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万能なる霊薬

 右手に持つ刀は、まるで体の一部のように感じる。


 部屋の温度は高く、周囲の光景が揺らめいて見えていた。


 体が上手く動かない。


 火傷で肌が黒くなっている部分もある。


 警戒して身を屈め、今にも跳びかかってきそうな黒虎を睨み付ける。


「……来いよ、猫野郎」


 ダンジョンボスを甘く見ていた。


 これ程までに強いモンスターを倒すからこそ、ダンジョン攻略者は認められるのだろう。


 俺の認識は甘かったと言わざるを得ない。


 既に体は限界。


 強い敵と戦うことで、更に自分も強くなったのは理解出来た。だが、満身創痍では長く戦えない。


 それを察したのか、黒虎の奴は嫌らしく俺から距離を取った。


「この臆病者が。……だが、そんなお前にプレゼントをくれてやる」


 右手を振るう。


 すると、黒虎の背後の壁に大きな傷が入った。


 斜めに入った傷。


 その後、黒虎の血が舞う。


 ダンジョンボスの部屋の中――全てが俺の間合いである。惜しむのは、距離が離れすぎていて、一撃で黒虎を仕留められないことだろう。


 傷口から煙を出しながら、体を再生させていく黒虎が口を開く。


 鋭い牙が見える。


 立っているのもやっとの俺に傷をつけられ、プライドを傷つけられたのか怒っていた。


「逃げたくせにプライドなんか持ってんじゃ――」


 言い終わる前に、黒虎は大きな口から火球をいくつも発射する。


 一発一発が強力な火球は、当たれば吹き飛んでしまうだろう。


「最後まで言わせろよ」


 全てを斬り落とすように刀を振るい、俺に届く前に爆発させる。爆風で体が倒れそうになるのが問題だ。


 部屋中に煙が充満すると、炎が俺に迫ってくる。


 火球で駄目なら、俺を丸焼きにしようと思ったのだろう。


 刀を振るう。


 炎が割れ、その先にいた黒虎に大きな傷を与えていた。


「……糞猫が。こっちは限界なんだ。早く終わらせるぞ」


 柄を握りしめる手間で限界が近付いている。


 壁や天井、床が煤だらけになっていた。


 呼吸をするだけできつい。


 熱い。痛い。眠りたい。


 もう、立っていたくなかった。


 このままでは負けないまでも、大怪我をさせられると思ったのだろう。


 黒虎も覚悟を決めて駆け出す。


 正面からではなく、部屋中を駆け回って俺の攻撃から逃げつつ一撃を加えるらしい。確かに、今の俺は黒虎の一撃に耐えられない。


 だが、この方法を取ったと言うことは、黒虎も俺の一撃を恐れているという意味だ。


 床から壁を駆け始め、そのまま天井を走って翼で空を飛ぶ。


 俺の視線が追いついているのを見ているのか、速度を上げて不意を突こうとしていた。


 フェイントも混ぜつつ、あまりの速さに残像すら見えそうだ。


 だが――。


 今の俺は、集中しているのか時間の流れが緩やかに感じていた。


 刀を少し動かすと、黒虎は勝利を確信したのか俺の視界から消え去る。


 そのままゆっくりと振り返る俺は、刀を振り下ろして呟く。


 もう、叫ぶ力も残っていない。


「……一閃」


 振り返ったその場所には、黒虎が大きな口を開けて俺に食らいつこうとしているところだった。


 お前なら絶対に姑息な手段に出ると思った。


 至近距離。


 刀の刃が黒虎に触れるが、触っている感覚すらない。


 ただ、刃を動かしているだけのような感覚の後に、黒虎は上顎と下顎が大きく裂けていく。


 そのまま体も裂けていき、上下に斬られた黒虎が燃え上がった。


 黒虎が覆い被さってきて、そのまま青白い炎が俺を包む。


 熱くはない。


 だが、体の方はもう限界だった。


 握りしめていた柄の部分が砕け、刃だけが床に落ちて突き刺さる。


 ゆっくりと体が仰向けに倒れていき、俺は天井を見上げた。


「……疲れた」


 視界が暗くなっていく。


 もう、体も動かなかった。






 膝を抱えて座っていた千夏が顔を上げたのは、ダンジョンボスのいる部屋の大きな扉が崩れ去ったためだ。


 跳び上がるように立ち上がり、その光景を見て呟く。


「……太陽、やったの?」


 ダンジョンボスを倒すと、ダンジョンが静まりかえり活動を停止する。


 人が去ると、崩れ去って後には何も残らない。


 千夏は恐怖もあったが、部屋の中に跳び込む。


 そして口元を押さえた。


「何よ、これ」


 通路とは温度差が違いすぎる。


 今まで寒かったのに、ダンジョンボスの部屋は暑すぎる。


 オマケに焦げたような臭いが充満し、千夏はその中で倒れている太陽を見つけた。


「太陽!」


 駆け寄り、太陽の姿を見て唖然とする。


 火傷が酷いというか、左腕や足など黒くなっていた。装備はボロボロ。ほとんど裸の状態である。


 比較的無事な胸元に耳を当てると、まだ小さいが鼓動もあった。


 呼吸もしているが弱々しい。


「あんた……相打ちなんか格好良くないからね!」


 持っている荷物を探るが、すぐに手が止まった。


 応急処置程度でどうにかなる怪我ではないのだ。分かっているが、いつの間にか流れていた涙を拭って道具を探す。


 ただ、持っている薬ではどうにもならない。


 飲み薬は太陽に飲ませようとしても、吐き出してしまった。


「こんなところで死なれたら、私……私……」


 千夏が太陽の側で泣き始めると、部屋の奥から音がした。


 それは宝箱が開く音だ。


 千夏が振り返る。


「そうだ。財宝の中に何かあるかも……何か!」


 駆けだして宝箱に近付くと、千夏は金銀財宝に目もくれずアイテムを探す。


「これは違う。これも違う……こ、これは」


 どれもこれもが、何千万、何億とするようなアイテムだ。


 その中で、千夏は太陽を救える道具を見つける。


 ただし、それは人の言う【エリクサー】……万能の霊薬とまで呼ばれ、究極とまで言われるアイテムだった。


 千夏の手が震える。


「嘘……実物なんて初めて見た」


 教科書に載っていた写真は見たが、実物は綺麗な瓶に入っている。片手で持てる程度の大きさで、中身の液体は綺麗な赤だった。


 まるで見ていると吸い込まれそうになる輝きを放っている。


 エリクサーは人が常に求めるアイテムの一つ。


 一生、困る事がない生活だって送れてしまう。


 何より、この場にいるのは千夏一人だ。


(これがあれば、孤児院のみんなに苦しい思いをさせなくて済む。園長先生も幸せになる。そう、これさえあれば――)


 千夏の中に暗い感情が芽生えた。


 呼吸が乱れる。


 振り返ると、今にも死にそうな太陽の姿が見えた。


 千夏はその場に崩れ落ちる。


「……私、最低だ。ごめんね、太陽」


 エリクサーを手に持って、千夏は太陽に近付いた。


「これはあんたの物だからね。あんたが使わないと」


 蓋を開け、千夏はエリクサーの中身を自分の口の中に注ぐ。液体だと思っていたエリクサーだが、口の中に入れると液体と言うよりも固形……ゼリーのようだった。


(何だろう……凄く変な感じ)


 瓶の中には、一滴のエリクサーも残ってはいなかった。


 不思議な液体だと思いつつも、千夏は太陽の顔に近付く。そのままキスをすると、エリクサーを流し込む。


 口を塞ぎ、こぼさないように……。


 エリクサーは、まるで生きているかのように太陽の体に入り込む。


 つるん、っと音でもするかのように千夏の口から太陽の口へ。


 そのまま体内に入っていく。


 唇を離す。まさか、ここでファーストキスをするとは思ってもいなかった千夏だが、今は太陽を見ている。


(キスは必要なかったかな?)


 エリクサーの様子から、口移しは必要なかったのではないか? そう思った千夏は、口元を拭った。


(少しだけ飲んじゃった)


 すると、太陽が咳き込みだして血を吐く。


「太陽! 大丈夫!? 私の声が聞こえる?」


 咳き込む太陽は、血を吐くと薄ら瞳を開けた。


「……千夏?」


「うん。うん! 千夏だよ。あんた、ダンジョンボスを倒したんだよ。本当にやったよ」


 声をかける千夏は泣いていた。


 太陽の頬に涙が落ちる。


 それを、太陽は左手を動かして触れた。


 腕の傷は再生を始め、炭化した皮膚の下に新しい皮膚が出来ている。体が再生を始め、太陽は千夏に手を伸ばす。


 千夏が太陽の手を握りしめた。


「ごめんね。太陽……本当にごめんね。あんたが一番頑張ったのに、私は……」


 太陽は何か言おうとして、そして笑顔になるとそのまま目を閉じて深く呼吸をした。


「……こういう時のために恰好いい台詞を考えておけば良かった」


 そんな太陽の言葉に、千夏は唖然とした。だが、いつもの太陽らしいと思うと、涙を拭って笑う。


「馬鹿。太陽、あんたは十分に素敵だよ」


「……だろ? でも悪いけど、眠いから寝る。膝枕を所望する」


 最後まで冗談を言う太陽に、千夏は泣きながら「本当に馬鹿なんだから」と笑っていた。






 その日。


 たった二人のパーティーで、ダンジョン攻略を成し遂げた太陽と千夏。


 獲得した財宝の推定金額は約三十億という大金だった。


 倒したダンジョンボスも、王の名を持つイレギュラー。


 二人は大々的に有名になる……はずだった。






 長野県にある大きな病院。


 個室を用意された俺は、倉田先生の説明を受けながら苛立っていた。


「おかしいでしょ。なんで財宝が没収されるんですか」


 俺たちが命懸けで得た財宝は、冒険者組合の本部が保管すると言いだしたのだ。そんなのはおかしいと抗議しているところだ。


 しかし、倉田先生からすれば、当然の話のようだ。


「没収じゃない! 管理だ。お前の資産は本部が管理する。いいか、天野。おまえのやった事はそれだけ本部にとっても大事になった、って事だ。オマケにお前は学生だぞ。そんな大金を持って、いったい何に使うつもりだ?」


 俺は爽やかな笑顔で。


「恵まれない子供たちのために寄付します」


 倉田先生は俺を信用していないのか。


「で、本音は?」


 などと聞いてくる。


 ふて腐れながら、俺は本音を口にするのだ。


「ちょっと豪遊しようかな、って。海外で美女に囲まれてウハウハしたいっす。札束のお風呂で写真を撮りたいと思っています」


 倉田先生は、今の答えに納得したようだ。


 おい、待ってくれ。本気じゃないんだ。気持ち六割程度しか、そんな事は考えていない。


「本部の管理で妥当だな。安心しろ。金銀財宝にレアメタル、その他のアイテムも本部が責任もって換金してやる。お前と如月の口座には、毎月一定の金額が振り込まれる」


 小遣い程度の金額を毎月受け取り、卒業するときに大金を受け取るらしい。


 ただ、一括で支払われるわけではない。


 弁護士や、本部の職員、オマケに鑑定人まで来て、色々と書類にサインをさせられた。なんというか、有無を言わさぬ雰囲気があった。


 全員、俺を信用していない目をしていたのは気のせいだと思いたい。


「それって酷くないですか?」


「大金を手に入れて、身を滅ぼす馬鹿は多いってことだ。本部はお前を高く評価した。だから色々と口出しをしてくるわけだ。ついでに、表向きはダンジョンの攻略者は数年伏せる」


「……いや、それは困ります」


 ……自慢出来ないじゃないか。


 俺を馬鹿にしたクラスメイトたちの前で「ダンジョン攻略しちゃったよ。いや~、目立ちたくなかったのになぁ~」と言ってチラチラしたかった。


「今のお前を放置出来ないんだよ。お前、例えばの話として……美女がうちのパーティーに入らないか、って誘ったらどうする?」


「入ります。当たり前じゃないですか」


「そんな事だから本部が介入するんだよ! 財産は管理するだけで、本部は一切手を付けないから安心しろ。むしろ、お前に大金を渡す方が怖い」


 倉田先生との話をしている限り、俺は冒険者組合本部に高く評価されたのだと分かった。ただ、信用されている気がしない。


 しかし、資金を管理されにしても問題が一つだけ。


「……千夏の借金だけは返済出来ませんか」


 倉田先生は頷く。


「それは分かっている。本部にも話をして、借金の返済。毎月一定額を孤児院に寄付することで話も付いた。園長は良い人だが、一括で大金を手に入れれば人は簡単に狂うからな」


 借金に関しても、最初は返せる額だったという。


 しかし、目の前で苦しんでいる子供を放置出来ず、予定よりも多く抱え込んでしまったらしい。


 倉田先生が、少し言い難そうにしていた。


「……天野、お前は如月から話を聞いたか? あいつの過去だ」


「名前も知らない組織で過ごしたと聞きましたけど」


 どうにも嫌な感じだ。


 倉田先生が口を開く。


「あいつな……年齢の割に随分と男が好きな体をしているだろ。変な意味で言っているわけじゃないぞ。あいつは男をたらし込むためにあの体になった。他にも投薬で肉体を改造されている。小さい頃から強い薬を使われ続けたからな。体の方はボロボロだよ」


 ……ジョブの付け替えだけではなく、薬で人体を改造していたのだ。


 本当に使い捨ての駒として、千夏は組織に育ててられていたという。


 胸くその悪い話は嫌いだ。


「医者の話だと、今の状態でもって十年もないらしい」


 その可能性は……流石に考えなかった。


「せめて、人並みの幸せを手に入れて欲しかったんだが……上手く行かないものだな」


 俺と共にダンジョン攻略者になった千夏は、嫌でも冒険者組合に名前が知れてしまっている。


「良くも悪くも名前が知れ渡った。表向き、お前たちの今回の一件は伏せておくが……分かる奴にはすぐに分かる。これから大変だぞ。ついでに、学生のお前たちが大金を持っているなんて知られてみろ。厄介ごとが増すだけだ。これで良かったんだよ」


 それはいいが、千夏の寿命は長くない。その事実の方が、資産を管理されるよりもショックだった。


 まぁ、いきなり大金を渡されては、確かに俺も使命を忘れて遊び呆けてしまうかも知れない。そうならなかったのは、俺のために良かったと思っておくとしよう。


「俺、千夏から投薬の話は一つも聞いていなかったです」


「あいつはお前に知られたくなかったんだろう。知っているか? お前を救うために、あいつはエリクサーを使ったらしいぞ。おかげで、冒険者組合は大騒ぎだ」


 万能の霊薬であるエリクサー?


 そう言えば、そういった秘薬がこの世界にはあると聞いていた。まさか、千夏が俺のために高価な物を使ってくれたのか。


「助けるつもりが、助けられてしまいましたね」


「良い仲間じゃないか。お前、凄い価値のある仲間を手に入れたんだぞ。もっと嬉しそうにしたらどうだ」


 嬉しいのだが、千夏のことが気になった。


 このままでは、十年も生きられないなんて……理不尽すぎる。


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