15 整理券と、神殿カフェ開店中?
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翌日学園でいつものように講義を終えたエミリアーナは、馬車に乗って神殿へと向かっていた。
リリーがウトウトしていた彼女を優しく起こす。
「お嬢様、そろそろ着きますよ」
「あら、ごめんなさい。いつの間にか眠ってしまっていたわ」
「馬車の中では私とふたりきりなのですから、気を抜かれても構いませんよ」
「それもそうね、ありがとう」
エミリアーナは卒業を間近に控え少し気が抜けてしまったのか、最近ウトウトすることが増えていた。
彼女は窓の外を見ると、ふうと息を吐く。神殿前に到着し、リリーと共にエミリアーナは馬車を降りた。
中へ入ると、昨日少年を案内してきた若い神官が駆け寄ってくる。
「こんにちは、聖女様」
彼はペコリと頭を下げると、持っていた包みをリリーに手渡した。
リリーが不思議そうに包みを見る。
「これは……?」
「お城の方が持ってこられました。ティアナ様からだそうです」
「あ! ちょっと! 全く……落ち着きのない方ですね」
彼はまた頭を下げ足早に去って行く。
あっという間にいなくなった神官に苦笑しながらも、エミリアーナはリリーと包みの中身を確認する。
小さな箱の中に菫色の宝石がはめられた指輪が、手紙と共に入っていた。
「まあ、素敵な指輪ね」
「お嬢様、お手紙をお読みになりますか?」
細身のシルバーのリングに、繊細な細工が施してある。
彼女はリリーに小箱を渡し、小さめに折りたたんである手紙を広げ目を通す。
丁寧な挨拶から始まりティアナの王城での暮らしが思っていたより辛いことや、エミリアーナの体調を気遣う内容が書かれていた。
同封してある指輪は、エミリアーナが彼女へ贈った髪飾りにはめられていた、宝石のひとつを指輪に加工したらしい。
エミリアーナがそっと指にはめると、日の光に照らされてキラキラ光った。
「見て、リリー。すごく綺麗だわ」
「よくお似合いですよ」
「屋敷に帰って、お礼の手紙を書くわね」
彼女が指輪を眺めてうっとりしていると、こちらへ近づいてくる足音がした。
リリーが気付いて挨拶をする。
「お勤めご苦労様です」
「ママコルタさん、こんにちは」
「今日なんですが、また悩める子羊の相談にのっていただきたいんです」
彼は不思議そうな顔をするエミリアーナの前まで来ると、ひそひそと話す。
「実は昨日の少年の話があちこちで話題になっているんですよ。ぜひ自分も相談にのって欲しいと言い出す者が押しかけてます」
「えっ、そうなんですか? でも一度に何人もお相手するのは無理だと思いますよ?」
エミリアーナが驚いて聞き返す。ママコルタは自慢げな顔をした。
「それについては対策してますから大丈夫ですよ! 一日ひとりずつ順番ですから。
それに皆さんには、整理券を1枚ずつ配布してますからね、逃げられませんよ? さあ、早速お勤めを始めていただきます」
「……き、鬼畜の所業ですね」
「まあまあ! お嬢様が大人気ですわ!」
リリーはエミリアーナの人気が復活したのが嬉しいらしい。ママコルタとリリーに背中を押され、彼女は前と違う部屋へ連行された。
この部屋の他にも同じような造りになっているものが幾つかあるようだ。
中へ入ると以前とは違い花茶にお菓子、時間を潰すための書物が置いてある。
「……お嬢様、前とは待遇が違いますわね?」
「え、ええ……。随分豪華になったものね」
「ママコルタさん? どういうことですか?」
「あ! ええと前はほら、部屋が空いてなかったんですよ。これからは貴方の頑張り次第でもっと豪華になりますよ!」
リリーは不機嫌さを隠そうともせず、ママコルタに食ってかかる。
「リリー、仕方が無いわ。私の神聖力は弱まってしまったんだもの」
「お嬢様……。それでも貴方は聖女ですわ」
「はぁ……、すみません。我々下っ端は、指示に従うことしかできないんですよ」
「ママコルタさんのせいではないわ。気にしないで」
「そうですか? ……では本日の子羊をご案内してきますね」
ママコルタはそう告げるとサッサと部屋を出て行った。
リリーも退出しひとり取り残された彼女は、前回と同じように椅子に腰掛けお菓子を口に放り込んだ。彼女はお腹が空いていたのだ。
しばらくすると杖をついた老齢の男性が、向かいの部屋へ入ってきた。
「どうぞ、おかけ下さい」
エミリアーナが椅子に座るように勧めると、彼は被っていた帽子をとり慣れた仕草で紳士の礼をする。
彼女は彼の立ち居振る舞いで貴族だと察した。エミリアーナも挨拶を返すと彼は椅子に腰掛ける。
聖女だと分かると拐かし等起こる可能性があるので、今日彼女は神殿から支給されたシスターの服を身に付けていた。
顔を見なければ聖女だと誰も気付かない。部屋に用意されているお茶やお菓子もそうだが、待遇が前よりマシになったようだ。
「今日はどうされましたか?」
「ご相談があって参上した次第です」
エミリアーナが老紳士に問いかけると、彼は礼儀正しく答えた。
「実は我が家の使用人から、ホニという少年の話を偶然聞きましてな?実に些末なことですが、私の悩みも女神様のご意思に委ねようと思いまして」
「そうでしたか。差し支えなければ具体的な内容をお聞かせくださいますか?」
「ええ、もちろんです」
老紳士は居住まいを正すと、ポツポツと語り出した。
「実は帝国に、長年交流している夫婦がおるのです。今は遠く離れておりますし、お互い年を取りましたから手紙のやり取りがほとんどですが。私は若い頃に帝国に留学していた時期がありましてな。彼らとはその時に通っていた学園で意気投合したのです」
老紳士は懐かしそうに目を細め、口元を綻ばせる。
「妻の方は学園の高嶺の花でしたので、友人であるアイツと婚約した時は正直恨んだものです。
留学を終えて私はこの国へ戻りましたが、手紙のやり取りは続いていました。
ところが最近妻の方から私宛に手紙が届きまして、病を患ってしまい長くは生きられないそうなのです」
「まあ、それはお気の毒に」
エミリアーナには、老紳士の声が少し震えているように感じた。
「元々彼らの実家はそれ程裕福ではなく、結婚してからもふたりとも働いておりました。
親から受け継いだ僅かな領地はありましたが、収入はほとんど無いようなもので毎日忙しくしていたようです。
妻の方は何処かの屋敷の乳母をしていましたが、高齢になったため辞めたと聞いています」
彼はゆっくりと息を吐き出した。
「その後届いた手紙で領地と爵位を国に返還し、余生はふたりで過ごそうと考えていると聞いておりました。
残念なことに子息も亡くなってしまいまして、家を継ぐ者は誰もいなくなったそうです。
ただ彼女は今まで夫に秘密にしていた事があるらしく、家族の事を考えるとどうしても言えなかったと。
自身の死を意識した時にこのままではいけないと思った、とそう手紙には書いてありました」
「その秘密の内容はお聞きになったのですか?」
エミリアーナは彼の話を神妙に聞いていたが、老紳士が黙り込んでしまったので声をかける。
「いえ、私も詳しくは。ただ人の生死に関わる事らしく、夫以外には話したくないそうです」
「そうでしたか」
「はい、話すか話さないか。中々決められず、私のことを思い出し手紙をくれたという訳です」
「なるほど、承知致しました」
この話の内容をママコルタも聞いて知っているのだろうか?
自分が判断していいものかエミリアーナは分からず、考えあぐねている。
「私も内容が内容だけに決めかねているのですよ。ですので是非女神様にあと一押ししていただきたい。
家の使用人が言うにはカードを使われるとか。どうかお願いしたい」
「私もまだカードを譲り受けたばかりで扱い慣れていないのです。参考程度にと考えていただけると言うのであれば」
「ええ、承知していますよ。占っていただけることに意味があるのです」
「では用意致しますので、少しお待ちいただけますか?」
老紳士が真剣にお願いするのでエミリアーナは困惑していたが、どう断っても諦めない彼を説得するのは無理だと思った。
彼女はカードを取り出し、テーブルの上に広げ始める。実はホニの件以降、毎日少しずつ練習を重ねていたのだ。
エミリアーナは老紳士に数枚のカードを順番に引かせ、テーブルに並べていく。
「これはふたつの選択肢を示しています。こちら側が打ち明ける方、反対側は沈黙です。
……今回は深刻なご相談とお見受け致しましたので、カードの枚数を増やしています。いまから捲っていきますね」
彼女は1枚ずつカードを表に返していく。老紳士は黙ったまま静かに成り行きを見守っていた。
エミリアーナは全てのカードを捲り終えると、慎重にその意味を確認する。
彼はカードを見つめて口を開かない彼女がもどかしくなったのか、答えを催促した。
「どうでしょうか?」
「あ、申し訳ありません。まず最終結果ですがどちらを選んだとしても、ご夫人が不利益や不幸になる事はなさそうですよ」
エミリアーナはほっと安堵している彼に説明を続ける。
「今現在は雁字搦めの状態ですね……。ただ結果に至るまでの経過が、辛いものになる可能性はどちらもあります。
まず配偶者の方に打ち明けた方の選択肢ですが。近い未来大切な物をなくしてしまう程、大きな衝撃がありそうです。
このカードが近い未来、こちらがもう少し先の未来です。このカードが事の大きさを物語っていますね。
しかし最終的にはそれを補って余りあるくらいの、非情に良い最終結果が出ています」
エミリアーナは説明しながら、1枚ずつ彼にカードを提示する。
老紳士は頷きながら彼女の話に聞き入っていた。彼女は見やすいように彼の前に残りのカードを移動させる。
「ここまではよろしいですか? では反対側のカードを見ていきますね。
こちらですが、打ち明けない代わりに精神的に苦しい状況になるかもしれませんね。このカード、見るからに辛そうでしょう?」
「確かに辛そうだ」
彼女が指差したカードには、苦渋の表情をした男性の絵が描いてあった。老紳士はそれを食い入るように見ている。
「最終的には現状維持ですね」
「なるほど、何も変わらないがそのぶん心に負担がかかってしまう、ということでしょうかな?」
「はい、そうなると思われます」
彼は黙ってしばらくカードを見つめていたが、決心したように席を立つと深くお辞儀をした。
「ありがとうございました。迷ってモヤモヤしておりましたが、すっきり致しました」
「それは良かったですわ」
「手紙を送って、1度あちらを訪ねてみたいと思います」
「それも良いですね。お会いしてから判断されてもよろしいかと」
「ええ。そうさせていただきます。とは言ってもおおよそ心は決まっておるのですがね」
そう言うと老紳士は杖をつき、扉へと向かう。彼を見送ろうとエミリアーナも立ち上がった。
「では失礼致しますよ、聖女様」
彼はいたずらっ子のように言うと、片手を上げ去って行く。
エミリアーナはしばし呆気にとられたが、意味を理解するとふふっと笑みを零した。
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