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第一話「旅の計画」

 

 この箱庭を壊してしまいましょう。

 そうすればきっと知らない光景を見せてくれることだろう。

 それはきっととても楽しいことに違いない。



 ◇



「私の故郷に遊びに来ない?」


 光の加減の問題かもしれないが、若干頬に赤みがかかった顔でラフィが言う。

 俺は突然の提案に、目を瞬く。

 ラフィの故郷は長耳(エルフ)族の国、ユグドラシル国。

 その首都は森都ニルディヴィアと呼ばれる。

 森都という名の通り、天まで聳える大樹『世界樹』の下に栄える国。

 ラフィからも話は聞いているし、以前図書館で興味本位に開いた観光本には「死ぬまでに一度は訪れたい国」として紹介されていた。

 写真のないこの世界では文字と挿絵のみではあったが、雄大な自然の下に栄える美しい街並みは俺の心を存分にくすぐる。


(見たい……!)


 人とは贅沢な生き物で、まだ数か月しか過ごしていない王都。

 最初こそ現代日本では味わえなかったファンタジーな街並みに喜んだものだが、日常になり、すぐ見慣れた光景になってしまった。

 そんなことを考えていると、ラフィはどうにも落ち着かない様子で俺の方を見ていることに気付く。


「そ、その無理なら断ってくれていいから……」

「うん、行こう」


 俺が返事をすると、顔を伏せていたラフィはぱっと顔を上げる。


「いいの!?」


 腰を浮かせ、目を輝かせていた。


「ラフィの言う通り、王都で生活する限り、暫く落ち着けそうにないしな。アレクも来るの?」


 と、俺がアレクの名前を出した途端、ラフィの表情が曇る。


「アレクもいないと……駄目?」

「いや、駄目じゃないけど。

 ラフィっていつもアレクと一緒に行動してるからてっきり今回も来るのかと……」

「違う」


 無表情でラフィが断ずる。


「な、ならいいんだけど」

「ナオキは私と二人じゃ、いや?」


 ちょっと拗ねたような口調であった。


「うんうん、嫌じゃないよ。

 ラフィとの二人旅か。それも面白そうだ」

「ならよかった」


 どこかほっとしたように、ラフィは安堵の溜息を漏らす。


「ラフィの故郷って森都ニルディヴィアだよね」

「そう」

「俺はこの世界の土地勘がないけど、王都からどれくらいかかるんだ?」

「転移陣を使えば一瞬」

「ちょっと待って、転移陣って今は」

「ナオキが破壊したから暫く使えない」

「……俺じゃなくて壊したのは野良の竜だから」


 一応訂正しておく。

 そういうことになっているのだ。


「歩くとどれくらいなんだ?」


 改めて聞きなおす。

 俺が以前見た記憶が確かなら、森都は中央大陸西の端に位置していた。

 王都からは中々の距離があるように思える。


「歩くと三か月くらい?」

「三か月!?」

「実際はもっとかかると思う」


 軽い気持ちで旅に同意したが、想像していた以上の日数に目を剥く。

 冷静に考えてみればこの世界には鉄道も、ましてや飛行機もない。

 旅に日数がかかるのは当然であるが。


「そ、そんなにかかるのか」

「うん。でも流石にそんな時間はかけない」


 ラフィは肩にかけていた鞄から一枚の紙を取り出すと机に広げる。

 地図だ。


「王都はここ」


 ラフィが指さすところには赤丸で囲まれている。


「で、ここから南下した先」


 言葉と共に、ラフィが下の方をなぞっていくと南に位置する場所も赤丸で囲まれていた。


”マキナ共和国”


「王都から最も近い転移陣のある都市」

「ああ、なるほど。そこまで行って森都まで転移するってわけか」

「そういうこと」

「王都からここまではどれくらいかかるんだ?」

「街道も整備されていて、王都とも盛んに交易が交わされてる国。

 荷馬車に乗せてもらえれば二十日くらい」


 最初の三か月を聞いた後だと随分と短く思える。


(それでも二十日か。

 せわしい世の中を生きてきた俺にとっては移動時間に数日もかかるなんて考えたこともなかったな)


 災厄の時も長い時間を移動してはいたが、あれは毎日戦いながらだったので移動しているという感覚はあまりなかった。

 初めての長旅になりそうである。


「ここに来て、転移陣を壊したことが悔やまれる」

「どちらにしても次の転移陣が使えるのどうせ一か月後よ?」

「そういえばそうだったな」


 転移陣は月が満ちた夜にのみ使用可能であるということをすっかり忘れていた。


「今から出発すればちょうどいいくらいってことか」

「そう。準備が必要だから今すぐ出発は無理だけど、それでも余裕があるくらい」

「なるほどな。

 具体的にはいつ出発を予定してるの? 俺はいつでもいいよ」


 俺の発言を受けてラフィはジト目。


「ナオキ……そうだとは思っていたけど」

「あれ、俺何かおかしいことを言ってた?」


 首をひねる。

 ラフィは盛大に溜息をつく。


「ナオキは今、王国中で話題の人物なのよ。

 そんな人が誰にも何も言わずにいなくなったらどうなると思う?」

「……騒ぎになる?」


 正解と、ラフィが俺の言葉に頷く。


「自覚のないままなったとはいえ、この国の剣聖であるということは今更くつがえしようのない事実。

 誰かに暫くの間、旅に出るということは伝えておくべき」


 全然考えていなかったが、確かにラフィの言う通りである。


「あと、年長者からのお説教。

 ナオキの剣、受け取ったままお礼を言ってないでしょう? 

 時間もあるのなら一度工房に顔を出した方がいい」

「うっ、確かに」


 ガルネリに依頼した刀。

 見事俺の要望に沿った素晴らしいものを打って貰ったにも関わらずお礼を述べていないどころか、よくよく考えるとお金も払っていない事実に気付く。


「今からでも工房に行くことにするよ。

 ラフィ、忠告ありがとう」

「うん。

 他の旅の準備は私のほうでしとくから、ナオキはそっちを優先して」

「でも、ラフィにばかり準備を頼むのは悪い気が……」

「大丈夫」


 両手をグーにし、ラフィが宣言する。


「旅において私は大先輩。任せて」


 頼もしい。

 そして最近は俺に対しても色々な表情を見せてくれるようになってくれたラフィであるが、その表情は俺が今まで見てきた中で最も素敵な笑みを浮かべていた。

新章スタートです。

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