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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『風の中にあるふたり①』

 ワカバは二階から窓の外を眺めていた。

 ワカバたちがマンジュに着いた後すぐに雨が降り始めた。しかし、ワインスレーの天候はころころ変わる。だから、ワカバの眺める窓の外にあった雲はすでに風に流れ、今はすっかり晴れていた。


 外気の寒さで曇る窓は、ワカバが手で撫でた後が水滴として残っていて、その水滴と曇りの隙間から見える外は真っ暗だった。それでも、半分と少し欠けてきた月と星が空で瞬く様子と窓辺から洩れ出る柔らかな民家の灯りは、シラクとは違う賑わいともワカバには感じられ、それが少し不思議に思えるのだ。静かだけれど、あの灯りの中は、きっと賑やかなのだろう。そんなふうに。


 そして、不思議なことはもうひとつ。今回滞在するマンジュでの部屋割りはシャナとワカバ、キラとアブデュルだった。どうしてそんな風に戻されたのか、ワカバには分からない。

 キラはアブデュルが好きなのだろうか。

 ただ、今空を見て分かることは、明日は晴れるだろうなということだけ。


「寒っ」

 シャナが部屋備え付けの小さな暖炉をつつきながら、小さく叫ぶ。シャナは寒いのが苦手だ。だから、ワカバたちは部屋の中で籠もっていたのだ。

「ねぇ、ワカバ」

 ワカバが振り返るとシャナが困ったような表情を浮かべていた。

 どこか悩まし気な。どこか笑い損ねたような、そんな顔。シャナにはとても珍しい。

「キャンプでアブデュルとあいつを間違えて声かけたでしょう?」


 あぁ、あの時のことだ。

 ワカバはそう思い肯く。


「あれって、あいつに何か言いたいこととかあったの?」

 やはり、ワカバは肯いて言葉を整理した。

 シャナはその時間を待ってくれる。

「あれは、……端布屋さんの子どもの熱が下がったって早く伝えたくて。わたしの薬が効いたって……伝えたくて。勝手に人間とお喋りしたことを謝りたくて……。だけど、喜んでくれるかなと思って……」


 謝ったら、仲直りしてくれるかなとも思っていたし、嫌いにならないでくれるかなとも思っていた。

 仲直りしてくれたら、一緒にいてくれてありがとうと伝えようとも思っていた。

 黄色い絵本も、ラルーも、マーサも悪いことをした後は謝ればいいと言っていたから。


「ふーん」


 だけど、謝るだけでは取り返しが付かないことがあることも、今は知っている。キャンプで火を出した後から、ワカバはキラとは違うんだとはっきり分かったから。

 だから、きっとあの時からすでにキラとは仲直り出来なくなっていたのだろう。だから、キラはワカバのことが嫌いなのだ。


 そんな風に言葉を止めたワカバに、シャナが力なく微笑んで言う。

「それで、それはあいつに言ったの?」

 まだだった。

 だから、ワカバは頭を振った。

「そっか……」

 そして、シャナは唐突に変なことを言った。


「あたし、あなたのこと結構好きよ」


 ワカバの目が驚いた猫のように見開いた。シャナが、ワカバにとってとんでもないことを言ったのだから、当たり前だろう。人間のシャナがワカバのことを好きだと言うのだから。

 魔女なのに。人間が、魔女を好きだと言う。

 怖くないのに鼓動が早まる。

 悲しくないのに目の周りが熱くなる。胸が締め付けられる。だけど、シャナの言葉はとても温かくて、とても嬉しくて、やはりとてもドキドキした。


 そうだ。嬉しいのだ。

 わたしも、シャナが好きだ。この気持ちが消えない前に、伝えたいと思った。

「わたしもっ……」

 前のめりになって伝えたワカバに面食らったシャナが、いつものように賑やかに笑い出した。

「ばっかねぇ。そう言うことは……。そこで、なんで肯くの?」

 だけど、シャナは笑っていた。

「まぁ、いいわ。あたしも人のこと言えたものじゃないし……」


 その時、扉が叩かれた。ふたりの視線が扉へと動く。ワカバとシャナに用事があるとすれば、隣にいるはずのアブデュルかキラくらいだろう。

「待ってて、開けてくるわ」

 立ち上がったシャナが開いた扉から顔を出したのは、アブデュルの方だった。


 ☆


 アブデュルが出ていった。すでに横になっていたキラは、そんな気配を背中に感じながら、癖のように『現状』を考えた。

 ジャックとして。


 部屋割りを考え直した理由は、マンジュに入る少し前から耳にしていた噂だった。

 シャナの父親は自殺未遂の後、寝たきりになっている。リディアスからのお咎めがなかったのは、そのためだとも言われているくらいの重体らしい。

 だから、彼女たちは魔女のレッテルは貼られていない。

 だが、彼女たちが魔女を追いかけているという事実を掴んだ癖の悪いゴシップ記者が、火のない煙を流したのだ。


 クロード氏の余命宣告だ。


 余命幾ばくもない父のために、魔女狩りに参戦するそのご令嬢。

 ずっと同じ地に滞在することのなかった彼らは、キラ同様、今まで知らなかったのだろう。

 シャナは落ち着いたものだった。そこはさすが、(まじな)いなどに頼ろうとしなかった現実主義なシャナらしい。父を治すには金が必要だと思ったのだろう。だから、ワカバに近づいたのだろうから。しかし、なんの気紛れかその話を聞いてもシャナに変化はなかった。


 しかし、この話を聞いたアブデュルの表情はあきらかに変わった。

 急がなければ……。

 そんな風な。

 ただ、アブデュルの性格上、それを実行するのかどうかは五分五分だと思えたのだ。


 隣の部屋の扉が開かれる音がした。

 相談、というところなのだろう。その結果がどう動くのか次第で、キラのアブデュルに対する行動は変わってくる。

 そこで、キラは息を吐き出した。


 ジャックとしていくら考えたとしても、キラはすでに無情なジャックとして動けないのだ。ここマンジュを最終拠点にしてしまったことからも、それはよく分かっていた。


 ときわの森へ向かうのならば、マンジュではなく、確実にディアトーラへ向かうべきなのだ。

 それはシャナに指摘されたことでもあり、シャナの異議に初めて同意してしまったことでもあった。

 国の大きさ警備の厚み、リディアスとの関わりの深さ、どれをとっても安全を考えればディアトーラの方がすり抜けやすい。

 ディアトーラはリディアスに頭が上がらない。しかし、マンジュほど友好関係を結んでいるわけではない。そして、なによりも魔女として手配されている者であろうとも、受け入れられるだけの器を持っている。


 ワカバの場合など、確実に。

 トーラは畏れ多き『魔女』であり『女神』なのだから。


 例え匿われなくとも、帰りたいという者を帰さない理由などない。確実にときわの森へすんなりと帰されるはずだ。

 今の領主は、父ではなく、継母(はは)マイラの実子である姉のイルイダなのだから。魔女を畏れるはずがないのだ。


 マイラは呪い師の家系だった。そして、トーラの血脈とされる家系だ。

 キラが便利屋として動くようになって、知るようになったことだ。勘ぐってしまうようになったのも、この頃からだった。継母のマイラはいつも優しかった。それなのに、裏切りを感じた。今のキラからすれば、勝手なことだと、なんて甘ちゃんなんだと笑えそうだ。それなのに、未だに区切りは付けられない。

 だから、魔女なんかと関わりたくなかったのだ。


「お姉ちゃんを守ってあげて」という言葉と、ときわの森へ入ることを良しとした継母(はは)


 そして、あの日。

 なにかから解放されたかのような表情を浮かべて沈んだ父。

 だから、キラはどうしてもディアトーラに滞在したくなかったのだ。


 アブデュルは戻ってこない。話は拗れたのだろうか。それとも、説得されているのだろうか。

 ぐっと伸び上がったキラは、窓辺へと近づいた。

 そして、目を丸くした。

 ワカバが寒空の下、散歩よろしくぼんやり歩いていたのだ。


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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。ワカバという存在、「魔女」という存在に、自分の中にある記憶を重ねながら、戸惑いと苛立ちを隠せないキラ。その心の葛藤が、ひしひしと伝わってきました。 「ワカバ」という名…
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