第12話:ファフニール攻略作戦(前編)
――星海暦12854年7月4日。
決戦の刻が迫ろうとしていた。
宇宙要塞ファフニールの防衛圏、その寸前の宙域に潜伏した戦艦『ヤールングレイプル』の格納庫。
整備員たちの声が響き渡る中、青と赤の巨人が静かにその時を待っている。
その足元で、セリアは一人、震える手で自身のパイロットスーツの袖を握りしめていた。
「……怖いか?」
背後からクラウスが声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ねさせ、強張った顔で振り返った。
「クラウス……」
「顔色が悪いぞ。まあ無理もないか、これが初陣だ。それも、いきなりの大一番ときた」
クラウスは軽い口調で言いながら彼女の隣に立つ。
視線の先には、彼女が乗り込むことになる赤い巨人がそびえ立っている。
シミュレーターで何度も動かしたとはいえ、実戦のプレッシャーは計り知れないだろう。
「……怖くないと言えば、嘘になるわ」
セリアは正直に、今の心情を吐露した。
「また失敗したらどうしようとか、そうなったら今度こそ私のせいでみんなが……とか、悪い想像ばかりしてしまうの。この一戦に、イグニアの……ううん、私たち全員の運命もかかっていると思うと、足が竦んで……」
王族としての責任感。
そして、彼女に力を与えてくれたライン家の未来。
二つの重圧がその細い双肩にかかり、彼女の身体を押しつぶそうとしているようだった。
クラウスは短く息を吐くと、反対側に立つ従者へと視線を向けた。
「心配性だなぁ……ほら、ヒルデちゃんも先輩パイロットとして励ましてあげなよ」
「御意に」
ヒルデは無表情のまま一歩進み出ると、セリアを見下ろし、淡々と言い放った。
「余計なことを考えすぎです。恐怖とは、未来を予測しようとする知性から生まれる不具合のようなもの。ならば、思考を放棄してはいかがですか?」
「え……?」
「貴女は自ら、戦うための『剣』となることを選んだはず。道具は恐怖を感じませんし、失敗も恐れません。ただ、使い手であるクラウス様の歩む覇道に付き従うだけです」
「んもー……ヒルデちゃんってばぁ……」
相変わらずの極論かつ暴論。
だが、それを実践している迷いのない言葉は、逆にセリアの肩の荷を少しだけ軽くしたようだった。
その時、艦内のパイロットスーツに内蔵されたインカムに、聞き慣れた声が響いた。
『セリア様。聞こえておりますか』
公開回線を使った、グスタフからの通信だ。
「グスタフ……」
『共に戦場に立てぬ我が身の不甲斐なさ、どうかお許しください。本来であれば、盾となり矛となり、お守りせねばならぬところを……』
「ううん、謝らないで」
セリアは顔を上げ、力強く答えた。
「貴方は今まで、私の盾となって守り続けてくれた。だから今度は、私がその想いに報いる番。見ていて。貴方が守ってくれたイグニアの種火が、どれほどの炎になるかを」
『……っ、承知いたしました。ご武運を、我が誇り高き女王陛下』
ブリッジで、グスタフは姿の見えない主君へと深々と頭を下げた。
『ライン伯、そしてブリュンヒルデ殿。姫様のことを、何卒よしなに』
「ああ、任せておけ。必ず勝利を持ち帰る」
クラウスは不敵に笑い、フリストの搭乗用リフトへと足を向ける。
「さて、それじゃあ行こうか。ヒルデちゃん」
「はい」
ヒルデもまた、彼に続いて愛機へと向かう。
その際、彼女はふと立ち止まり、セリアを一瞥した。
「……さっきよりは、幾分かまともな顔つきになりましたね」
「おかげさまで、先輩」
微かに鼻で笑い、セリアが言葉を返す。
ヒルデがコクピットの中に消えていったのを見送ると、彼女は自らの両頬を強く手で叩いた。
「よしっ! グスタフ、みんな! イグニアを取り戻したら盛大にパーティをして、みんなで一緒に美味しいグラーナをいっぱい食べよう!」
『はい、是非……!』
国を取り戻したら、故郷の香辛料をふんだんに使った伝統料理を存分に食べよう。
そう約束した彼女は軽やかにステップを踏んで、ヘルヤのコックピットへと飛び乗った。
ハッチが閉ざされ、二体の巨人に火が入る。
固定具が外れ、リニアカタパルトのレールが宇宙の暗闇へと向かって伸びた。
「ブリュンヒルデ。フリスト、出撃します」
蒼い流星が、音もなく宇宙空間へと射出される。
続いて、紅蓮の機体がカタパルトにセットされた。
私は武器だ。
クラウスに覇道を歩ませるための、そしてイグニアの炎を再び灯すための。
先程、ヒルデから学んだマインドセットを以て、彼女は極限の集中状態へと入った。
「セリア・イグニス。ヘルヤ、出る!」
爆発的な加速と共に、彼女は星の海へと飛び立った。
***
宇宙空間に出た二機は、即座に左右へと展開して並走状態に入った。
フリストの後部座席でクラウスはコンソールを操作し、並走する機体へと不可視のパスを繋ぐ。
『連星同調、接続』
直後に、ヘルヤのコクピット内に機械音声が響いた。
連星同調――現在、クラウスが唯一取得可能だったスキル。
星源力最大値増加の小ノードから派生するアクティブスキルであり、『自らの星源力を他ユニットへと分け与える』効果を持つ。
本来は人間を対象としたスキルで射程は精々数十メートルだが、対象を人ではなく、星源増幅回路『アストラルコンバーター』とすることで有効射程大幅に増加。
更に、人間であるセリアを介さずに機体へと直接に星源力の供給が可能となった。
こうして彼は暫定的な措置であるが、複数のヴァルキュリアを同時運用する際のエネルギー問題を解決したのだ。
「交戦状態になるまでのエネルギー供給は俺が担当する。自分の星源力はなるべく温存しろ」
クラウスの声に、二人の『了解』の声が重なる。
彼が与えられるのは、あくまでも基本動作に必要な『無属性』の星源力のみ。
戦闘の際に重要となる属性を持った星源力は、それぞれのメインパイロットが負担しなければならない。
相手は巨大な宇宙要塞であり、戦闘は前回の艦隊相手よりも長引くことが想定される。
消耗を抑えられる部分は、徹底的に抑えなければならないとの判断だった。
「気を抜くなよ。先立って国際法に則って攻撃通達は行っている。つまり、既に捕捉されている可能性も十分にあるってことだ」
『なんでわざわざ宣戦布告なんてしちゃったの? 奇襲すればよかったじゃん』
通信機からライラの呆れた声が聞こえるが、クラウスは首を横に振った。
「これはテロじゃない。帝国に主権を侵害されているイグニア王国による、正当な国土解放戦争だ。ならば、堂々と正面から叩き潰すのが正道だろう」
正義の旗印。
それが、後の『第三勢力』構築には不可欠だった。
「……来たな。前方、敵影確認!」
クラウスの眼前のコンソール上のレーダーに、輝点が灯る。
暗黒の宇宙の先に現れたのは、三隻の巨大な影。
帝国軍の主力艦艇、リンドブルム級巡洋艦だ。
単横陣で展開し、既にその巨大な艦首主砲をこちらに向けている。
「艦隊まで待機させているとは、準備が良いな」
やはり、アース派もヴァルキュリアには警戒しているということか……と、クラウスは考える。
「ヒルデちゃん、要塞本体との接触まではまだ少し距離がある。ここはできるだけ省エネで――」
『待って、クラウス』
ヒルデへと指示を出そうとした彼の声を、セリアが遮った。
『私にやらせて』
「……分かった。開戦の号砲だ。デカいのを盛大に打ち上げてやれ」
一瞬の逡巡の後に、彼は口角を上げて告げた。
『了解!』
許可を得たセリアがヘルヤに、星源収束砲『レーヴァテイン』の長大な砲身を構えさせる。
『長距離射撃モード。星源力供給、正常』
彼女が持つ炎のように燃え盛る星源力が増幅・変換回路を通し機体へ、そして砲身内部の弾頭へと還元されていく。
『ターゲットロック。弾道補正、完了……発射ッ!!』
機体のマニピュレータが引き金を絞ったのと同時に、真空の宇宙空間を震わせる程の衝撃が生じた。
長大な砲身から放たれたのは、直径200mmのスヴァルチウム製徹甲弾。
電磁加速と星源力によって加速されたその質量弾は、一直線に認識不可能なごとき速度で先頭の巡洋艦へと迫る。
着弾の刹那――最初に働いたのは、弾頭全体をコーティングするように纏わせた高密度の星源力だった。
巡洋艦の周囲に展開されていたエネルギーシールドを中和し、その防御を容易く貫かせた。
第一の防御を無効化されたことに気づく間もなく、質量弾は勢いをそのままに船体へと到達。
何層にも重ねられた複合装甲を豆腐のように貫通し、船体の深奥へと深々と突き刺さった。
ドォン……と、鈍く重い衝撃が艦内を揺らす。
だが全長500mの巨大な宇宙艦艇からすれば、ほんの小さな引っかき傷程度の損傷だ。
「被害報告! 何が起きた!?」
「第4区画に着弾! ですが、被害軽微! 単なる実体弾のようです! 機関部、及び火器管制に影響なし!」
「はっ、驚かせおって……!」
ブリッジにいた艦長は、オペレーターの報告を聞いて安堵の息を吐くと同時に、獰猛な笑みを浮かべた。
ヴァン派の艦体を単騎で撃退したと聞いていたが、単なる虚仮威しか。
「所詮は辺境の弱小勢力。まともな武装も用意できなかったと見える。直ちに反撃だ、返り討ちにしてくれる」
乗組員たちもまた、一瞬の恐怖を怒りへと変え、コンソールに向かう。
だが、彼らは知らなかった。
自らの艦艇に撃ち込まれた、たった150kg程度の鉄塊。
その弾芯には全体の0.1%にも満たない極僅かではなるが、『ある素材』が使われていたことを。
イグナティウム――現在、この銀河ではイグニア王国の主星ガーネットの地下深くでのみ僅かに採取できる希少鉱物。
それは超高温環境下において、質量がエネルギーへと変換される連鎖反応を起こす性質を持つ。
生み出すエネルギーは与える熱量に比例し、反応させるために複雑な電子回路や起爆機構を必要としない。
その容易さと携行性、そして戦略兵器級の威力を生み出す危険性から採掘や精錬の全容はイグニア王家のみが知る秘伝として隠されてきた禁忌の石。
そして、その引き金を引くために、弾頭内部にはもう一つの『仕掛け』が注入されていた。
セリア・イグニスを術者とした『炎』の属性を持つ星源力。
アストラルコンバーターによって物質へと定着したそれは、着弾の衝撃によって弾芯の内部を駆け巡った。
逃げ場のない超高密度の力は瞬間的に数万度を超える熱量となって、欠片程の赤き石を包み込む。
「全艦、主砲照準合わせ! 目標は前方の――」
巡洋艦の艦長が、高らかに砲撃指示を出そうとした、その瞬間だった。
真空の宇宙に、音のない閃光が迸った。
艦の内部中心から発生した輝きは、コンマ一秒にも満たない時間で直径数キロメートルにまで膨張する。
発生した超高熱球は、装甲も、隔壁も、認識する暇すら与えず素粒子レベルで破壊し、光の奔流へと還元していく。
開戦の狼煙にしてはあまりにも巨大で、慈悲のない紅蓮の輝き。
断末魔を上げる間もなく、一瞬にして三隻の巡洋艦が飲み込まれたその空間には、鉄屑すらも残らない。
ただ、漆黒の虚空を焦がす『イグニアの炎』だけが、戦慄と共にそこに焼き付いていた。




