第9話:作戦会議
「これより作戦会議を始める。議題は……『要塞ファフニールの攻略』についてだ」
俺が発した言葉で、室内の空気が一気に引き締まる。
特に、イグニア出身であるセリアとグスタフの眼差しには、熱いものが宿っていた。
「現在、イグニア王国は銀河帝国アスガルズの不当な占領下にある。我がライン家と同盟を結んだ友邦の主権が侵害されている現状を、これ以上看過することはできない」
テーブルに両手をつき、全員の顔を見渡しながら宣言する。
「現在、この地を支配しているのは帝国正規軍……つまり、第一皇子バルドルが率いるアース派だ。先日、我々は貴族連合であるヴァン派の艦隊を撃退した。それに加えて、アース派にまで喧嘩を売るということは、この銀河を二分する二大勢力の双方を敵に回すことを意味する」
俺の言葉に、場が静まり返る。
地方領主が帝国の二大巨頭の両方に弓引くなど、正気の沙汰ではない。
常識的に考えれば、それは破滅への特急券だ。
「だが、ここで手を引けば助かるという段階は、とうに過ぎている」
俺は冷静に、現状の分析を突きつける。
「我々はフリストという過ぎた力を世界に見せつけた。ヴァン派は報復の機会を窺い、アース派は危険分子として我々を注視しているだろう。このまま領地に引きこもっていても、いずれはどちらかの波に飲み込まれ、すり潰されてしまう」
俺は拳を握り、言葉に力を込める。
「座して死を待つくらいなら、こちらから打って出ようではないか。まずは隣接するイグニアを解放し、ライン領と合わせた勢力を確立する。そうして確固たる『力』を持って初めて、我々は対等な交渉のテーブルに着けるのだ」
そして、俺はセリアとグスタフの方を向き、不敵に笑ってみせた。
「正直に言うと、俺は善意からではなく、自らの『野心』のために君たちの力を利用しようとしている。だが、求めているのは決して、『手駒』ではない」
俺は一呼吸置き、あえて少し芝居がかった、けれど力強い口調で語りかける。
「俺が欲しいのは、共に死地を駆け抜け、世界を敵に回しても決して折れない……気高き『盟友』だ」
俺は右手を差し出す。
「我らだけでは、巨大な帝国には抗えない。だが、君たちが持つ『祖国を想う熱い心』があれば……不可能も可能にできると信じている。俺は君たちという『希望』に賭けたいんだ」
真っ直ぐな俺の言葉に、セリアがハッと息を呑む。
単なる利害の一致ではない。自分たちの誇りと、その熱意そのものを必要としているという言葉。
それは、亡国の絶望の中で『力なき王族』として自分を責め続けていた彼女にとって、何よりも欲しかった救済の言葉だったに違いない。
「共に戦おう。そして、奪われた全てを取り戻すんだ。これは、正義のための『共闘』だ」
「クラウス……!」
セリアが感極まったように瞳を潤ませる。
グスタフやその他のイグニア残党の幹部たちもまた、深く、重々しく頷いた。
全員の瞳に、完全な信頼の色が宿るのを確認し、俺は内心でほくそ笑んだ。
(……ククク、ちょろいもんだ)
感動に打ち震える彼らを見ながら、俺は内心でほくそ笑んだ。
表向きは『希望』や『正義』などという耳当たりの良い言葉で飾ったが、本心はもっと実利的なものだ。
俺が目指しているのは、いわば『銀河三分の計』だ。
現在、帝国は第一皇子率いるアース派と、貴族連合であるヴァン派の二色に塗り分けられ、血みどろの内戦を繰り広げている。
このままいけば、いずれどちらかが勝ち残り、敗者は歴史から消え去るだろう。
だが、そんな巨象同士の争いに巻き込まれれば、俺たちのような弱小勢力など、どちらが勝とうが踏み潰される運命にある。
ならば、どうするか。
答えはシンプルだ。
俺たちが『第三勢力』になればいい。
この広大な銀河には、イグニアのように帝国の武力によって無理やり併合され、その圧政に不満を抱いている小規模勢力や、滅ぼされた亡国の遺民が星の数ほど点在している。
奴らは強力なリーダーと、反逆のための力に飢えているのだ。
そこで、俺が『正義』の旗を掲げる。
圧政からの解放を謳い、イグニアを皮切りに各地で燻る彼らを次々と吸収していく。
単独では脆弱な彼らも、束ねれば折れぬ一本の矢となる。
そのための最大のアイコンとなるのが『ヴァルキュリア』だ。
圧倒的な力で悪の帝国軍を打ち砕く、鋼鉄の戦乙女。
その姿を単なる兵器ではなく、『虐げられた者を救う正義の味方』として全宇宙にブランディングする。
人々は理屈じゃ動かない。いつだって分かりやすい『英雄』を求めているからだ。
ヴァルキュリアという『正義の力』を掲げれば、帝国の支配に喘ぐ民衆は熱狂し、俺たちを解放者として迎え入れるだろう。
そうして、『金』『モノ』『人』を集めることで、最終的にただのシンボルではない、真の戦略級兵器群としての『戦乙女師団』が完成する。
イグニアの解放は、その壮大な国盗り物語のプロローグに過ぎない。
「……では、具体的な作戦の説明に移ろう」
俺は野心を腹の底に隠し、再び正義の仮面を被り直す。
「まずは、これを見て欲しい」
そう言ってヒルデに指示を出すと、彼女が机上にホログラムの星系図を表示させる。
「こちらは第八銀河区……失礼、現在銀河帝国アスガルズによって不法支配されているイグニア王国の主恒星系になります」
セリアとグスタフをはじめとしたイグニアの人間に配慮した言葉に言い直したヒルデが、更に続けていく。
彼女が手元のコンソールを操作すると、星系図がズームアップされ、一つの巨大な構造物がホログラムの中心に浮かび上がった。
「そして、このイグニア王国の主星『ガーネット』の衛星軌道上に鎮座しているのが、次の作戦目標……宇宙要塞『ファフニール』です」
映し出されたその姿に、セリアが悔しげに唇を噛み、グスタフが低い唸り声を上げる。
それは、見る者を圧倒する威容を誇っていた。
全長およそ250キロメートル。
無数の対空砲座とドローン射出口、そして分厚い複合装甲に覆われたその形状は、宇宙空間に鎮座する巨大な竜を連想させる。
「ファフニールは、この恒星系の制宙権維持および武力統制を目的として建造された戦略軍事拠点です」
ヒルデが抑揚のない声でスペックを読み上げる。
「対宙域戦闘においては、要塞表面に配備された対空・対艦砲座により、半径3万キロメートルを絶対防衛圏とし、更には要塞主砲の有効射程は最長100万キロメートルに達します」
その淡々と告げられた圧倒的スペックに、大勢が息を呑む。
「また、高度な対地監視システムに加え、惑星全土を射程に収める軌道爆撃能力を有しています。これにより、地上のいかなる地点で発生した反乱に対しても、即時の鎮圧攻撃が可能です」
「ああ、その通りだ。奴らはあの空に浮かぶ鉄塊で、常に我らの故郷を睥睨している」
グスタフが拳を握りしめ、吐き捨てるように言った。
「故に我々は当初、正面突破ではなく『潜入』による攻略を画策していた」
彼は地図上の要塞を指差しながら、重々しく語り始めた。
「要塞の死角を突き、隠密性の高い小型の高速戦闘艇で接近。対空砲火を掻い潜ってハンガーデッキへの強行着陸を敢行する……そして、U.S.E.R.であるセリア様をはじめとした精鋭部隊が、要塞内部から中枢を制圧・無力化する手筈だった」
「なるほど。内部からシステムを麻痺させ、制宙権を喪失した隙に、各惑星に潜伏しているイグニアの同志たちが一斉に蜂起する……という作戦か」
俺が確認するように問うと、グスタフは頷いた。
王道のレジスタンス活動だ。戦力差を覆すための奇襲作戦としては、決して悪くないが……。
「……でも、無理だった」
セリアが、悔しげに俯きながら声を絞り出した。
「あの要塞の防衛網は想像以上に堅固だった。私も操縦技術には自信があったけど、それでも全く突破できる気がしなかった」
実体験の伴った重みのある言葉が、忌々しげに発される。
「ライン伯」
重々しい空気の中、グスタフが俺の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「恐れながら……敢えて、我々からお尋ねさせていただきます。貴方はあのヴァルキュリアなる機体であれば、ファフニールの攻略が可能と考えられておられますか?」
「そのことを、ちょうど俺から説明しようとしていたところだった。ヒルデちゃん、今度は例のデータを」
「はい」
ヒルデが手元の端末を操作すると、机上のホログラムが切り替わる。
映し出されたのは、青い機体――フリストが単機で、ファフニールの防衛網へと突撃するシミュレーション映像だった。
画面の中のフリストは、桁外れの機動性で弾幕を回避し、要塞表面の砲台を次々と沈黙させていく。
そして、最後には要塞の主砲である超長距離砲の砲身を破壊したところでシミュレーションは停止した。
「おおっ……!」
その圧倒的な戦果に、室内からどよめきと感嘆の声が上がる。
やはり、あの機体は無敵だ。
これなら勝てる……と、誰もがそう確信したような空気が流れる。
だが、俺は片手を上げて、その熱狂を制した。
「喜ぶのは早い。よく見ろ。破壊できたのは、あくまで主砲と一部の防衛設備だけだ」
俺は冷徹に現実を突きつける。
「フリストは対艦隊戦……つまり、高速で敵陣を切り裂く白兵戦を想定して設計された機体だ。一撃離脱は得意だが、要塞のような巨大な固定目標を『制圧』する火力も、長時間においてそれを引き付けるだけの継続戦闘能力も持ち合わせていない」
俺の言葉通り、シミュレーション結果には要塞の完全な無力化は不可能である情報が表示されている。
「その猛攻を掻い潜って肉薄し、局所的に戦果を上げることはできる。だが、完全な制圧は何度シミュレーションを重ねても不可能との結論が出た。上手くいったところで主砲の破壊が限界。だが、それではこちらの脆弱な艦隊戦力も踏まえて制宙権を取り返すまでは到底無理だ」
一転して、会議室は水を打ったように静まり返った。
ヴァルキュリアでも、単機では巨大要塞を落とせない。
その事実は、彼らに重くのしかかる。
「……ならば、合わせ技ではどうでしょうか?」
沈黙を破ったのは、グスタフだった。
彼は食い入るようにホログラムを見つめ、熱っぽく提案する。
「当初、我々が計画していた強行着陸作戦……その先導役をフリストが担う、というのは?」
彼は地図上に指で線を引く。
「フリストが先陣を切り、対空砲火を引きつけて血路を開く。その隙に戦闘艇がハンガーへと突入し、白兵戦で内部から制圧。この機体の先導であれば、本来想定していたよりも更に多くの戦力を内部に送り込めるはずです」
その提案に、他の幹部たちも「それだ!」と色めき立つ。
「ヒルデちゃん、試しに、今のアイディアで再シミュレートしてみて」
「かしこまりました」
直ちに新たな条件を入力して、演算が開始される。
数秒後、弾き出された数字は――
『作戦成功率:86%』
「おおっ!!」
9割近い数字に、今度こそ割れんばかりの歓声が上がった。
グスタフも拳を握りしめ、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「これならいける! ライン伯、直ちに部隊の編成を――」
「いや、駄目だ。悪くはないが、完璧とは言い難い」
俺は再び、その熱狂に冷水を浴びせた。
「な、何故ですか……? シミュレーションではかなり良い結果が出ていると思われますが」
呆気に取られているグスタフに、俺は冷静に告げる。
「敵を帝国全体として見た場合。無尽の戦力を持つ相手に、たった一度の作戦の成功率が86%では心もとない。そして何よりも、この作戦では敵にヴァルキュリアの『限界』を教えることになる」
「限界……?」
「そうだ。現在、いち地方領主でしかない我々が帝国両派の侵攻を抑えられているのは、ヴァルキュリアという『ジョーカー』の存在が大きい。連中はまだその切り札の価値を測りかねているからこそ、反旗を翻した俺への粛清を躊躇っている」
全員を見渡しながら、諭すように語る。
「だが、その状況でこちらからの攻撃作戦に正面突破ではない搦め手を利用したらどうなる? 連中はこう判断するだろう。これが、あの『ヴァルキュリアなる兵器』の限界なのだと。そう判断されてしまえば、一時的に制圧できたとしても容易に再侵攻を許すことになる。なんせ、敵はこちらとは比べ物にならない無尽の戦力を持っているわけだからな」
俺の言葉に、全員が再び消沈したように黙り込む。
「故に、ヴァルキュリアが降り立った戦場に許されるのは『完璧な勝利』のみだ」
ハッタリは、底が見えないからこそ効果がある。
一度でも、『苦戦』や『限界』を見せてしまえば、敵は即座に対策を講じてくるだろう。
そうなれば、根本的な国力で遥かに劣る側の勝ち目はない。
「しかし、ライン伯……それではどうすれば……? 現に、フリスト一機ではファフニールは落とせないとのデータが出ています。ならば、どちらにせよ。こちらの戦力の限界が悟られるのは時間の問題では……」
「そう。フリスト一機ではファフニールは落とせない……」
俺は全員の顔を見回しながらコンソールを操作する。
「なら、どうすればいいか? 簡単な話だ」
そして、最後にセリアの方を見て、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「火力が足りないなら、火力を足せばいい。一機で無理なら、二機だ」
手元のボタンを押すと、机上のホログラムが書き換わる。
そこに映し出されたのは、フリストと対照的な紅蓮の装甲を纏った新たな戦乙女の姿だった。




