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第五十一話「対価」

 ラフィの登場により、なんとか俺がアリスであることを納得してもらうことには成功した。

 落ち着きを取り戻したレイにまず最初に「服を貸してくれ」と俺は頼んだ。

 いつまでもこのような恰好でいたくはない。

 そもそも俺が服を持っていればこのような頼みをしなくても良かったのだが、頭のどこかで「元の姿に戻れるのかなー」と考えてはいたものの、少女の姿になって濃厚な日々を過ごしていたため、元の姿に戻れた時のことをあまり考えていなかった。

 故に、収納ボックスという便利な物を所持しておきながら、メンズ用の服を一切所持していなかった。

 あるのは女児服。

 どう頑張っても着ることができない服ばかりであった。

 決して好き好んで女性服を着ている変態ではないと主張しておきたい。

 てなわけで、レイに服を貸してもらい着替える。

 執事が着る服しかなかったと申し訳なさそうに言われたが、十分ありがたい。

 ご丁寧に、黒色の上着も貸してくれたが、別に執事をやるわけではないので、上着は着ず、ワイシャツだけを着させてもらう。

 着替えのために案内された部屋には大きな姿見が備えられており、久々に俺の自身の姿を目にした。

 平凡。

 そうとしか形容しようがない。

 変化させられたアリスの容姿は、街でみかけたらつい振り向くような容姿を備えていたが、今の俺は街に埋もれる特徴のない青年である。

 やや眠たげな目がぼんやりと見つめていた。

 アリスとしての面影は、同じ漆黒の髪、そしてアリスの時を引き継ぎ、髪は長いままであった。


「着替えは終わったか?」


 トントンと控えめなノックと共に呼びかけられる。

 レイによるものだ。


「ああ、終わった。今でる」


 出る前に長い髪を収納ボックスより取り出した適当な紐で縛り、部屋を出た。

 レイに案内され別の部屋へ。

 そこにはラフィがすでに座っていた。

 レイに促され、ラフィの隣へと腰をかける。

 その対面にレイは腰をおろす。


「身体の調子はどうだ?」

「うん? これといって、目覚める前と変わらず? いや、アリスの時と違って身体が大きくなったからか、歩くときに若干違和感があるかな」

「そうか。身体に異常はないのだな」


 レイは俺の言葉に大きく頷く。


「では、あたらめて話を聞かせて貰おうか」


 何から話していいものか。

 そもそも、どこまで話していいものか逡巡するが、隠し事を増やすと余計に説明がややこしくなると判断し、正直に話すこととした。

 俺が王国で勇者と呼ばれている本人であること。

 災厄で不死の王(ノーライフキング)を倒した際に受けた呪いで少女の姿に変えられてしまったことを。

 レイはその話を眉間に皺を寄せながら聞いていた。


「にわかに信じがたい話ではあるが……本当の話なのだろうな」


 俺が話終えると、隣に座るラフィへとレイは視線を向ける。

 ラフィはゆっくり頷く。


「全て本当の話」

「そうか……」


 さらに眉間の皺を深めるレイ。

 若いうちから……いや、実際は相当な歳なのかもしれないが、そんな顔をしていたら眉間の間から皺が消えなくなってしまうよと指摘してあげたい。

 そんなことを指摘できる胆力は備えていないが。

 だから俺は場を和ませるつもりで発言する。


「いやー、これまで全く元の姿に戻る方法が見つからなかったからびっくりだよ」


 銃弾がかすめた頬のあたりをポリポリとかきながら。

 当然のように、使ってもらった薬の効果もあり、そこに傷跡は何も残っていない。


「……ナオキは戻る方法あまり探している様に見えなかったけど」

「一応、王立図書館の本は色々読んだぞ……?」

「嘘。どうせ知らない魔術が書いてある魔術書ばかりでしょ」

「うっ……」


 ラフィ、なかなかするどい。

 そんな他愛ない会話をラフィとしていると、レイは大きく溜息をついた。


「イチャイチャするのはいいが、別の場所でやってくれ」

「なっ……! ちがうっ……!」


 ラフィは顔を真っ赤にして抗議する。

 それをしっしとレイはラフィを手で払う。


「信じられないが、理解はした。本題だ。君がナオキでありアリスでもあるといった問題に関しては正直今はどちらでもよい」


 アリスの時には聞くことのなかった淡々とした口調でレイは話始めた。


「君の命を繋ぐために貴重な薬を使ったのだ。精々、その対価に見合った働きを私は君に要求しなければならない」


 高圧的な物言いにも聞こえるが、レイの言わんとすることは理解できた。

 自覚はなく、今も割とピンピンしているので忘れがちだが、その貴重な薬とやらがなかったら命を落としていたと、着替えの最中ヘルプから聞いていた。

 無料でそんな貴重な薬を使ってくれるほど世の中は甘くないと。


「……ちなみにおいくら?」

 

 俗物的な質問ではあるが尋ねずにはいられなかった。

 命を繋ぎ、そして手掛かりさえ掴めなかった、かけられた呪いを解く秘薬。


「値段は……つけられない。まず世の中に流通するものではないからな」


 レイは少し悩んだ表情を見せ、続きを話す。


「一応、君の秘密を教えてもらったことだし、秘薬が何であるかを教えよう。君に使ったものは世界樹の実から造った酒だ」


 レイの言葉を聞き「お酒?」という単語にはてと首を傾げ、横にいたラフィは――


「世界樹の実!?」


 身を乗り出してレイの言葉に大興奮。


「ラフィ、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか! だって世界樹の実だよ!」


 目をキラキラ輝かせ、うっとりとした表情のラフィ。


「君は相変わらずだな……」


 レイは再度溜息をつくのを傍目に、ラフィは語る。


「世界樹の実というのはその名の通り世界樹から成る実で、魔力の塊と言われてるの。しかも、常に取れるわけではなくて、数十年、へたしたら数百年に一度しか地上に落ちてこないすっごくすっごく貴重な品なの」

 

 実物を見たものはほとんどいないらしいが、豊富な魔力を蓄えており万能の薬になると囁かれ、中にはそれを食べれば不老不死を得るなんて言う逸話もあるのだとか。

 故に魔術師としても触媒として大変魅力的であり、ラフィも一度でいいから実物を見て、可能ならば一部だけでも研究に使ってみたい品であると。

 ラフィの熱のこもった解説をレイが遮る。


「ラフィの説明でどれだけ貴重な品かは理解できたか?」

「それは、十分に」


 冷や汗と共にコクコクと頷く。

 命を落としていた可能性もあるが、とんでもない薬を使ってくれたようだ。

 不老不死。

 前の世界でも、そういった霊薬を求めた逸話は数多くある。


「えっ、てことは俺不老不死の力を得たり……?」

「その点は安心してくれ。世界樹の実に、そのような効果はない」

「それは良かった……?」


 朗報なのか悲報なのかわからないが、人外の力を得たということはないようだ。

 予想するに、女王がずっと森国を統治している歴史から民衆の間で世界樹の実には不老不死の効果があるとでも噂されるようになったのではないか。


「ただ、普通の者が世界樹の実を食べれば効果は毒となり死に至るだろう」

「全然良くない!? その実を酒にしたものを俺は飲んだわけだろ?」

「女王陛下が君に使ったということは、使っても大丈夫と判断したのだ。問題はなかろう」


 少し得意気にレイは言う。

 その女王に対する厚い信頼は何なのだと、危うく追い打ちで毒を飲まされていた当事者である俺は抗議したいが、毒を飲まされても毒を飲まなくても結果としては死を迎えてたことを考えると感謝するしかないのだが。


「そうだな。いくらか聞いてはみたが、一個人がお金で払える額ではない品を使ってくれたことは理解した」


 肩を竦めながら言う。


「で、俺に何がお望みだ?」


 レイは対価に見合った働きを要求するといった。

 一体何を要求されるのか全く予想できない。


「アリスに……いや、ナオキにどうかこの森都を守るための力を貸して欲しい」


 要求すると先程は言っていたレイであったが、そう言うレイは頭を下げながら俺に助力を乞うのであった。

 

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