第11話:一世一代の大芝居
この1mmも知らない世界について、俺なりに考えて分かったことがある。
それは、この原作ゲームのストーリーがかなり王道の物語だということだ。
そして、王道ストーリーのRPGにはいくつかお約束と言えるような展開が存在する。
その一つが、物語の中盤から終盤においての味方陣営における悲劇的な死だ。
慣れ親しんだキャラクターの死は、いつだって物語をドラマチックに仕立て上げる。
死亡するキャラクターは主人公たちに近い存在で、且つ非プレイアブルキャラクターである必要がある。
その視点で見た場合、あのグスタフ・ベルンシュタインという人物はどうだろうか?
ヒロインである亡国の王女に長年付き従った騎士であり、親代わりであり、兄代わりでもある存在。
年長者として主人公たちを励まし、時には叱咤するシナリオ上で存在感のあるキャラであることが想像できる。
死亡させて、物語を引き締めるには絶妙なキャラだと言えるだろう。
加えて、俺がそう思うに至ったのは、そんなメタ視点だけが理由ではない。
レジスタンスの連中が、当初の主力計画と位置づけていた要塞の制圧作戦。
隠密性の高い戦闘艇で敵の防衛戦を掻い潜り、ハンガーに強制着陸して内部から無力化する。
確かに、乏しい戦力で打てる中では理に適った作戦と言えるかもしれない。
しかし、作戦の中心になっているのは王国復興の要である王女セリアだ。
果たして、あのグスタフという男が、彼女にそんな危険が及ぶ作戦を主軸にするだろうか?
彼はセリアがヴァルキュリアのパイロットになるということにすら、未だ難色を示している。
当初の予定よりも、圧倒的に作戦の質が高くなっているのが数字上で出ているにも拘らずだ。
つまり、元の作戦自体がセリアに希望を持たせ、大人しくさせるための欺瞞だったのではないか?
そうだとした上で、改めて原作のストーリーを推察してみよう。
ヒロインが亡国の王女である以上は、物語上でもイグニアを復興させる展開は当然存在している。
その際に主星ガーネットの制宙権を確保しているファフニールは、大きな障害として立ちはだかるはずだ。
だが正史にはヴァルキュリアが存在していない以上、それを無効化する手段は限られる。
例の作戦が欺瞞であるとすれば、そこにはセリアの知らない『真の作戦』が存在するはずだ。
ヴァルキュリアのような超兵器に頼らず、かつ彼女を危険からなるべく遠ざけ、あの堅牢な要塞を沈黙させる方法。
それと先に挙げたグスタフのキャラとしての特性と合わせて考えれば、導き出される答えは一つ。
スペースオペラの『お約束』――自爆特攻だ。
祖国を支配する象徴的な宇宙要塞を、その生命を賭して打ち砕く。
まさに、クライマックスへと向かおうとする物語を引き締めるに相応しい感動的な展開ではないだろうか。
そして、最も重要なのは、彼がそれを成せる『何か』を持っているということ。
単に機体の動力を臨界状態にしただけの自爆では、到底あの巨大な宇宙要塞は陥落させられない。
この世界において、こう呼ぶのが正しいかは分からない、『核兵器』に相当する戦略級の何かがあるはずだ。
***
――深夜、屋敷内のバーラウンジ。
照明を落とした静かな空間で、空のグラスをジッと見つめる男の背中があった。
グスタフだ。
彼は無人のカウンターで一人、何か考え事をしているようだった。
「よう」
俺が声をかけながら隣に座ると、彼は慌てて姿勢を正そうとした。
「ら、ライン伯……! 失礼いたしました! このようなところをお見せして……!」
「気にするな。それより、一杯どうだ?」
置いてあったスコッチを手に取り、空のグラスに注ぐ。
トクトクと琥珀色の液体が注がれる音が、重苦しい空気を少しだけ和らげる。
「そんなに彼女のことが心配か?」
直球の言葉を投げつけると、グスタフは苦虫を噛み潰したような顔でグラスを見つめた。
「心配でないと言えば、嘘になります。あの方は気丈に振る舞っておられますが、まだ十八歳。本来ならば、我々が守るべき存在です。にも拘らず、矢面に立たさねばならぬ現状に……王家を守護する騎士として忸怩たる思いを抱いております」
「過保護だな」
俺は呆れたようにグラスを揺らす。
「言っておくが、俺も彼女と同じ十八だぞ? 帝国の法ではとっくに成人だ」
「そ、それは……承知しておりますが……」
「若輩ながらも当主として領地を治め、軍を指揮し、こうして領民の命を背負って酒を飲んでいる。俺が『守られるべき子供』に見えるか?」
俺が問うと、グスタフは言葉に詰まり、首を横に振った。
「いえ、立派な統治者の姿です。その背中に背負っているものの重さは、我々のような敗残兵とは比べ物にならないでしょう」
「ならば、あいつも同じだ。今は国を失っているとはいえ、王族だろう? いつかは国を背負う人間だ。いつまでも子供扱いするのは彼女に失礼だ」
俺の容赦ない指摘に、グスタフは痛いところを突かれたという顔で押し黙る。
「まあ、気持ちは分かるけどな」
俺は短く同意し、グラスを呷って中の酒を飲む。
「ライン伯。一つ、お尋ねしても?」
「なんだ」
「何故、ここまでしてくださるのですか? 貴殿は帝国の貴族だ。没落した王家に、ここまで対等に接する必要はないはず」
グスタフの瞳には、感謝と同時に深い疑念の色があった。
「無論、全ては領地を守るためだ。前に言っただろう? 俺にはヴァルキュリアを駆るU.S.E.R.が必要だと。それだけじゃない。イグニアを皮切りに更に小規模勢力を取り込み、皇帝派と貴族連合に劣らない第三勢力として君臨する。全ては、そのため……」
俺は前もって用意してあった台詞を、すらすらと口にする。
だが、言い終わる直前で、ふとグラスを置いて首を横に振った。
「……いや、違うな」
「違う、とは……?」
俺の自己否定に、グスタフが怪訝そうに眉を潜める。
ここだ。
ここが『攻略』の分岐点。
そして、見せてくれよう。俺の一世一代の大芝居を。
俺は少しバツが悪そうな、それでいてどこか遠くを懐かしむような、そんな表情を作ってみせた。
「覚えているか? 十年くらい前だ。まだイグニアが健在で、我がライン家の治める第九銀河区とも友好的な……とまでは言えないまでも、いくらかの交流がある隣人関係にあった頃だ」
「ええ、もちろん……覚えています」
「その時、俺は父に連れられてイグニアとの懇親パーティに参加したことがあった。当時の俺はと言えば、二言目には『めんどくさい』と言うようなクソガキで、挨拶ばかりで退屈なパーティもすぐに理由をつけて抜け出した。そして、そこで彼女に出会った」
俺は言葉を紡ぐ。
あたかも、セピア色の美しい思い出を反芻するかのように、声のトーンを落とす。
「真っ赤なドレスを着ていたが、お淑やかとは程遠い、活発で明るい少女だった。俺たちはすぐに意気投合して、庭中を走り回って、日が暮れるまで一緒に遊んだ……それが、セリアだった」
グスタフが目を見開くが、もちろん全て大嘘だ。
だが、イグニア王国がこのライン領と隣人関係なのは事実。
侵攻前は少なからず、互いの領主間で交流もあっただろう。
故に、これがセリアの証言なしに嘘だと見破られる可能性は低――
「では、貴殿があの時の……!?」
えっ!? 心当たりあんの!?
ど、どど、どうしよう……それ、確実に俺じゃないんだけど……。
てか、高確率でそいつが原作ゲームの主人公だろ……。
「だとしたら、なんたる運命の巡り合わせか……」
感極まった声で、グスタフが言う。
一方で完全な想定外の展開に、俺の背中は冷や汗に塗れていた。
やばいやばいやばい……めちゃくちゃ重要そうなイベントに背乗りしちゃったよ……。
本当ならこれ、後から判明するめっちゃ大事な情報じゃん……。
あっ、じゃあもしかして主人公は記憶喪失キャラだったりするのかな……とか、呑気に考察してる場合じゃない。
主人公のヒロインとの幼少期の美しい思い出を乗っ取るなんて、鬼畜系エロゲの寝取り男でもやらないドクズムーブだ。
後からとんでもないことになったりするんじゃないか……と、背筋に冷たいものが走る。
「まさか、彼女も俺のことを覚えて……?」
バレたら本気で殺されてもおかしくないが、今更やめられないという結論に至った。
心臓が張り裂けそうなくらいにバクバクしているが、オスカー俳優並の演技で続けていく。
「ええ、よくその時のことを話してくれました……それこそ、国を追われてからも何度も……よほど、尊い思い出だったのでしょう……」
「そうか……俺の片思いってわけじゃなかったんだな……」
俺は必死に顔の筋肉を制御して感慨深げな表情を作り、アドリブで台詞を練っていく。
とりあえず、今は主人公の思い出に乗っかってでも悲劇の初恋路線を継続するしかない。
「帝国軍によるイグニア侵攻の報せを聞いた時……俺は自分の無力を呪った。彼女を助けに行きたかったが、当時の俺には力がなかった。もう二度と会えないんだと絶望もした。だが、彼女は生きていてくれた。レジスタンスの基地で見た時、一目で気づいたよ。生きていてくれたんだ、ってな」
横を向き、グスタフの目を真正面から見つめる。
「だから、俺は今度こそ……彼女を守りたいと思っている。あの頃とは違い。今の俺にはそのための力がある。野心も嘘ではないが、根底にあるのはその想いだ」
「ライン伯……」
「故に彼女の願いもまた、一緒に守りたい。当然、心配なのは分かる……だが、イグニアは彼女にとって故郷であるなら、俺にとっても思い出の地だ。だから、どうか戦場に立つことを許してやってくれないか? 代わりに、約束する。彼女は俺が必ず守ると」
涙を堪えるように、琥珀色の液体が半分ほど残ったグラスを見つめるグスタフ。
その内心では、様々な感情が渦巻いているのが見て取れる。
だが、俺が主人公の思い出を乗っ取ったことで、心の役物は開き始めているはず。
さあ、出せっ……! 全て放出しろ……!
想いを共有できる最大の理解者。
そして、自分が守ってきた全てを託すに相応しい男が現れた。
ならば、どうする!?
その臓腑に溜まった重圧と責任感を全て吐き出すしかないだろ!
「ライン伯……貴方に、言わなければならないことがあります……」
「何だ?」
「……イグナティウムがあります」
出たあああああああっ!!
「イグナティウム……か……」
それが何かは分からないが、とりあえず深刻そうな口調で鸚鵡返しする。
名前から類推するに、恐らくはイグニアの星系で採れる固有の資源の類だろう。
「はい。帝国の侵攻を受けたガーネットを脱出する際に、先王陛下より託された……まさにイグニアの魂そのものです」
「それを……どう、使うつもりだったんだ?」
「無論、イグニアを取り戻すために」
「……やはり、自分の命を犠牲にするつもりだったか。彼女には嘘の作戦を教えて、本当は最初からそのつもりだったんだろ?」
俺の言葉に、グスタフは少し驚いたような表情を見せて口を開いた。
「そこまで……分かっておられましたか……。その通り、セリア様に伝えていた当初の作戦は全くの偽りです。真の作戦は、私を初めとした最小限の人員でイグナティウムを積んだ戦闘艇に乗り込み、要塞の動力部へと特攻を仕掛ける手筈でした」
グスタフが絞り出すように告げる。
ほら見ろ! やっぱり当たってた! 全部俺の推察通りだ!
本格的にヤバいことをしてしまった現実逃避のために、必死に内心で自分の気持ちを盛り上げる。
「確かに、それならば不確かな二号機の性能に賭けるよりは確実性も高いだろうな」
「であれば、何卒作戦を再考ください。我らは既に覚悟の上です。イグニアの炎を継ぐために散られるのであれば、本望です!」
俺の目を真っ直ぐに見据えながら熱弁するグスタフ。
その目には嘘偽りはない。
死は既に覚悟していて、後はどう散るかしか考えていない男の顔だ。
「ダメだ」
だが、俺はその覚悟を短く三文字で切り捨てた。
「何故ですか!? 戦闘艇を一機……それさえ用意してくだされば、確実に遂行してみせます!」
必死の形相で、縋り付くように言われる。
確かに、数名の兵士と戦闘艇一機の犠牲で要塞を落とせるならコスパは抜群に良い。
だが、それではヴァルキュリアのプロモーションにならないし、セリアにも妙な疑念を与えかねない。
何より絶対に裏切らない忠義の高いユニットは貴重だ。
ここで恩を売っておけば、後からもっと高く使えるかもしれない。
「セリアが悲しむだろ」
俺は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
想定通りに進みすぎて何だか気持ちよくなってきた。
台詞がスラスラと出てくる。
脳汁がやばい。
「彼女が望んでいるのは復讐じゃない。帰るべき場所だ。そして、そこには貴様の姿もあるはずだ」
「しかし、そうでもしなければ、あの要塞は……!」
「自分を低く見積もるな、グスタフ。たかが要塞一つに、貴様の命をくれてやることなどない。きっと、彼女も同じことを言うはずだ」
彼の肩に手を置いて、諭すように続けていく。
「言っただろう? 彼女を必ず守ると。もう何も失わせはしないと……だから、そのイグナティウムは俺に託せ」
そして、ここで最後の決め台詞!
「イグニアの炎は……俺が継ぐ」
その言葉にグスタフは無言で、ただ胸に手を当てて跪いた。
よっしゃー! なんか凄そうな固有資源ゲットだぜ!
全てが思惑通りに動いて浮かれていた俺は、ノリで発したその言葉の重みをこの時はまだ理解できていなかった。




