28 エイシャ、それは幻じゃないの?
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辺境伯の屋敷に滞在し始めてから、エイシャは手紙を頻繁に書いていた。
「アダリナ。実家と叔母様に心配しないでって手紙を送っておくわね」
「ええ、お願いね。……最近あの男性は見かけてないの?」
「ええ、諦めてくれたみたい。やっと安心して生活できるわ」
今日エミリアーナは、姉妹と一緒に街へ買い物に出掛ける約束をしていた。
3人はリリーとともに馬車に乗り込んで出発する。もちろん数名の護衛が付いている。
「リリー久しぶりね、出掛けるのは」
「ええ、そうでございますね」
「エミィ姉さん、今日はどのお店に行く? 私、お揃いのアクセサリーが欲しいわ」
「じゃあ、お勧めのお店を教えてくれるかしら?」
こういったことは詳しい人に任せる方が安心だ。ふたりは任せてと得意げだった。
「エミィ姉さん、いつもそのネックレスを付けているのね? 指輪もだけど」
「大切な物なのですか?」
「ええ、大好きな人に頂いた物なのよ」
ふたりは以前から気になっていたのだろうか、興味津々だ。
エミリアーナはそっと指輪を撫でる。
「ネックレスに付いている石は、不思議な色をしていますね?」
「そうでしょう? でも石の名前は聞きそびれてしまって分からないの」
「ふうん……。いいわ、私達は3人でお揃いの物を探しましょうよ」
アダリナは、エミリアーナの首元をじっと見つめている。
エイシャは案外やきもち焼きだった。4人でお喋りしていると、あっという間に店の前に到着する。
この店にふたりは何度か来店したことがあるそうだ。
彼女達に引っ張られて店の中に入ると、ショーケースに様々なアクセサリーが並べられている
「このお店、女性に人気なの。あら、いつもは人で一杯なのに……。今日は空いているのね?」
エイシャが店の奥から出てきた従業員に、カウンター越しに話しかける。
年の頃は40代の、物腰柔らかそうな男性だ。少し白髪が目立つ髪をオールバックにしている。
後から菫色の瞳の女性が出てきて、彼女達を担当してくれるらしい。明るい向日葵色の、綺麗なストレートブロンドが美しい。
「いらっしゃいませ。お陰様で多くのお客様にご来店いただいております。
この時間はわりと空いていることが多いのですよ。……皆様、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
女性従業員は目を細め、貼り付けた様な笑顔で微笑んだ。
「こちらは如何です? よくお似合いですよ」
女性従業員が、色とりどりのアクセサリーをケースの上に並べる。
エイシャはエミリアーナの瞳の色と同じ、琥珀色のネックレスを手に取った。
「エミィ姉さんの瞳の色と同じ物がいいわ」
「貴方達にはもう少し明るい色がいいのではなくて?」
「私も同じがいいのです」
隣でアダリナも頷いている。
決めかねていると女性が一旦奥へ下がり、トレイを持って戻ってきた。
「こちらの商品ですが、先ほどご覧になったネックレスと同じ宝石なんです。
こうやって光に当てると、青や薄い緑色に変化します。
女性に人気の商品で、昨日入荷したばかりの新しいデザインなんですよ」
「これがいいわ! ねぇ、アダリナもそう思うでしょ?」
トレイの上には、髪飾りやイヤリングなど数点用意してあった。
エイシャは大喜びで、アダリナも気に入ったようだ。
「これにしましょうか。ふたりはどれがいい?」
「私はイヤリング!」
「では、私はネックレスをお願い致します」
「私は……、指輪にしようかしら?」
3人ともすぐに決まった。
「お包み致しますので少々お待ちください。
あちらのお席に、香茶とお菓子をご用意しております。是非ご利用くださいませ」
「私は先に支払いを済ませるから、ふたりで先に行っててくれる?」
エイシャとアダリナははぁいと返事をして、いそいそと席へ向かう。
「ありがとうございました。またよろしくお願い致します」
「さっきのアクセサリー、内緒でブローチも包んでもらえるかしら?」
「畏まりました」
エミリアーナがこっそりと小さな声で言うと、女性はにっこりと微笑んだ。
「そのネックレス、変わったお色ですのね?」
女性はじっとエミリアーナの首元を見つめている。
「ええ、頂き物だけど」
「そうでしたか……。因みにどちらで作られた物です?」
「それが、聞きそびれてしまって分からないの。この指輪もその方に頂いた物なのよ」
「……左様でございましたか。少し拝見してもよろしいですか?」
「……? ええ、構わないわ」
エミリアーナはネックレスと指輪を外し、女性に手渡す。
「なるほどねぇ……」
「どうかしたの?」
女性従業員は、ネックレスをエミリアーナに見せる。
「いえ、こちらの石に少し汚れが付いているようです。よろしければ無償で綺麗に致しますよ?」
「まあ、そうなの。ではお願いするわ」
いつの間にか男性従業員が女性の後ろに立っていたので、エミリアーナは内心驚く。
彼は灰色の瞳で、女性の手元をじっと見つめていた。女性は気になるようで、ちらちらと彼を見ている。
「さあ、綺麗になりましたよ」
「まあ、本当ね。ありがとう」
手渡されたアクセサリーは、以前よりも澄んだ色をしていた。
エミリアーナがお礼を言って指輪をはめると、女性はネックレスをつけてくれると言う。
彼女はカウンターから出て彼女の後ろへ回ると、留め金を留めてくれた。
「……ベルカハラアルゼ」
「えっ」
「無事を祈るおまじないですよ。私の育った地方で言い伝えられている言葉です」
「そうなの。ありがとう」
「さあ、あちらでお茶をどうぞ」
女性従業員は、エミリアーナをソファで待つふたりの元へと案内した。
「ありがとうございました、お気を付けてお帰りください」
お辞儀をする従業員に見送られ、エミリアーナ達は店をあとにする。
「エミィ姉様、ありがとうございました」
「ありがとう、エミィ姉さん」
「貴方達が気に入る物が見つかって良かったわ」
彼女も久々の買い物を楽しめたようだ。
「ここよ、入りましょ?」
「ふふ、エイシャは楽しそうね」
彼女がお勧めする最近話題のカフェに入る。
窓際の席に案内されると、店自慢の特製アップルパイがまだ残っているそうだ。
「ここのアップルパイは、なかなか食べられないのよ?」
「そうなんです。今日は良いことばかりですね」
エイシャとアダリナはいいことづくめで、多少興奮気味だ。
「まあ、そうなの? ではお土産に少し買って帰ろうかしら? ね、リリー」
「畏まりました。店員に伝えて参ります」
リリーはすぐに席を立ち、カウンターへ向かう。
「リリーさんのような方が、いつも側にいらっしゃるって羨ましいです」
「私もそう思ってた! いいなぁ……」
「ふたりには侍女は付いていないの?」
「うちはお金が勿体ないからって、お母様が」
「そう……、お母様が仰るのなら仕方がないわね」
エイシャは拗ねたように頬杖をつく。
「でも今はエミィ姉さんがいるからいいの」
「そうです。ずっとお会いしたかったんですよ? 私」
「ありがとう。リリーとも仲良くしてね?」
もちろんと言うふたりの手を、エミリアーナはぎゅっと握った。
エイシャは他の店にも寄りたそうにしていたが、遅くなってしまったので次回にすることにした。
カフェを出て馬車に向かって歩いていると、突然エイシャが悲鳴を上げる。
「キャアァ!」
「!?」
「どうしたの!? エイシャ!」
エミリアーナがすぐに彼女の側に駆け寄り抱きしめるが、エイシャは腕の中でブルブル震えている。
すぐに彼女達の周りを護衛が囲んだ。
「落ち着いて、エイシャ。どうしたの?」
「あ、あのお店の前にアイツがいたわ!」
彼女が指差した方を何度も確かめるが、姿が見えない。
「誰もいないわ。大丈夫よ、エイシャ」
「い……いたの! 絶対に間違いないわ!」
「誰か確認を!」
リリーが叫ぶと護衛達が駆け出し誰もいないことを確認するが、エイシャの震えは止まらない。
「本当にいたの! お願い信じて!」
「エイシャ、疑っていないわ。安心して」
「そうでございますよ、エイシャ様。貴方を信じています」
リリーも彼女を落ち着かせようと声をかける。エミリアーナは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「リリー、すぐ出発するわ! アダリナもこっちにいらっしゃい」
「畏まりました!」
彼女達はそのまま馬車に飛び乗った。どんなに言い含めても、エイシャは絶対にエミリアーナから離れようとしない。
あやすように彼女の背中をポンポンと軽く叩いてやる。
「もう大丈夫よ、ね?」
エイシャは唇を引き結んで今にも泣き出しそうだった。彼女をじっと見つめていたアダリナが話を切り出した。
「彼に付き纏われている理由を、そろそろ教えてくれても良いんじゃないの? エイシャ」
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