第三十六話「裏技 2」
受付の窓口、王都であれば受付のお姉さんが必ず立っているのだが、ここウォーレスの冒険者ギルドは違うようだ。
3箇所ある受付台のどこにも人は立っていない。
昼を過ぎたこの時間、もしかしたら休憩時間なのかもしれない。
奥には人がいると考え、少し大きめの声を張り上げた。
「すみませんー」
声を投げた先から人の気配がする。
「ちょっと待ちな」
しゃがれた声が返ってきた。
少し待つとパイプをふかしながら老婆が気だるげな様子で現れた。
しかし老婆というには足腰はしっかりとし、背筋はまっすぐ伸びている。
そして気だるげではあるが、眼だけはギラギラとしていた。
ギロリと俺は一瞥され、一瞬たじろぐ。
「何だい、依頼かい?」
「いえ、この依頼を受けたくて」
俺の言葉を聞き、眉を吊り上げながら老婆はパイプに口をゆっくりやる。
煙を取り込み、深々と口から白煙を吐き出しながら老婆は言葉を口にする。
「……ふぅ、何を馬鹿言ってるんだ。親はどこだい?」
「いえ、あの、これを……」
知らない地で依頼を受けると、こうなることは想像できていたので、冒険者の証である金属板を取り出し、老婆に見せる。
めんどくさそうに俺の金属板を手に取り、裏面に書かれている名前が刻印されている箇所を見る。
「……アリス・サザーランド。あんたが噂の剣聖様かい。こんなしょんべん臭そうな餓鬼がね」
老婆は金属板を俺の手へと返す。
「それじゃあ、この依頼受ける手続きをお願いします」
改めて受付台に手を付きながら、依頼書を老婆の前へと再度渡すが。
「駄目だ」
「なんで!?」
「やかましい」
ベチっと額の上にパイプが振り下ろされた。
「っいったあああ」
「騒々しいね」
あんたがそのパイプで殴ったからだろ、糞ばばあ!っと叫びたくなるところをぐっと抑えた。
痛みで目尻に涙を溜め、相変わらずパイプで煙を補充している老婆を睨みながら尋ねる。
「……依頼を何で受けれないんですか?」
「こいつはEランクの依頼だ。上位のランクの奴が下の者が受けるべき依頼を潰してたら困るんだよ」
「でも、この時間にも残っているということは誰も引き受ける人がいなかった依頼ってことですよね?」
「そうだね」
「なら、私が受けても問題ないのでは? ほら、依頼が出てるということは困ってる人がいるってことでしょう?」
「それなら心配ないさ。こいつは領主様から受けた依頼だ。つまりあんたのとこの家が出してるもんだ」
「へ?」
改めて依頼書を見直してみると、下の方にサザーランド家の印と、義兄であるエドガー・サザーランドのサインが入っていた。
「まったく。本来であれば冒険者ギルドに依頼するような内容じゃないんだよ。街の近くもご自慢の騎士団で見回ることができないと対外的に宣伝してるようなもんだ。情けない」
……先日見た騎士団の訓練を風景を思い出すと、確かに頼りない。
一部を除いて、武器こそ持ってはいるが、中身は素人に毛が生えた程度と評しても良いレベル。
老婆はふうっと再度白煙で天井に雲をつくりながら続ける。
「まぁ、本当に困ってる人がいるのならもっと緊急度を上げるが、今のところ周囲の村に被害が出たという話も聞いていない。あんたが出る幕じゃないよ。ついでにあんたは何も知らなさそうだから教えといてやるよ」
「?」
老婆の言葉に首を傾げる。
「Aランクってのは私らギルドにとっても貴重な戦力であると同時に、国やその領主にとっても注目すべき存在だ。原則、指名依頼は禁止されているが、高ランクとなるとその括りではない。実力者にしか頼めない依頼というものがあるからだ。だから、高ランク冒険者は今どこで、どんな行動をしているか、照合されることも多い。この意味がわかるかい?」
「……つまり、この依頼を受けると私がどこで何をしているか足がつくと?」
「そういうことだ。あんたの恰好を見た限り、お忍びなんだろ。違うかい、お嬢ちゃん?」
「……お婆さんの権限でこっそり依頼を受けさせてくれたり?」
「何で私がそんなことしないといけないんだ」
「ほら、あそこにある依頼の消化に私が貢献。お婆さん助かる、ウインウイン」
「その理論でいくならお前さんにとってのメリットは何なんだい?」
「えと、依頼の分稼げる?」
答えに老婆は白けた目で俺を見る。
「生活に困っていない貴族の娘が何を言ってるんだい」
「えと、困ってる人が見過ごせないので」
「そんな糞みたいな建前を誰が信じるんだい」
「……こっそり依頼を受けさせてください」
今更な気もするが、ウルウルと瞳を潤ませながら、少女の姿を活かした渾身の演技を行うが。
「アホかい」
「っつたああああああ」
間髪入れず、脳天に再度パイプの腹が振り下ろされた。
頭の芯に響く痛みに耐えきれずうずくまる。
現代日本ではもう滅多にお目にかかることはない、手と言葉が同時に出るやばい人だと今更ながら老婆を認定する。
にしても、反射神経には自信があるにもかかわらず、避ける暇もない見事な一撃。
……必中攻撃、パイプ落としとでもいうスキルがあるのではと疑ってしまう。
「本当の理由を言ってみな?」
「……体を動かしたかった。ついでだから適当にギルドの依頼にある魔物でも狩ろうと思った」
「噂と違って、相当なじゃじゃ馬なようだね」
ふうと白煙を老婆は吐き出しながら、そして再度鋭い眼光が俺を捉える。
「……最近貴重な駒がなくなって困っていたのは事実。それにお前さんの言うようにギルドの依頼がどんどん溜まっているのも事実。暇潰しに協力してやってもいい」
「本当ですか!?」
「ああ、だが条件がある」
「むっ……」
一体どんな条件なのか身構える。
あまりにも無茶な条件であったら残念だが諦めよう。
……まぁ、最悪依頼を受けずに適当に魔物を倒して回ってもいいわけだし。
などと考えながら老婆の条件を聞く。
「あんた、仲の良い貴族はいるかい? もちろんサザーランド家以外でだよ」




