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第13話:ファフニール攻略作戦(後半)

 ヴァルキュリアと対峙した三隻の巡洋艦が、瞬きの間に消滅した。

 その事実は、帝国軍にとって悪夢以外の何物でもなかっただろう。


 要塞ファフニール、中央司令室。

 その場所は今、蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。


「第四巡洋艦隊、ロスト! 反応ありません! し、消滅しました!」

「馬鹿な! 巡洋艦三隻が一瞬で蒸発したというのか!? 熱源探知、計器の故障ではないのか!?」

「いえ、正常です! 映像来ます! こ、これは……!」


 メインモニターに映し出されたのは、虚空に浮かぶ青と赤、二機の巨人。

 それを見たオペレーターの一人が、震える声で叫んだ。


「データ照合! 間違いありません! 例の『ヴァルキュリア』なる機体です! ですが……!」


 オペレーターの声が裏返る。


「に、二機います! 『フリスト』なる青い機体だけではありません! 隣に、未確認の赤い機体が並走しています!」

「なんだと!? 二機だと!?」


 司令室に大きなどよめきが巻き起こる。

 先日、全宇宙に発信されたヴァン派艦隊殲滅の映像。

 そして、つい先日に奇襲をかけてきた戦闘艇を救出しにきたのは『フリスト』なる蒼い機体だった。

 だが、オプティクスが捉えた映像には確かに、二機のヴァルキュリア……未知の紅い機体が映っている。


 想定外の事態。

 未知の最新兵器が複数存在するという事実に、ブリッジの士気が恐慌寸前まで低下しようとしたその時――


 ――ドンッ!!


 司令官席に座る男――要塞司令バルガス准将が、太い腕で自身のデスクを叩きつけた。


「狼狽えるなッ!!」


 怒声が室内の空気をビリビリと震わせる。


「たかだか二匹のハエに、この不沈要塞が落とされるわけがなかろう!」


 バルガスは脂汗を拭いもせず、獰猛な笑みを浮かべて吼えた。


「我々の戦力は奴らの千倍だ! 全ハッチ開放! 航空隊、迎撃ドローン部隊、すべて出せ! 弾切れになるまで撃ち続けろ! この要塞の圧倒的な物量差で、虫けらのようにすり潰してやれ!!」


 指揮官の怒声を受け、その巨体は眠りを妨げられた竜の如く、明確な殺意を持って動き出した。

 装甲ハッチが次々と開放され、そこから吐き出されるのは無数の光――高性能AIを搭載した汎用戦闘機に加え、膨大な数の無人迎撃ドローン。

 その数は優に千を超えている。


「ファフニールの方角から多数の感あり! 来るぞ!」


 通信機越しに、ヴァルキュリア両機の内部にクラウスの緊迫した声が響く。

 レーダーを埋め尽くす赤い輝点の群れ。

 それはまさに、圧倒的な物量で個の戦力を圧殺しようとする帝国の意思そのものだった。


「数は力、か。王道の戦術だな」


 フリストの後部座席で、クラウスは冷静に戦況モニターを見つめた。


 千に対するこちらの戦力は、たったの二機。

 常識で考えれば蟷螂の斧ですらない、ただの自殺行為だが――


「蹴散らせ。雑魚に用はない」

「御意に」


 クラウスの命を受けたヒルデが、フリストを急加速させる。

 背部のメインスラスターが蒼い光を噴き出し、機体は迫りくるドローンの大群へ向かって一直線に突っ込んだ。


 敵の射線が一点に集中する。

 数千のレーザーがフリストを捉え……たと思った瞬間、その機影は蜃気楼のように揺らいだ。


 星源力による慣性制御を極限まで活用した、高機動回避。

 物理法則を無視しているかのような動きに、敵の照準システムが追いつかない。

 無数の光弾は全て、蒼い残像を貫き、虚空を切り裂くだけ。


 その動きはまるで、先刻見せられた炎に対して、『操縦技術では自分が上回っている』と誇示するようであった。


「邪魔です」


 敵陣の懐深くに飛び込んだフリストが右手のライフルと、左手の高周波震動剣を同時に振るった。

 精密な射撃が先頭のドローンを正確に撃ち抜き、すれ違いざまの神速の一閃が、続く機体の装甲を断ち切る。


 爆炎を背に、蒼い巨人は止まらない。


 縦横無尽。

 ヒルデの操縦は、高性能AIを搭載した敵機よりも遥かに機械的で、そして人間的な『殺意』に満ちていた。

 全方位から迫る火線を紙一重でかわし、その回避運動の遠心力すらも次の攻撃への予備動作へと変える。


 撃って、斬る。躱して、また斬る。

 そこにあるのは一対多の乱戦ではなく、蒼い閃光による一方的な蹂躙だった。


「ちょっと、一号さん。私の分も残しておいてよ」

「ダメです。これ以上、加減の知らない未熟者に任せていては、クラウス様の計画に支障が出ます」

「加減したつもりだったんだけどなぁ……」


 軽口を叩きながらセリアの駆るヘルヤが、フリストの切り開いた道を追従していく。

 腕部に搭載された副兵装の光学兵器で、左右から挟み込もうとする敵機を撃墜し、フリストの死角を完璧にカバーする。

 二機のヴァルキュリアによる共闘は無人機による防衛網を物理的にこじ開け、次第に要塞本体へと肉薄していく。

 

 だが、要塞ファフニールの真の恐ろしさは、その要塞自体が持つ火力にある。

 無人機の群れを抜けた二機を待ち受けていたのは、要塞表面を覆い尽くす対空砲火の嵐だった。


 光の雨が降り注ぐ中、フリストとヘルヤは互いに交差するように機動し、それを紙一重で回避する。

 引き続き殺到するドローンの対処をフリストが引き受ける中、セリアはヘルヤを上昇させ、その長大な砲身を構えた。


「そこッ!」


 狙うは、弾幕の発生源である対空砲台群。

 引き金が引かれ、放たれた徹甲弾が吸い込まれるように着弾する。

 星源力を纏った弾頭は、要塞の強固なエネルギーシールドを紙のように貫き、装甲へと突き刺さると同時に炸裂した。


 ――――カッ!!


 先刻、巡洋艦三隻を蒸発させた紅蓮の光球が、今度は要塞の一角を飲み込む。

 光が晴れた後に残っていたのは、砲台もろとも抉り取られたような巨大なクレーターのみ。


「よしっ! いける……! このヘルヤなら……イグニアの炎で、こいつを焼き尽くせる!」


 確かな手応えに、セリアの瞳に強い光が宿る。


 恐怖はまだある。

 だが、それ以上に『勝てる』という確信が彼女を突き動かしていた。

 彼女はスラスターを噴射し、更に要塞へと肉薄する。


「ったく……ヒルデちゃん、じゃじゃ馬王女様のカバーを」

「御意。手のかかるお姫様です」


 クラウスの指示を受け、フリストが並走する。

 二機のヴァルキュリアは互いを庇い合いながら突き進み、遂に要塞の中心部への射線を確保した。


「これで……終わりよ!」


 ヘルヤが再びレーヴァテインを構える。


 ターゲットロック。エネルギー充填、完了。

 放たれた必殺の砲弾が、要塞の中核へと吸い込まれ――


 ――ズガンッ!!


 着弾。そして炸裂。

 紅蓮の光球が発生し、要塞表面を舐めるように広がった。


「やった!?」


 セリアが身を乗り出す。

 だが、光が収束した先にあったのは、表面が赤熱し、浅く抉り取られただけの要塞装甲だった。

 その内部のコアは無傷で、未だ要塞全体へとエネルギー供与を行っている。


「嘘……届かなかった!?」


 セリアが驚愕に目を見開く一方で、要塞司令室ではバルガス准将が高笑いを上げていた。


「はーっはっは! 無駄だ無駄だ! 貴様らの豆鉄砲などで、このファフニールの龍鱗を貫けるものか!」

「し、しかし閣下、外郭部の損傷は甚大で……」

「ええい構わん! 心臓さえ無事ならどうとでもなる! 今のうちにあの羽虫どもを叩き落とせ!」


 再び要塞の外郭ハッチが解放され、無人機が次々と出撃する。

 フリストのコクピットでは、クラウスが忌々しげに舌打ちをしていた。


「ちっ……ダメだ。中心部の装甲が想定よりもかなり厚い」


 彼はコンソールを叩き、先刻の砲撃のデータを解析しながら言う。


「以前、第八銀河区から共有されたファフニールの設計時データよりも、中心部を守る装甲の強度が増している。おそらく、改修されているな」

「そんな……!」

「加えて、イグナティウムを内蔵するために施した弾芯への加工が、砲弾全体のバランスを僅かに狂わせたようだ。初速がほんの少しだが落ちている」


 それでも巡洋艦クラスの装甲ならば問題なかったが、要塞の最重要区画を守る多重複合装甲を抜くには、あと一歩火力が足りない。

 仕損じた二機に対し、要塞は怒り狂うように残存する全ての対空砲門を向けた。


「きゃあっ!?」


 降り注ぐ対空レーザーの豪雨。

 セリアはどうにか回避するが、衝撃波で機体が激しく揺さぶられる。


「どうすればいいのクラウス!? 外からの攻撃が通じないなら……!」

「少し予定とは外れるが……もう、ここで最高火力を叩き込むしかない」


 通信機越しに、クラウスの低い声がヘルヤの機内に響く。


「最高火力って……だったら、もっと接近しないと!」

「ああ、そういうことだ! 安心しろ! 露払いは俺たちがしてやる! お前は余計なことを考えずに前だけを見ろ!」


 それは失敗すれば、全てが無に帰すかもしれない極限の作戦。

 セリアの両肩に凄まじい重圧がかかり、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「……了解! 貴方を信じる!」


 ヒルデから学んだマインドセットを思い出し、迷いを捨てたセリアが操縦桿を強く握りしめる。

 星源力の供給量を最大にし、最高速度で要塞中枢へと一直線に突貫する。

 当然、無数の無人機と砲火がその行く手を阻もうと殺到する。


 だが、その全てをフリストが全て排除していく。

 献身的な援護を受け、ヘルヤは遂に要塞の懐へと到達した。


「よしっ、この距離なら……!」


 セリアが右腕の操縦桿を引き、機体の腕がレーヴァテインを大きく振りかぶった瞬間――。


 要塞の防衛システムが最大脅威であるヘルヤを捉え、中枢を取り囲む近接防御砲火が一斉に向き直った。


 視界を埋め尽くす、無数の砲口。

 光が溢れ出すその光景が、セリアの脳裏にある記憶を呼び覚ます。


 あの日、燃え落ちる王宮から逃げ出した時の空。

 迫りくる帝国の戦闘機から放たれる光。

 次々と撃墜される護衛機と、無力だった自分。


「あ……」


 絶望の記憶のフラッシュバック。


 呼吸が止まる。

 身体が、思考が、恐怖で硬直する。


 回避が間に合わない。

 撃たれる。落とされる。死ぬ。


 彼女が絶望に瞳を見開いた直後――


「えっ……」


 ヘルヤの周囲を美しい青白い粒子が取り囲んだ。

 全方位から殺到した殺意の雨が、その見えない壁に阻まれ、霧散していく。


「『氷獄結界(ニブルヘイム)護式(デヴォーション)』。全く、本当に手間のかかる二号ですね……」


 冷徹なヒルデの声。

 フリストが展開した氷の絶対防御が、遠隔でヘルヤを守護していた。

 機体自体の改装に加え、後部座席に座るクラウスが複雑な粒子操作の補助を行うことで可能となった、蒼の戦乙女の新たな力。


 そして、通信機から怒声が飛ぶ。


「前だけを見ろッ!!」


 クラウスの命令。

 その熱量が、セリアを呪縛する恐怖を強引に焼き払った。


「っ……ああああああああああッ!!」


 セリアは咆哮を上げる。

 目の前にあるのは、故郷を奪い、同胞を苦しめ続けてきた憎き巨竜の心臓。


 振りかぶった砲身が、ガコンッと駆動音を響かせる。

 長距離の狙撃を目的とした星源収束砲『レーヴァテイン』には、もう一つの顔があった。


 シージ・パイル・モード。

 バレルの一部が開放され、冷却用ガスが噴き出す中、内部機構が露出する。

 装填されているのは、通常の弾頭よりも長大なスヴァルチウム製の『杭』。

 それは射撃ではなく、ゼロ距離で装甲の内側へと捩じ込むヘルヤが持つ最大火力。


 砲身が突き刺すような勢いで、要塞の外装甲へと激突させる。

 火花が散る中、セリアは渾身の力でトリガーを押し込んだ。


「吹き飛べぇぇぇぇッッ!!」


 炸薬に加え、収束された星源力による爆発的な推進力を受けて、多量のイグナティウムを内蔵した攻城杭が射出される。

 その切っ先は要塞の複合装甲を強引に貫通し、深奥にある動力炉へと深々と突き刺さった。


 ――刹那。

 炎の星源力と動力炉の熱量が同時に、内蔵されたイグナティウムを臨界点へと導く。


 ――――カッッ!!


 要塞の内部に、小型の太陽が生まれた。

 逃げ場のない熱エネルギーは内側から要塞を膨張させ、結合部を引きちぎりながら光となって溢れ出す。


「ば、馬鹿な!? ファフニ――」


 司令室のバルガスの絶叫は、足元から吹き上がった紅蓮の炎にかき消された。

 巨大な竜が断末魔を上げるように震え、各機関が連鎖的に爆発し、そして砕け散る。


 宇宙空間に広がる、圧倒的な爆発の華。

 フリストの展開する氷の粒子に守られながら、二機のヴァルキュリアはその最期を静かに見届けていた。


 それはイグニア解放……そして、銀河に新たな勢力の誕生を告げる、強烈な狼煙でもあった。

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壊滅ッ!パイルバンカァァァァァァッッ!
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