32話「甘やかされた令嬢と赤い目の男」イリオス侯爵令嬢視点
イリオス侯爵令嬢視点
「なぜ、なぜですの……!
なぜエリオット様は私ではなく、あんな年上の女を選んだんですの……!」
バルコニーでエリオット様に叱責された私は、そのまま会場を飛び出しました。
会場を出てからどこをどう走ったのか覚えていません。
気がついたとき私は、廊下の隅にある長いソファーに座っていました。
私が幼い頃からお父様は私に甘かった。
私が「欲しい」と言ったものは全て、買ってくださった。
大きな宝石のついた指輪でも、ネックレスでも、一流のデザイナーが作ったドレスでも、金で出来た靴でも、お金で買えるものは何でも手に入れてくださった。
だけど私が欲しいと思った物の中には、お金で買えないものもありました。
例えば亡くなった祖母が作ったぬいぐるみ、亡くなった職人が作った一点もののアクセサリーなど。
死人を墓から呼び起こして、もう一度同じものを作らせることはできません。
だけど私は、友人が大事にしているぬいぐるみやアクセサリーが、どうしても欲しくてたまりませんでした。
私が友人が持っているぬいぐるみやアクセサリーを指さして、お父様に「あれが欲しいです」と伝えると、翌日には私のものになっていました。
私には手に入らないものは何もありませんでした。
翌日、お友達は真っ赤に腫れた目で、私の持っているぬいぐるみやアクセサリーを恨めしそうに眺めていました。
ですがこれはもう私のもの。
あなた方が持つより高貴な私が持った方がいいと、ぬいぐるみやアクセサリーも言っております。
どんなに高価なものでも、二度と手に入らない貴重なものでも、父は私の為に必ず手に入れてくれました。
私が一番欲しかったのはエリオット様。
彼は公爵家の嫡男で、銀色のサラサラした髪に、アメジスト色の瞳の高貴な顔立ちをしておりました。
彼はスタイルも良くて、頭も良くて、剣術も馬術の腕も一流。
私は一目で彼に心を奪われました。
彼に初めて会ったその日から私は、彼のことが欲しくて欲しくてたまりませんでした。
私は何度もお父様に「彼と婚約したい」と伝えました。
だけど私と彼の婚約は、今日まで結ばれることはありませんでした。
ベルフォート公爵家には当家から何度も婚約を打診をしました。
ですが毎回断られていました。
お父様は、
「エリオット様はまだ幼く、恋のことがわかっていないようだ。
もうしばらく待ちなさい。
待っていれば彼はお前の魅力に気付くだろう。
お前は彼に愛されるために美しさを磨いておけばいいんだよ」とおっしゃっていました。
だから私はお父様の言いつけを守り、異国から美容に良い化粧品や乳液を取りよせ、お肌の艶とはりを保ってきました
艶々の髪も保つように、高級なトリートメントを使いましたし、毎日メイドにブラッシングをさせました。
スタイルを維持するために、バレエのレッスンも欠かしませんでした。
ダンスをした時彼に恥をかかせない為に、ダンスのレッスンにも励みました。
ピアノのお稽古にも、乗馬にも、バイオリンのレッスンにも真面目に取り組んできました。
次期公爵である彼の会話にもついていけるように、社会の情勢や、歴史についても詳しく調べました。
異国からの客人ももてなせるように、異国の言葉も学びました。
服はいつも一流の職人に作らせ、所作にも気をつけてきました。
その努力の甲斐があって皆に、花のようだ、妖精のようだ、彼女と結婚できる男は幸せだ……そう言われるようになりました。
私は非の打ち所がない完璧な淑女へと成長したのです。
あとはエリオット様が私の美しさに気づいて、私のプロポーズを受け入れてくれるのを待つだけでした。
その日はそう遠からず訪れるはずでした。
なのに、それなのに……エリオット様が私の知らないところで結婚されていたなんて……!
なぜなんですの、エリオット様……!
なぜあんな年上の女と結婚なさったの?
彼のお相手が、王女とか、皇女とか、異世界から召喚された聖女だというのならまだ納得できました。
エリオット様の奥方になったのは、四度も婚約されたアメリー・ハリボーテ 元伯爵令嬢でした。
六つも年上の元伯爵令嬢が、エリオット様の結婚相手だなんて、納得できる訳がありません!
私は現実を受け入れられませんでした。
何としてもエリオット様を手に入れたかったのです。
そのためにはアメリー様に消えていただくしかありません。
だから今日のパーティーに取り巻きを連れてきました。
彼女達は使い捨てのコマ。いくらでも代えの効く存在。
彼女たちにアメリー様を攻撃させ、私は見ているだけでいいのです。
万が一、取り巻きがアメリー様を攻撃している所を誰かに見られても、「彼女たちが勝手にやったことです」といえば逃げられます。
なのにアメリー様は、取り巻きがいくら攻撃しても微動だにしませんでした。
それどころか、私の企みを見抜き、反撃してきました。
取り巻きの二人はあっさりと寝返り、アメリー様の側につきました。
その上泣き叫びながら私が彼女を罵ってるところを、エリオット様に見られてしまいました。
エリオット様は信じられないぐらい冷たい目で私を睨み、「二度と俺の前に姿を見せるな」と言い放ちました。
なぜなの?
私に手に入らないものはなかったはずです。
なぜ一番大切なものは手に入りませんの!?
「悔しいですわ!
アメリー様なんて大嫌いです!
彼女なんていなくなってしまえばいいのに……!」
いつしか私は心の声を口に出していました。
「消してあげましょうか?」
誰もいないと思っていたので独り言を聞かれ、ドキリとしました。
「あなたは……誰ですの?」
ソファーの前に立っていたのは、黒い 短めの髪に、燃えるような真っ赤な目をした、私と同じ年ぐらいの少年でした。
彼の顔はとても整っていましたが、どこか人間離れした美しさで、彼の浮かべている笑顔は作り物のように見えました。
彼の真っ赤な瞳に見つめられ、私は背筋がゾクリとしました。
どうしましょう?
彼がエリオット様のお仲間だったら、私の独り言をエリオット様に告げ口されたら、私は今以上にエリオット様に嫌われてしまうわ。
「心配しないでください。
僕はあなたの味方ですよ、イリオス侯爵令嬢」
「どうして私の名前を……?」
「私はあなたの父親から、あなたをの願いを叶えるように言われて、ここに来たのです」
「お父様から?」
お父様の知り合いなんだと分かり、私はホッと息をつきました。
「はい侯爵閣下は、あなたが泣きながら会場から出て行くのを見て、あなたに何かあったんだと思い、僕をあなたの元につかわせたのです」
「そう……でしたのね」
さすが、お父様ですわ。
私のことをいつも思っていてくださる。
「ところであなたは、ベルフォート公爵夫人であるアメリー様が邪魔なようですね。
よろしければ僕が、消して差し上げましょうか?」
「それは……彼女を殺すって意味ですの?」
私は確かにアメリー様を憎んでいます。
ですが、さすがに殺人の依頼まではできませんわ。
「心配なさらないでください。
殺すわけではありません。
二度と公爵閣下の前で姿を見せることがないよう、遠いところに連れて行くだけですから」
「遠い所に連れて行く……?」
それなら殺すわけではないから、罪悪感も少なくて済みます。
彼女がいなくなったら、エリオット様は目を覚ますはずですわ。
そして今度こそ私の美しさに気がつき、私のプロポーズを受けてくださるはずですわ。
「私が依頼したことが、他の誰かに知られることはありませんわよね?」
「もちろんです。
ただあなたはベルフォート公爵夫人の前にいき、このペンダントを見せるだけでいいんですよ」
「ペンダントを……?」
男の手には、真っ赤な宝石のついたペンダントが握られていました。
そのペンダントを見た瞬間、私の頭はぐらりと揺れ、意識が朦朧としてきました。
「さあお嬢様、このペンダントを手に持ってください。
そしてベルフォート公爵夫人の前に行き、このペンダントを見せるのです。
あなたはそれをやるだけでいいのです」
「はい、わかりました……」
私の意識は眠っている時のように深い深い意識の底にありました。
なのに私の体は勝手に言葉を話し、勝手に動いていました。
これではまるで……操り人形のようですわ……。
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