貴方よ? 観念して今のうちに覚悟を決めておきなさい、グレゴリー』
と書いてありますねぇ……」
一部を読み上げながら、ママコルタは呆れた表情だった。
「彼女は愛し子、あるいは聖女だったというのが正しい答え、ということか……」
ハイゼンは顔の前で両手を組み、難しい顔をする。
「聖女には、予知の能力もあるのですか? 私は療養院で主に治療や解毒などをしていましたから」
エミリアーナは空恐ろしい能力だと感じていた。
「エミリアーナ、帝国の女神は時を操ると言うが……。今の我々ではそこまで分からないんだよ」
「そうだな。あり得ないことではないのかもしれないな」
グレゴリーとハイゼンは納得している。
「貴方はどうですか? エミィ嬢」
「うむ。エミィは何か感じないのか?」
「今は特に何も。これから発現するのかもしれませんが」
周辺諸国が知れば争奪戦が始まるのではないか。彼女の母はひっそりと暮らしていたと聞いた。
エミリアーナはこれ以上口にすることは出来なかった。
「なっ! エ、エミィ!? おふたりは、私の娘の名を随分親しげに呼ばれるのですね?
ハッ! もしかして将来を約束しているのかい? エミリアーナ。
アンリエッタの予見は正しかったのか……」
ガックリと肩を落とすグレゴリー。
「いえ、違います」
「なにっ!?」
エミリアーナは驚くハイゼンを尻目に、キッパリ否定する。
「そ、そうなのか? エミリアーナ」
「はい。それにエミィとお呼びください」
グレゴリーは破顔している。
「おふたりとは一緒に過ごした時間が長かったのです。私もつい甘えてしまいました。
私が2度も婚約解消するのは、もうご存じなのでしょう? そのような者が、帝国民に認められるわけがありませんもの」
「ぐっ……。そんなにハッキリ否定されると悲しくなるな」
「落ち着いてくださいよハイゼン様」
ママコルタはしゅんとしたハイゼンを慰めている。
「ああそうだったな? 全て聞いたよ、辛かっただろう? ……あの鬼畜どもめ、今に見ていろ。
お前を悲しませた報いは必ず受けさせる。王も王妃もだ。
グランデール侯爵家と協力して、最大限の痛みを味わわせてやる。楽しみにしているんだよ? エミィ」
フフフフとあくどい顔で笑うグレゴリーの後ろで、コッコが頷きながら拳を握りしめていた。
「あ、あの……程々でお願いします。王国には私の大切な人達も沢山いますから」
「ああ、もちろんだとも。その辺りは任せておきなさい。なあ、コッコ?」
「ええ、そうでございますよ? 善良な者には恵みを、悪党には制裁を。スタイナー家の家訓のひとつでございます。
綺麗に処理することに、全力を注ぎますのでご安心くださいませ」
エミリアーナはそっと目線を逸らす。きっと彼らは、『言葉通り』に遂行するだろう。
「あの、これから何とお呼びすればいいでしょうか?」
「ん? 私かい?」
グレゴリーは、柔らかな表情に戻る。
「はい。グランデール侯爵家の父母のことは、『お父様、お母様』でしたから」
「そうか。同じだと混乱してしまうかな? しかし、そうだな……。父上だと少し他人行儀で寂しいのだが」
「確かにそうですねぇ。……では、父様はどうですかね? 父上よりは柔らかくて親密な感じがしませんか?」
「ふむ、父様か……。採用させてもらいますよ、ママコルタ殿。エミィもいいね?」
「はい。承知致しました父様」
「その固い言葉遣いも、少しずつ緩和していってくれるといいんだが」
それは徐々に直していこう、とエミリアーナはもう一度手紙を手に取る。
「さあ、今日の話はこれ位で。疲れただろう? その手紙はお前が持っていていいんだよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
グレゴリーはエミリアーナの肩にそっと触れる。
「今日はいろいろとあり過ぎたからな? エミィ」
「おふたりはどうされます? このままここにお泊まりになりますか?」
「エミィ嬢と顔見知りの我々がいた方が安心でしょうね」
窓の外はすでに真っ暗になっていた。ハイゼン達は泊まっていくことにしたらしい。
「これからどうなるのでしょうか?」
「それは、俺が説明しましょう」
ハイゼンは不安げな彼女を気遣う。
「まず明日か明後日には皇帝に謁見するため、城に出向かなければならないでしょう」
「そうですか……、分かりました」
「私も一緒に行くからね? 安心しなさい」
グレゴリーはエミリアーナの顔を覗き込む。
「その後、先の予定を決めましょう。リリーさんもまだ侯爵邸には到着していないようですから。
他に気になることはありますか?」
「あるはずなのですが……。一度に沢山のことを知ってしまったので」
「何か気になれば、その都度尋ねてください」
ハイゼンはエミリアーナに微笑んだ。
「分かりました。ただ……」
「ただ?」
「母は全てを予知していたのでしょうか? 知っていたのなら、何故教えてくれなかったのでしょう?」
彼女の言葉に全員が黙り込む。
「……確かなことは言えませんが。知っていたとして、俺なら別の方法を考えますね。家族のために」
「そうですよねぇ。グレゴリーさんは公爵家の嫡男でしたから。相談ぐらいはすると思いますよ?」
「そうでしょうか……」
エミリアーナは俯いてしまう。
「お前の母はそんな人ではないよ? 分かっていたなら全力で阻止したはずだ」
グレゴリーは彼女の目をじっと見つめ、強く抱きしめた。
ふたりの様子を眺めていたママコルタが口を開く。
「我々がここに来た目的についてまでは、書かれていませんでしたね。ほら、婚姻がどうのって手紙に書いてあったでしょう?
もしかすると、断片的に見えるのかもしれないですねぇ」
「そういえばそうだったな……。衝撃がデカすぎて気にならなかったが」
「でしょう? エミィ嬢きっとそうですよ」
ハイゼンとママコルタに言い含められ、エミリアーナは頷く。
「婚姻と言えば……。証拠の書類が侯爵家に届けば、婚約解消は問題なく出来ると思いますよ」
ハイゼンは気を取り直して、彼女に声を掛けた。
「あの、その件ですが」
チラチラとエミリアーナを見るママコルタは、言いにくそうにしている。
「なんだ、どうした?」
「私に遠慮しないでください、ママコルタさん」
彼はエミリアーナに頷くと、息を吐き出した。
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