35 盗賊と、空を翔ける鳥(あと、指笛選手権)
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「ねぇ、指笛って吹けるのかしら?」
「指笛ぇ?」
「俺っち出来るっすよぉ!」
彼らはポカンと呆気にとられるが、ハンターは両指を口に当てるとピューっと吹いてみせた。
「凄いわね、ハンター。私、実家の侯爵家との連絡に鳥を使っていたのよ」
そう言うや否や、エミリアーナは窓を開け指笛を吹く。調子に乗ってハンターも吹き続けた。
「姉さん、上手っすねぇ! げへへへ」
「へえぇ! お嬢様のエミィがかい? でも何で手紙じゃなくて、そいつを使ってたんだ?」
デリーは珍しそうに、目を丸くしている。
「辺境伯の屋敷では、私宛の手紙は全て中身を確認されていたの。
バートの様子がおかしかったから、調べてもらえるように実家の父に依頼していたのよ」
「はあぁ? なんだそりゃ……。エミィも苦労してんなぁ」
ジャハがぼそっと呟いた。
エミリアーナとハンターは、競うように二人で指笛を吹く。
ピイィーと鳴き声がして、バサバサとアイビスが舞い降りてくるのが見えた。
「おわっ! 何だ!」
「アイビス! ここまで来てくれたの?」
驚くアイオロスを尻目に、アイビスは窓枠に止まった。ピ!と鳴く彼の背中を、エミリアーナは愛おしそうに撫でる。
「そいつがエミィの言ってた鳥か? ちょっと触ってみてぇんだが、いいか?」
「ええ、大丈夫よね? アイビス」
「ピ!」
デリーは恐る恐る、そっとアイビスを撫でた。俺も俺もとアイオロス以外はアイビスを撫でる。
「うおぉ! 可愛いじゃねぇか」
「アイオロスも撫でてみたら?」
エミリアーナに勧められたが、彼は鳥が苦手なようだ。
「この子を使って手紙をやり取りできないかしら? アイオロス」
「なっ! 俺は無理だぞ」
「俺達でやるっすから、頭目は何もしなくても大丈夫っすよぉ。げへへへ」
エミリアーナは手紙の入れ場所や気を付けることなど、幾つか彼らと確認をする。いつの間にか外は夕暮れになっていた。
窓の外から、聞き覚えのある声が響いてくる。
「どこですかっ……! ハァッハァッ……、返事をしてください!」
窓からエミリアーナはひょこっと顔を出して、元気よく彼に手を振った。
「あっ、ゼン! ここよ、ここ!」
「いたっ! あ? ……そいつらからすぐに離れてください!」
彼は叫ぶと同時に勢いよく地面を蹴ると、全速力で彼女の方へ走ってくる。
「うおぉ! アイツやべぇ奴じゃねぇか! こっちに向かって来るぞ!」
「大暴れしてたヤツだろ? エミィ、どうにかしてくれぇ!」
ジャハが叫ぶと、デリーも外を覗き込んで頭を抱えた。
「ふふふふ」
「あははは。姉さん楽しいっすねぇ!」
エミリアーナは気が抜けてしまったのか、彼らの慌てようにハンターと笑っていた。
◇◆◇◇◆◇
「話は理解しましたが、あんまり危険なことはしないでくださいよ……」
エミリアーナの頭の上から、ゼンの低く心地よい声が響いてくる。
あれからアイオロス達4人と別れ、今は彼の乗ってきた馬にふたりで乗っていた。
周りを警戒しなるべく姿を見られないようにと、ゆっくりと進む。辺りが薄暗くなり始めたのは好都合だった。
「だってしょうがなかったんですもの」
「それは分かりますが、貴方が率先して馬車の外に出てどうするんですか」
「ふふふ、それはごめんなさい」
「まったく……、笑い事じゃないですよ? 俺も思ったより手間取ってしまったので、申し訳なかったですが」
馬の歩みに合わせエミリアーナの背中に彼の固い胸板があたり、相当鍛えられているのが分かる。
彼女の腰に回した腕に力を込めて自分の方に引き寄せると、彼はエミリアーナの肩に顎を乗せ耳元でそっと囁く。
「俺がどれだけ心配したと思ってるんですか、ちゃんと分かってます……?」
彼の息が耳にかかりくすぐったいのとゾクゾクする初めての感覚に、エミリアーナは驚いて彼から身体を離そうとした。
ゼンは逃がさないとでもいうように更に腕に力を込めて、また耳元で囁く。
「駄目ですよ、俺から離れないでください。落ちて怪我でもしたらどうするんです? もっとくっ付いて」
「……し、心配掛けてごめんなさい。みんな無事だったのよね?」
「ええ。リリーさんは頬にベットリ血が付いたまま、暴走する馬車を操って飛び込んで来るし。
中にいたおふたりもドレスに血が付いていて、肝が冷えましたよ」
「3人とも怪我は無かったかしら?」
「それは大丈夫でしたよ、確認しましたから。御者は打ち身だらけで気絶していましたが。
お嬢様おふたりで、御者の身体が床に叩き付けられないように必死に押さえていらっしゃったそうです」
「まあ! そうだったの。3人とも頑張ったのね。貴方は本当に酷い怪我はない?」
エミリアーナは、無事に彼女達が屋敷に辿り着いたことに安堵した。
「ありませんよ。多少の擦り傷はありましたが、さっきお嬢様に治していただきましたし」
「御者の男性は出血が酷くて治療はしたけれど、打ち身までは治せなかったのね。
もう少し時間を掛けた方が良かったかしら? 可哀想なことをしてしまったわ……」
目の前でしゅんと肩を落とす彼女を、ゼンは真顔で見つめた。
「……いや、そんなことは無いと思いますよ?」
「せっかく聖女として役に立てると思っていたのに、どんどん力が弱くなっていって。本当に駄目ね」
「そうだ。俺が渡した形見は持っていますか?」
「え? ええ、ここにあるわよ」
エミリアーナは手提げ袋に手を突っ込み、中身を探る。
指輪が手に当たる感触がして彼女はぎゅっと握り締めると、落とさないようそっと袋から取り出した。
「これ、母の形見って本当なの?」
「ええ、そうですよ。貴方の母上様がお持ちになっていた物です」
「なぜ貴方が持っていたの?」
「送られてきたんですよ、侯爵家の屋敷に」
「差出人は誰? どういうことなの?」
「差出人は……帝国の公爵家です」
ゼンに説明してもらうが、エミリアーナはわけが分からなかった。
「追々説明します。それよりもまずはこの領地を脱出しましょう。アイオロス達と打ち合わせしたでしょう?」
「ちゃんと覚えているわ。じゃあ、実家の侯爵邸に戻るのね?」
「いえ、貴方と合流する前に旦那様から連絡がありました。侯爵家の屋敷にも見張りがいるそうです」
エミリアーナは息を呑む。
「恐らく狙いは貴方です、以前から周到に準備していたんでしょう。……なりふり構わなくなってきたな」
「そんな……まだバートは私を売り飛ばす気なのかしら?」
「見張りは貴方に逃げられた場合を想定してのことでしょう。今はまだアイオロス達が時間を稼いでくれていますから。
打ち合わせ通りにお願いしますよ」
「ええ、分かっているわ。
ねぇ、前から不思議に思っていたのだけど、アイビスはどうして私がいる場所が分かったのかしら?」
「ああ、あいつは貴方を常に追跡してますから」
「えっ?」
「アイビスは、貴方専属なんですよ」
「……そ、そうだったの。それで私が監禁されていた家が分かったのね」
エミリアーナは狂気的なものをうっすら感じたが、怖くなってそれ以上は何も聞かなかった。
「でも、アイオロス達にも慣れてくれて良かったわ」
「それは別のヤツです、旦那様からの手紙を運んできたんですよ。貴方の指笛に誘われたんでしょう。
アイビスは俺に貴方の居場所を教えに戻ってきていましたから」
「えっ! 他にもいるの?」
「ええ。侯爵邸にはアイビスを入れて、十羽程度いますよ」
「そんなにいるの!?」
いつの間にそんなに増えたのだろうか、エミリアーナは一切知らなかった。
「アイビスばかりを頻繁に飛ばすのも可哀想ですから。帝国の知り合いからできるだけ多く譲ってもらったんですよ。
あちらでは多く飼育されていますから。ちなみに彼らは軍使鳥と呼ばれています」
「軍使鳥? 知らなかったわ。まるで軍隊で使われているような名前なのね?
でも窓辺に飛んできた子は、アイビスって呼ぶと返事をしていたわよ? 皆、同じ名前を付けているわけではないでしょう?」
「ああ、それはアイビスの後ろに目的地やルートにちなんだ名前を付けてます。
アッシュ坊ちゃまや旦那様専属の軍使鳥には、おふたりの名前が付けてあるんですよ。
それから昔は帝国の軍で使われていたそうです。名前はその名残かと」
「なるほどね……よく考えてあるのね」
エミリアーナはつくづく感心してしまった。
「思いのほか旦那様が彼らを可愛がっておられまして、餌やりから小屋の掃除までされています。
最近では彼ら専用の部屋を用意して、止まり木なんかを大工と一緒に設置していましたよ」
「ふっ、ふふふ」
「笑い事ではありませんよ? 卵をふ化させて、更に増やそうとされているんですから」
「それではアイビスのように、貴方が訓練するのも大変ね。ふふふふ」
エミリアーナは両肩と頭にアイビス達が乗った父親を想像して、笑いが止まらない。
「ただ単に愛でるために飼うそうです。そのうち、鳥御殿が建ちそうですよ」
「では父は近いうちに、鳥侯爵って呼ばれるわね」
彼女がそう言うと、彼も一緒に笑った。
「お渡しした指輪は、肌身離さず持っていてもらえますか?」
「え? ええ、分かったわ」
彼女が無くさないように指にはめるのを、ゼンは確認する。
「私がこちらへ来た理由は、貴方から依頼されていた調査書を届けることと護衛です」
「ありがとう。でも調査書を見るまでもなかったわね?」
「ええ、かなり急いで来たんですが……、間に合いませんでしたね」
「そうでもないわ。貴方がいなかったら、今頃どうなっていたか分からなかったわ」
エミリアーナはふうと大きく息を吐く。
「貴方とリリーさんを侯爵家へ連れて帰ることも、旦那様から指示されていました」
「当然よね? 私が父の立場でもそうしていたわ。でも婚姻届が城で受理されてしまったら、簡単には離縁出来なくなるわね……」
「それについては、旦那様に考えがあるようですよ。ですから安心しろと仰っていました」
「分かったわ。……もうすぐ屋敷に到着するわね」
二人を乗せた馬は辺境伯の屋敷に近づいていた。
「ええ、手はず通りにいきましょう。彼女が気が付いてくれているといいんですが」
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