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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第三章『望まれた世界』

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『ときわの森に棲む魔女②』

 

 ゴーギャンを送り帰し、準備を整えたルオディックとダルウェンが教会へ向かった時刻は、この時期のディアトーラではすでに日が落ちた後だった。もしかしたら、ゴーギャンが責任を感じぐずったのかもしれない。しかし、ゴーギャンを帰したことは、誤りではないのだ。

 もし、魔女に怒りがあるとすれば、ゴーギャンにそれを向けてはならないからだ。

 そのために、クロノプスがあるのだから。

「坊ちゃまはここで」

 暗い足元を蝋燭(ろうそく)の火で照らしていたダルウェンが静かにルオディックを気遣うが、ルオディックはそれを断った。


「心配するな。足を怪我した魔女ひとりくらい、おれひとりでなんとかなるから。それに、『魔女を相手するのはクロノプスの役目』だろう?」

「そうですが、……」


 ルオディックはそれでも退かないダルウェンに、父の頑固さを重ねていた。父もどこか頑なにひとりで進もうとするところがある。そして、その表情も父に似ている。

 どこか、地獄の門番のような雰囲気を持つふたり。ルオディックはそんな風に彼らを思う。

 申し訳ないが、この強面よりも、おそらく自分が相手をした方が、まだ相手を怖がらせないのではないか、という言葉に出来ない理由もあるのだ。


 証言によれば十代前半に見える女の子だったそうだ。

 足を怪我して不安なところに、この顔が近づけば、余計に悲惨なことになりそうな気がする。

 実際、ダルウェンに怒鳴られると、ルオディックでさえ、内心震えることがあるのだから。

 記憶を巡らせても、ルオディック自身が悪人顔だとは言われたことはないし、どちらかと言えば、犬猫、子どもに好かれやすかった気がするのだ。


 だから、彼は平静を装い、言葉を続けた。

「ときわの森にいる魔女のほとんどは『時の遺児』だ。なんの力もない」

 そうして、ルオディックはダルウェンから蝋燭の燭台を引ったくった。


 鍵を開けた扉は簡単に開かれた。

 何かを支えにした跡もない。ただ、そこに魔女の姿はなかった。念のため腰に下げた物に触り、教会内を燭台で照らし出す。

 おかしな箇所がひとつ。

 そう思いながら、青白く闇に浮かぶ女神像に近づく。女神像の上にある出窓が月の光をより蒼く染めるのだ。


 女神像の前にある説教台の上に燭台を載せたルオディックは、そのまま投げ出された梯子に近づいた。

 その梯子は、出窓の掃除のために普段は右端の棚の中に片付けられているものだ。戸のない棚だから、目には入っただろう。

 そして、見上げる。カーテンが引かれて、その隙間から漏れ出る月明かりが、なにかの影に揺れるのが見えた。


 足を怪我していたんだよな……?。

 いるのは確かだろうが……。


 そう思い、梯子をかけ直し、出窓を見上げる。なにかが動く気配がした。

 さて、顔を出さない魔女を、どのようにして誘い出すか。どのようにして、森へ帰っていただくか。

 ルオディックは出窓の奥へ引っ込んでしまった気配を眺めながら考えた。


 ☆


 扉が開く音。そして、人間が入ってくる気配と足音。

 魔女は、ただ息を潜め、冷たい窓に体を添わせる。

 真下に来た。

 そして、再び掛けられた梯子。

 人間がいる。魔女が恐れる人間。


 襲いくる鼓動に胸を押さえ、ただ、動かぬ足を見つめて、時が去るのを待っていた。

 しかし、その人間が声を発した。


「話をさせてくれないか? 私は今ここを預かっているクロノプスの者だ」


 ☆


「私はここを今預かっているクロノプスの者だ」

 ルオディックが見上げた窓には、魔女がいる。魔女の村に住んでいる魔女ならば『クロノプス』の名は知っているだろう。彼はそう思ったのだ。


 しかし、同時に彼女の状態を考える。裏切りだと捉えられれば。事態は最悪になるのだ。

 不意に撃たれたのだとすれば、こちらに対する敵意は高い確率である。足も引き摺っていたと言う。

 まぁ、梯子を登ったのだから、そこは軽い捻挫くらいだったのだろうが。

「怪我の手当てもしたい」

 そこで、自分の腰の物に視線を遣った。

 月の光を吸い込むように鍛えられた刀身を持つそれは、『銀の剣』の模造品であり、かの剣よりも殺傷能力を持つ代物だ。


 銀の剣は鉄を打っているものではないと、聞いている。記憶を記すための物だと。魔女を消すために存在する物ではあるが、ルオディックにはよく分からない代物だった。

 ただ、人間の皮膚くらいは貫けるだろうが、銀の剣が単なる象徴に過ぎないことだけは、確か。

 しかし、魔女にこれが見えていたかどうかは分からないが、まったく説得力がない。


「悪い、怖がらせるつもりはまったくなかったんだ。これはここに置くから、降りてきてくれないか?」

 そう言ったルオディックは、そのまま剣を置いて、音を立てるように蹴飛ばした。


 ちょうど、攻撃を避けて飛び移れそうな場所まで。

 剣は、ルオディックの手の中にあることは確か。

 気づかれるだろうか……。


 ルオディックは、出窓を眺める。僅かにカーテンが揺れる。その隙間から、緑の瞳が揺れるように現れ、消える。

 ルオディックが教えられている魔女の特徴と同じだった。そして、それほど凶悪な雰囲気はない。彼女から発するものは、怯えのみ。だったら……。

 しかし同時に、あぁ、本当に魔女なんだな、という気持ちにさせられる。


 もし、魔女なんかじゃなかったら……。


 どうしてそんな風に思うのか、分からない。魔女の雰囲気を掴んだルオディックが次の句を紡ぐ。

「申し訳ないけど、ずっとここにいられると困るんだ。梯子がなくて降りられなかったのかもしれないけど、もう、大丈夫だろう?」

 そこまで言って、様子を見る。言葉は通じているだろう。軽くなっている腰に手を宛てたルオディックは、そんな魔女に動きがない場合を考えた。


 もし、このまま……

 そんなことを考えた時に、声が頭上から降ってきた。


「ごめんなさい……でも……」

 頼りない声だった。

 言葉に詰まった魔女の声は、意を決したようにも聞こえたが、幼い女の子と言われたそのものでもあった。そして、その内容も。


「足が痛くて降りられないのっ」


 叫ばれるように発せられた言葉と、その小さな顔がルオディックの視線の先に現れたのは同時だった。


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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。ルオディックとワカバの、交互に繰り返される視点から、それぞれの気持ちが螺旋のように交錯する描写が印象的です。 地獄の門番のようなダルウェン、その彼からワカバを守ろうと…
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